・3-4 第24話:「ユートピア・ディストピア:2」

 [楽園]と信じて宇宙にあがった、カナエの両親。

 二人が子供をもうけたのは、決して、愛からではなかった。

 ———将来の労働者を生めば、[買い取って]もらうことができる。

 いつの間にかそういう仕組みが生まれ、機能していたためだ。

 もちろん、当時の人類政府は、そんな制度を許容などしていなかった。実態を伴ってはいなかったものの、それでも彼らは高潔な理想を建前として掲げており、法律上も子供の身売りは禁じられ、治安組織が取り締まっていた。

 だが、それでも売られる赤子は後を絶たなかった。

 人口抑制策として、女性がその一生で出産することのできる子供はどのような事情があろうとも一人まで、という制度が存在し、厳格に守られていたのにも関わらず、その、唯一の子供を。

 他に生きていくことのできる場所を持たない人々にとってそれは、自分が生き残るための最後の手段であったからだ。

 こうしてカナエは産み落とされた。

 最初から、多額の借金を背負わされて。

 [品物]として。

 新しい労働者を生み、売ったことで、両親に渡された代価。

 それは、将来成長した彼女が、返済しなければならないものだったのだ。

 職に就くのに必要な教育を受けさせ、十分に成長させるために不可欠な養育費用も上乗せされたため、生まれながらにして背負った負債は膨大なものだった。

 自分はいったい、なんのために生み出されたのか。

 空虚な毎日だった。

 退廃し倫理を失いつつあった当時の社会の中で、企業はカナエのような[商品]を大勢抱えていた。そして、その子供の発育状態や技能などによってその価値は変動するため、投資家たちの投機の対象ともされ、自身ではあずかり知らぬ間に所有者が変わり、また転売され、という有様であった。

 優れた能力を見せた者は、高く買われ、多くの資金が注ぎ込まれる。

 そうした子供はより良い教育を受けることが出来たし、生活も優遇されていた。もっともそれは、投資の見返りとして将来返済しなければならない借金が膨れ上がるということでもあり、同様の環境に置かれた子供たちから羨ましがられることはほとんどなく、むしろ同情されるほどだった。

 [事故]などで、投機の価値無しと判断されれば容赦なく切り捨てられ、それまでの負債だけが残される。文字通りに身体を[切り売り]しても返済などできはしない。

 一歩間違えただけで人生が[詰み]になるのだ。

 カナエは、平凡だった。

 彼女になんの才能もなかったというわけではない。ただ、どんなに頑張ってもそれは他人の、自分を人間ではなく物として扱い売り買いしている奴らを喜ばせるだけで、そんなのは嫌だと、そう思っていたからだ。

 なにより、自分を[売る]ために生んだ両親のことが、憎かった。

 出資者に見限られて人生を強制終了させられない程度に、ほどほどに生きる。夢も希望もない、灰色の人生。

 そんなカナエにとって、メイドになることは唯一、自分が主体となって選んだことだった。

 理由は、制服がかわいかったから。

 ただそれだけの理由だ。

 アンドロイドが当たり前に普及していた当時、わざわざ生身の人間を使用人として雇い入れるのは、一部の富裕層だけだった。

 機械ではなく生きた同胞を雇っていることが上流階級にとっての一種のステータスとなっており、高額な料金も喜んで支払われる。そういうわけで、メイドになれば悪くない報酬が約束されていた。

 それに、働き方を工夫すれば、カナエが[自由]を手にし、[人間]に戻ることも不可能ではなかった。

 普通に働いていては、一生こき使われて、ようやく返済することができるという重い借金。

 しかし常人の倍も働けば、早くに完済して、自転車操業から抜け出すことができる。

 どうやって他人の倍、働くか。方法としては二つあった。

 一つは、薬物などを使って無理やり働き続ける方法。これは、中毒になる危険があり寿命を縮めることが多かったため、あまり人気のない方法だった。

 もう一つは、冷凍睡眠を利用する方法。

 人間は眠らなければならない生き物だ。だからどう頑張ろうと、一日の内数時間は睡眠を取らなければならない。

 しかしそれでは非効率だ。何も人間らしいことをできないまま、一生の時間を使い果たしてしまう。

 だが、もしも睡眠時間を実質的にゼロにし、その時間も働くことができたら……。

 太陽系外園への人類進出を狙って開発された、冷凍睡眠の技術。

 それを用いれば、睡眠時間を実質的にゼロにして働き続けることが可能だった。

 目覚めている間は仕事をし、用が済んだら、眠る代わりにポッドに入る。

 ポッドには生命維持機能がある。だからそこに入って冷凍されてしまう際に、身体の状態を正常に戻してくれる。深刻な怪我や病気を治すことはできないが、疲労などは抜けてしまう。

 その性質を利用することで眠らずとも体力を回復させ、働き続けるという手法だ。

 これは、驚くほど効率的なやり方であった。

 冷凍されている間は実質的に身体の活動が止まる。だから、自身の限られた寿命を空費せずに済む。もし仕事がなく、派遣先がどこにもない、という状況になったとしても、無為に待機時間を過ごさずに済むのだ。

 文字通り、二十四時間、働き続けることができる。

 当時の軌道上居留地では人口過密のために家賃が高騰していたのだが、ポッドに入れば、住む家さえもいらない。

 もちろん、冷凍睡眠を利用するためには料金がかかった。

 それでも普通に働くのでは一生かけなければ返済できない借金を完済して自由を得られる可能性があったし、なにより、薬物を利用する方法よりもずっと健康的で、安全そうだった。

 ただし、短期間で冷凍と覚醒をくり返すことで生じる長期的な影響については、まだ[知見]がなかったために何の報告も警告もされていなかっただけで、実際には悪影響を生じさせた可能性は、十分にあるのだが。

 それでもカナエにとってそれは、自身にできる最良の選択であり、喜んで冷凍睡眠ポッドと職場とを行き来する毎日を送っていた。


([楽園]がどんな場所だったか……。正直に教えてあげたら、この子はどんな顔をするのでしょうね?)


 [楽園]とは、どんな場所だったのか。

 興味津々といった様子でこちらを見上げて来る貧相な身なりの金髪ポニテ少女の、爛々らんらんと輝く瞳を見返しながら、試しに本当のことを教えたらどうなるのかと衝動的な好奇心が湧いて来る。

 だが、メイドは口をつぐんだ。

 ガッカリさせるのがかわいそうに思えたからだった。

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