自分の欲望に忠実な魔法使いがたまには人を助ける話
浅賀ソルト
自分の欲望に忠実な魔法使いがたまには人を助ける話
解読に時間のかかる魔導書というのがあるが、古代の言語で書かれたクロスワードパズルというものがある。
全体を解いて、記号のある位置の文字を繋げた花の名前が次のクロスワードのA-1の縦の答えだとかそういうの。
最終的に不老不死の魔法が分かるならいいけど、そういう魔導書の作者は大抵、魔法よりクイズやパズルを作る方に凝り出してしまって、魔法使いなのかパズル作家なのかよく分からないことになっている。つまりどんなに頑張って解いたとしても碌な魔法ではない。最終的に魔法どころか解けて満足するだけが報酬という純粋なパズルになっていたりする。
そもそも魔導書を書いている方もパズルファン向けに書いていたりして、魔導書という名前のパズル雑誌だったりする。古代においてそういうパズルブームがあったようでもある。さらに働かずにパズルに夢中になる古代人がいたようで、王様から、実質はパズル禁止令なんだけど、法令としては魔導書禁止令みたいなのが出された記録まである。本当の魔法の禁止や魔女狩りと区別がつきにくいのは困ったものだ。
そしてこの古代のクロスワードが今になって急に一部の貴族の間でブームになった。ブームはブームだ。そこに深い意味はない。ただ、まだ解かれていない魔導書というのが何冊かあって、それを誰が一番最初に解くかというのが競争になった。さらにブームに乗って懸賞金をかける領主が出る始末だった。
古代のクロスワードパズルなど難解もいいところである。クロスワードの楽しさはどれだけ語彙があるかという知的活動にあると思う。そこに古代人の生活習慣や単語、略語、ちょっとした流行などの知識まで問われると、そういうのが好きな人間というのは寝食を忘れて没頭してしまう。同年代の日記とか小説とか手紙や報告書といったあらゆる文書を読み込む必要がある。
もちろん普通の冒険者はそんな退屈な懸賞金に目が眩むことはない。普通じゃなくても冒険者は無理だ。
こういうことに手を出すのは生活に困らない貴族のボンボンで魔法学校の生徒たち。つまり私である。
私が寄宿舎生活を送る魔法学校——ヒペスザプピネレシレカシという名前だが覚える必要はない。ちなみにレシレカシと略される——には巨大な図書館がある。闇の精霊が光を遮断している上に酸素まで消去される空間になっていて、そこに入れるだけの実力がないと入れない。もちろん司書に取ってきてもらうことはできるけど、図書館の本を自分で取ってこれないというのはうちの学校では一種の恥でもあった。その図書館には古代の王国の資料も大量に揃えられていて、懸賞金のかかった魔導書のクロスワードパズルを解くにはそれを読み込む必要があった。
というか、パズルを解けるのは魔法学校の図書館を利用できる人に限られるのではないかと思われた。
本当に一部の生徒と一部の貴族が、その無意味なパズルの早解きに夢中になった。
貴族が夢中といっても当人が夢中になるというわけではなく、大抵は雇った人にそれを解かせた。貴族は、「私は魔法学校の首席を雇いましたよ」「うちは領地で100年来の神童と呼ばれる子供を雇いました」なんてことでマウントを取り合っている。
そんな感じで私は貴族に雇われたパズル解きの——魔導書解読の——エキスパートたちと顔見知りになった。大体、似た傾向の資料を読んであーでもないこーでもないとやっているので戦友のような気持ちになる。もちろん情報交換をするほどの親しさではない。しかし、もっと真面目に魔法の研究をしている人達から白い目で見られるというのが基本的な立場なので、お互いのやっていることを馬鹿にしないというだけで安心感があった。
そして何の資料を読んでいるかを秘密にしているのも数ヶ月の間だけで、簡単には解けそうにないなというのが分かってくると、探り探りの情報交換もするようになった。あの資料は図書館のあそこにあったとか、こっちにはこんな資料があったとか、そういうのだ。
この辺の駆け引きをどの程度本気でやるかについては立場によって違いがあった。
私は別に懸賞金はどうでもいい。単に解くのが好きなパズルマニアだ。だから答えを教えられてもありがたくない。頭に、実生活でまったく役に立たない400年前のペンダントの流行の紋章の名称——トプグ掘り——などをせっせと覚えて、そういう知識でいっぱいになるのが楽しい。金に困ってない。あえて言うなら、最初に解読した人物として名前が残せたら多少は自尊心も満たされる。ただ、そういう名声という意味では私はすでにいくつか持っていた。三冊ほど解読している。だからやっぱり駆け引きはしていない。人に聞かれたら、自分が知っていることは素直に教えるようにしている。別に調べれば誰でも分かる知識だ。特別なものじゃない。
一方で、魔法学校を五年ほど前に首席で卒業してどこかの貴族のお抱え魔術師になったはずのピャゴムピ・ハザガズバさんは、完全にガチ中のガチだった。自分が読んでいる資料を人に見せないどころか、探している資料すら人に教えず、一人のときを狙って図書館に入るくらいだった。お前らには負けないという気合いが肌で感じられて近寄り難かった。
ただ、まあ、偉そうなことを言うけど、古代の民俗や風俗、言語といった分野に関しては私より知識が劣っていることがちょっとした会話でも察せられた。この分野においては私は第一人者ですよ。まったく何の役にも立たないけど。というか、役に立たないのがいいんだけど。
そして神童の10歳、ネゾネズユターダ君は私によくなついた。ねーねーと甘えた声で質問してくるので私はすぐに知っていることは教えてあげた。彼は古代人の生活についてはどんどん詳しくなっていった。
クロスワードパズルなんて一日とか一週間とかで解けると思ってるでしょ?
この手のクロスワードパズルは違うんだな。三人がそれぞれ取り組んでから一年半が経過した。
その間に私は懸賞金も何もかかっていないマイナーな魔導書を一冊解読し——答えは『ソヴニキ』。祭りの名前か当時の司祭の名前——懸賞金のかかった方も順調に解いていったけど、まだまだかかりそうといった状況だった。
ちょっとここで話は逸れるけど、この懸賞金のかかった『クフスゥハヂ゠ホラネロ゠タイウビイテカツプノサの
話を戻す。
ガチで取り組んでいた首席卒業の先輩魔術師が、ちょっと精神を病んでしまった。
そういえばで思い当たる最初の出来事は、先輩が「解けたぞー!」と叫んだことだった。そのときは自分が叫んだことを恥じて謝ってきた。
私が「解けたんですか?」と話し掛けると、静かな声だけど明らかに興奮した様子で早口で解説を始めた。この頃にはこの懸賞金に取り組んでいるのは私たち3人だけと分かっていたので秘密主義は薄まっていた。答えを自分の手柄にすればすぐにバレる。ここの図書館は世界一だ。他の場所で解明することなど不可能だろう。
しかしその解説が全然間違っていた。先輩、申し訳ないですけど、こっちの資料は時代も場所も全然違います。よく似ている箇所はあるけど偶然です。よくある勘違いです。
「よく似ているということは、その時代と場所が違うというのが間違いなんだよ。これは実は同じ時代のものなんだ」
どこで同じ時代だと分かったんですかと聞いてみたけど、よく似ているから同じ時代なんだという答えだった。時代が同じだからよく似ているはあっても、似ているから同じ時代だは無い。答えが欲しい、解けたことにしたいという思いが強すぎて資料の解釈の方を捻じ曲げていた。私は資料が違う時代のものだということを丁寧に説明した。先輩も納得してそのときはそれで終わりだった。
こういう勘違いは魔導書に取り組んでいるとままあることである。みんなも経験があると思う。こう解釈すればすべてのつじつまが合うと思ってしまうと、そうに違いないと思い込んでしまうのだ。
ただこういうのは素人がよくやることで、先輩がそれをするのは今思うと不自然だった。
気にはなっていたが、そのときは先輩も理性的だったのでそれで納得したんだと思うことにした。
しかし数ヶ月が経過するとまた様子がおかしくなってきた。
やめておけばいいのに、時代や場所の違う資料を読むようになっていた。そういうところから関連性を見つけようとすると逆に道に迷うことになる。
私は研究生だけど教師でも博士でもないので専門という物はない。一応の得意分野としては1000年前の帝国から諸国時代までということで、今回のターゲットになっている400年前の王朝についてはそれより若干知識は劣る。そのくらい幅が広い知識を扱っていると自然と知識の整理整頓ができてくるのだけど、素人がこの図書館で全年代の知識を無作為に吸収するのは危険に思えた。遠回りになるけど、時代別の大まかな分類や整理を覚えた方が結果的に無駄な勉強をしなくて済む。私は先輩と後輩の神童にそれらも教えた。特に王朝以降の、魔導書よりあとの時代の知識は関連性がないのでバッサリ切り捨てた方がよい。私はヒントになるとしたらこのあたりだよというところまで教えて2人に任せた。
私の言い方が悪かったのかもしれない。先輩は関連が無いと私が言ったところを重点的に調べるようになってしまった。偉大な魔法使いなら未来の出来事も書けるずだとかなんとか言い出した。
魔法使いじゃなくてパズル作家なんだってば。
研究から2年が経過した。
話と全然関係ないけど、おはずかしながら私は年下の少年が好きで、12歳になった神童ネゾネズユターダ君とはセックスする間柄になってしまった。めっちゃ気持ちいい。夜に少年とエッチして昼間は図書館で読書三昧とか、もうこれを最高と言わずして何が最高か。私の人生に一片の悔いなし! 数年後に出産もすることになるんだけど、子育ては実家に任せて私はそれ以降も非生産的研究活動のみを続けることになる。自分で言うのもなんだけど、私は自分が長生きしそうな気がしてしょうがない。
先輩はどんどん深みにハマり、迷走するようになった。ついには校内の掲示板や教科書の中にまで魔導書のヒントを見つけるようになってしまった。
「(昨日)停学処分になった生徒は、(400年前に)売り切れになった商店のお菓子と関連がある。なぜなら停学と売り切れは意味が似てるから」
私はこういう性格なので、話を適当に合わせられずに、その推論がいかに間違っているかを理路整然と説いて聞かせた。先輩の妄想を聞かされるたびにきちんと対応していたら、秘密主義が復活してしまっていた。先輩は私に何も話さなくなった。神童君相手にも心を開かなくなった。一人でこもってあらゆる情報の関連性を解き明かす超理論の研究に没頭するようになった。
別に説明されたわけではないので本当にそういう研究をしていたのかは定かではないけど、大きくは間違っていないと思う。
そんな状況で時間が経過していった。
何年も経過しても成果が見られない魔導書の研究に、支援していた貴族たちもめんどくさくなっていた。古代のパズルブームも下火になってきていた。
先輩はついに敵意を私たちに向け始めた。魔導書の解明が進まないのは私たちの妨害のせいだという。進まないすべての原因に私たちが関連しているそうだ。
数日前にはすべての謎が解けると目を爛々とさせていたと思ったら、いつのまにかまったく解明が進んでいないことになっていた。進捗すら0か100になっちゃっている。
「もー、しょうがないなー」
かく言う私も身に覚えがあった。研究職にとっての職業病のようなものだ。先輩もその病気にかかっているだけである。
先輩は警戒しているので不意打ちでやるしかなかった。脳内の情報を整理する魔法である。
図書館で魔法はほぼ使えないので、自分の研究室で一人きりになっている先輩に魔法をかける必要があった。
先輩は偏執的にセキュリティに力を入れていた。
私は神童君と協力して、防護魔法、結界、警報魔法、お守り、それらすべてを調査して、すべてを無効化する手段を検討し、手に入れた。
「それにしてもすごい魔法ですね。聞いたことありません」神童君が私を褒めた。
「いいでしょー。これは私のオリジナルなんだよー」
というわけで、私は先輩のセキュリティを破り、研究室に侵入した。
この魔法は寝ている相手でも効くけど、起きて考え事をしている状態の方が効き目は大きい。
研究室に突如現れた私に先輩は驚いたけど、抵抗される前に私はそのオリジナル魔法を唱えた。「
効果は
一瞬の抵抗をしたけど先輩の目に正気が戻った。そして気絶した。この魔法を食らうとしばらくは寝ることになる。
私は先輩を魔法でベッドに移動させて、あとはそのまま安静にしておいた。
先輩の研修室の外には神童君が不安そうに待っていた。「どうでした?」
「ばっちりよ」私は親指を立てた。
数日後、先輩は研究室から出てきた。憑き物が落ちたようにすっきりしていた。
「あー、なんであんな突飛な論理を立証しようとしてたのか……。色々と迷惑をかけた。すまなかった」先輩は深々と頭を下げた。
「いえいえ。元に戻られてよかったです」私はひらひらと手を振った。
「これからまた解析を頑張るよ」元の爽やかな首席卒業者になっていた。
「……」私は言った。「先輩は私の好みじゃないですけど、今はとってもいい顔してますよ。もしよかったら一回、セックスしません?」
「いいのかい? じゃあ一度お手合わせ願おうかな」
私は自分の趣味とはちょっと違うけど年上とやってみた。これはこれでなかなかよかった。まあ、口直しで神童君ともその後えっちしたけど。
ことが終わったあとのベッドで、先輩は少し寂しそうだった。悲壮感のようなものがあった。タイムリミットが近いことを感じていたんだと思う。
実際、それからしばらく経って先輩は貴族の元に戻っていった。成果が出ないことを責められたわけではなく、古代の魔導書解きという流行を貴族がすっかり忘れていて、久し振りに思い出したんだそうな。まだそんなことを続けていたのか、もうやめて戻ってきなさいと声がかかったということだった。それならそれでよかった。優秀な魔法使いはこんな研究に人生を費やすべきではないというのが私の意見である。
神童君もそれからしばらくして戻ってこいと声がかかった。これは私が実家に連絡して、魔法学校に引き抜いてもらった。私のほかに少年一人の学費と生活費を払うことくらいうちの実家にとってはなんてことない。
彼は魔法使いとしての才能にはちょっと
懸賞金は取り下げられることがなかった。懸賞主もどうせ誰も解けないと思っていたのかもしれない。ブームも過ぎて誰も古代のクロスワードパズルになんて興味も持たなくなった頃に私が解いて、名声とお金をいただいた。まあ、貰えるものは貰っておきましょう。
ちなみに解けたといっても答えについてここで何か書くような内容はない。単に全部のマスを埋めたというだけである。それにしてもこのパズルの出来の悪さといったら……って同じ文句をまた言うところだった。だめだめ。
先輩からはお祝いの手紙を貰った。「遂に解読したようだね。おめでとう」
先輩は貴族の元でちゃんと魔術師をやっているようだ。頭の整理もばっちり。むしろ以前より調子がいいとのことだった。
ある日、神童君は私の名前を呼んだ。「あの魔法は魔導書に残さないんですか?」
「うーん、役に立つかなあ……。需要があるとも思えないんだけど」
「どうせなら凝りに凝った魔導書にしましょうよ。興味あるでしょう?」
それはそうだった。世の中の情報という情報の中にヒントを埋め、呪文・詠唱・身振りをそれぞれ別々の情報に分割して、ものすごいパズルにしてみるのも面白いかもしれない。
あらゆる知識の関連性から全体像を浮かび上がらせるのだ。
「いいね。ちょっとやってみようかな」私はペロリと舌なめずりをした。
情報の関連性を複雑にした上で、親切と不親切、法則性と非関連性を混ぜこぜにすれば、その解読作業は正気と狂気のせめぎあいになるだろう。それこそこの魔導書の謎かけにふさわしい。
自分の欲望に忠実な魔法使いがたまには人を助ける話 浅賀ソルト @asaga-salt
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます