・3-2 第22話:「起きたら、世界が終わっていました」

 ロイヤル・メイド派遣サービスの施設から、少女に言われるまま外に出る。

 ———嫌な予感がしていた。

 心臓の鼓動が速い。胸に、締め付けられるような圧迫感と、不快感がある。

 冷凍睡眠ポッドが並んでいた深部区画は、外見的な損傷はほとんどなく、自分が眠りにつく前の光景とさほど変わらなかった。

 しかし、サービスの申し込みなどを受けつけ、来客を出迎える表の店舗の部分は、様変わりしていた。原形をとどめてはいるもののあちこちが破損しており、富裕層向けの人材派遣業務を行っていた高級店舗の面影などない。

 そして、その外側にはなにも無かった。

 本来であればそこには、広大で壮麗な都市があったはずだ。片側三車線の広い道路と、無機質の中にほっとするような温かみを加えてくれる街路樹の並ぶ大通り。そして、軌道上居留地コロニー内に建造された、摩天楼まてんろう。いつも多くの車両が行き来し、たくさんの人の姿があった。

 記憶にあるそれらは、影も形もない。

 あるのは、真っ青な空。

 奇妙なほど頻繁に流れ星が落ちて来る、乾ききってどこまでも続いている天空だ。

 その下にあるのは、砂で覆われた砂漠。

 深いくぼ地、いや、クレーターの底にいるらしかった。周囲はぐるりと断崖で囲われ、お椀の底に、カナエが眠っていた冷凍睡眠ポッドのある区画がブロックごと突き刺さっている。

 ふらふらとした足取りで、吸い込まれるように。

 思わず、誰かがあり合わせの材料で作ったらしい粗末な足場に歩み出し、手すりに前のめりにもたれかかる。

 見おろした先にあるのは、ガラクタを寄せ集めて作られた、数十人ほどが暮らすことのできるキャンプ地だった。だがそこには誰もいない様子で、静まり返り、まったく活動の様子が見られない。


「なに……? これ……? 」


 それ以外に、言葉が出てこない。

 訳が分からなかった。

 自分の暮らしていた軌道上居留地は、街は、どこに消え去ってしまったのか。

 この不毛な大地しかない場所は、いったいどこなのか。


「お姉さん、あんまりよりかかると、危ないよ? 手すり、外れないと思うけど、点検とかしてないから」


 愕然がくぜんとし、混乱して、動揺のための焦点が合わずに瞳を揺らめかせていたカナエに、少女が親切にも警告してくれる。

 ———彼女ならば、いったい何が起こっていて、ここがどこなのかということを、知っているかもしれない。

 振り返ったカナエは引きつった作り笑いを浮かべながら、震える声でたずねる。


「あの……、お嬢様? 失礼ですが、ここは、どこなのでしょうか……? 」

「そんなの、決まってるでしょ! ここは、地球テラだよ! 」


 いったいなぜそんな言わずもがななことをたずねられるのか。

 心底から不思議そうに、金髪のポニテの女の子は教えてくれる。


「それでね、ここは、キャンプ地なの! この星屑を解体しようって集まって来た星屑拾いが、何十人も暮らしていたんだ! ……今は、あたしだけ、だけれど」


 少しつまらなさそうな、寂しそうな言葉。

 しかしカナエは、そんな少女の様子を気づかっている余裕などなかった。

 脚から、力が抜ける。

 ショックのあまり、もう、立っていることが出来ない。メイドはその場で膝をつき、うつむいて、ガチガチと歯を鳴らす。

 信じられなかった。

 いや、信じたくなかった。

 女の子は、ここは、ここが、[地球テラ]なのだという。

 太陽系第三惑星。人類の故郷であり、多くの生命を育んだ、緑の星。

 だが、ここにはそんな痕跡は、なにも無いではないか!

 目に映るのは見渡す限りの砂漠。砂、砂、砂だ。

 そこには、地球と聞いて誰もがイメージするような草花も、木々も、動物もいない。

 長い時間をかけて人間が築き上げた文明社会も、その残骸しか残っていない。

 自分がどれほど冷凍睡眠されていたのか、カナエはまだ知らなかったが、何百年……、いや、何千年も経ってしまったのではないかと思った。

 そうでもなければ、これほど環境が激変し、様変わりしていることなどあり得ないだろうと。

 実際には、この変化は五十年前に起こったことに過ぎないのだが、そのことを察するにはあまりにも、与えられた情報が少なすぎた。


「ねーねー! お姉さん、やっぱり、天上人!? 」


 現実を飲み込めずにいるカナエの隣にしゃがみこんだ少女は、いつの間にかその双眸そうぼう爛々らんらんと輝かせていた。

 未知のモノへの興味。

 それと、憧れ。

 そういったものが入り混じった視線が、真っ直ぐに、無遠慮に向けられている。

 始めて目にした時から彼女の幼さは何となくわかっていたのだが、その見立てはどうやら間違いではないらしい。自分を長い眠りから目覚めさせたこの女の子は、ずいぶんと純粋な性格をしている様子だった。


「天上……、人? それって、確か……」


 定まらない思考の中で、おぼろげに過去の知識がよみがえって来る。

 カナエも十六歳の少女に過ぎなかったが、軌道上居留地において最低限とされていた教育は受けているし、メイドとして富裕層に雇われて働く都合から、仕事に必要な教養として様々なニュースなどをチェックし、世の中の出来事についてはある程度追いかけていた。

 そのせいか、天上人という言葉には聞き覚えがある。

 確か、地球で生活している人々が、宇宙に暮らしている者たちを区別する際の呼び方だった。


(ああ、そういえば、紛争があったんだっけ)


 カナエは、自身が眠りにつく前、地上で暴動が活発化したことを受け各地で戦闘が起こっていたこと、当時の人類政府がこれを鎮圧するために新兵器を利用していたこと、そしてそういった状態が恒常化していたことなどを思い出す。


(まさか、ね……)


 この世界の有様の原因は、あの、自身が生まれる前から続いていた紛争にあったのではないか。

 一瞬、そう納得しかけたが、すぐにその考えは笑い飛ばしていた。

 いくらなんでも、世界がこんなになるまで人類同士、身内で争い続けたのだなどとは、夢にも思わなかったからだ。


「ねーねー! 教えて、教えて!? 天上人って、どんな暮らしをしていたの!? 」


 半ば呆然としているカナエのことなどおかまいなしに、少女は無邪気に問うてくる。

 始めて出会った天上人のことに夢中で、メイドの精神状態になど気づいていないのだろう。


「お姉さんは、[楽園]に住んでいたんでしょう!? ね、どんなだったの!? 」

「[楽園]……。[楽園]、ですか……」


 その言葉で反射的に軌道上居留地での生活を思い出したカナエは、遠い目をして、宇宙を見上げていた。

 それは、失われてしまった過去の世界に思いをせたからではない。


([楽園]なんて呼び名は、全然、ふさわしくない。……ロクなもんじゃなかったわ)


 少女が抱いているらしい、憧れ。

 メイドは、その実態をよく、骨身に染みて知っていた。

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