・3-3 第23話:「ユートピア・ディストピア:1」

 宇宙に、人類の永続的な生存に適した[楽園]を創造する。

 それは、偉大なプロジェクトであった。

 ———当時、地球環境は悪化の一途をたどっていた。

 十八世紀から本格化した産業化の進展。化石燃料を始めとする資源の大量消費と、人口爆発。

 発達を続ける科学技術の力によって辛うじて人々の生活は維持されていたが、あまりにも多くなった人間すべてを養っていくだけの余力は地球から失われつつあった。

 エネルギー源を、化石燃料から、人工的に生成されたバイオ燃料や、再生可能エネルギーと通称された各種の発電方法に切り替え、なるべく環境に負荷をかけ過ぎないように注意し、大勢の優れた学者たちが必死に研究を重ねていたのにも関わらず、自然の破壊は進み、動植物には絶滅するものが増えて行った。

 増加し続ける人口を養うためには、より広大な生活圏が必要であった。そして人類がより繁栄するということは、それ以外の生物種が有していた既存の生存圏を奪う必要があった。

 共存の努力は常にされていた。

 しかし、結局はみんな自分がかわいい。快適に、楽に暮らしたい。

 誰もが環境保護の大切さを意識してはいた。いたのだが、人々は自身の生活を守るために、常に他よりも自分を優先し、少しずつ自然を切り崩し、自らの支配する領域に作り替えていった。

 このままでは自然が失われ、絶妙なところで保たれていたそのバランスが崩壊し、いよいよ地球は人類にとって過酷な環境となってしまう。

 何とかしなければならない……。

 その、深刻な問題の解決策として構想され、数あるプランの中から実行されたのが、軌道上居留地の建設であった。

 これは、人間のみならず、地球に存在するありとあらゆる生命種を救済しようという、理想に基づいたものだ。

 衛星軌道上に人口の大地を造成し、そこに人間が居住することで、これ以上の環境破壊を押しとどめる。

 同時に、地球に存在する多種多様な自然を、そこに存在する動植物ごとそっくり移植することで、たとえこれから先この惑星がどのような運命をたどろうとも、人類種が存在する限り、貴重な多様性を保護し、存続させる。

 人間という存在を生み出し、育んでくれた奇跡の星に対する、これまでの仕打ちの贖罪しょくざいとして。

 そんな、歯の根が浮くような恥ずかしい理想論を、人々は大っぴらにかかげ、そして、プロジェクトを成功させるために邁進まいしんした。

 軌道上居留地の実用試験を兼ねた小さな宇宙都市、今後の建設ラッシュに対応するための、小型の実験都市がまず完成した。そしてそこを基点として、軌道上居留地の建設に必要な資源を確保するために遠くから豊富な鉱物資源を採掘できる小惑星を運んできたり、地上と宇宙との行き来を容易にするための交通手段として、高さ数万キロメートルもある巨大な建造物である軌道エレベーターを用意したり。

 百年規模の、誇張でも何でもなく、世紀をまたぐ大プロジェクト。

 そしてその計画は、———成功した。

 地球の衛生軌道上には百基を超える軌道上居留地が建設され、その内部には大勢の人類が暮らし、そして完全再現された自然環境が手厚く保護された。

 地球を離れ、宇宙に。

 もっと、もっと、遠くへ。

 月に。火星に。

 それは、本格的な宇宙開拓時代の到来を告げる、嚆矢こうしとなる出来事。

 その、はずだった。

 だが、その成功の裏には、大きなゆがみが存在していたのだ。

 [楽園]。軌道上居留地での暮らしはそのように喧伝され、人々の憧れの的であった。

 カナエの両親も、そこでの暮らしに憧れて宇宙にあがった。何年も必死に働き、厳しい審査を通過するために数々の資格を取得し、それまでの貯蓄と先祖から所有権を引き継いでいた土地や建物などの全財産をはたいて金を用意し、居住権を買い取った。

 もう、決して若いとは言えなくなっていた二人の男女は、希望に満ちて、軌道エレベーターを駆けあがる。

 ———その先に待ち受けている、「楽園」の実態も知らないままに。

 当時、軌道上居留地は人々であふれかえっていた。

 そこで暮らすことを夢見る者の数は多かったが、高額な移住費用と厳しい審査基準のために未だ地上で悪化した地球環境の中で暮らしている人々からは不満が高まり、暴動にまで発展し、治安組織が鎮圧にてこずる、という事態が頻発していた。

 この状態から脱却吸うために当時の人類を支配していた政府は、不満を和らげるために移民の条件を緩和かんわ。軌道上居誘致に本来の設計よりも過大な人数を受け入れるようになっていたのだ。

 カナエの両親が宇宙にあがれたのも、そのおかげだ。

 そこでは、理想の暮らしが待っている……。

 そんな期待は、完全に裏切られた。

 十分な広さがあったはずの居住空間は圧迫され、満足な家がないどころか、仕事にありつくことも簡単には出来ない。

 それなのに、生活費ばかりがかさむ。軌道上居留地はその機能を維持するために巨額の費用が必要であり、そこに住み続けるためには相応の代償を支払い続ける必要があった。

 誰もが、破産するまで払い続けた。

 苦しくともまだ地上よりはマシな生活環境だったというのもあるが、移民の多くは地上での全財産を注ぎ込んでしまっており、今さら地球に戻ってもやり直しが困難だったからだ。

 軌道上居留地での生活に憧れ、移民を希望する者は大勢いる。

 そうした人々にとって代わられぬよう、皆が必死にあがき、苦しみ、そして力尽きるか、退廃の闇にちていく。

 ———ユートピアとは名ばかりの、ディストピア。

 それが、カナエにとって[楽園]の、本当の姿であった。

 

※作者よりのご報告

次回投稿予定は、土曜日、1月6日からとなります。

どうぞ、よろしくお願いいたします。(*- -)(*_ _)ペコリ

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