:第三章 「遭遇」

・3-1 第21話:「五十年前から来たメイド」

 冷凍睡眠ポッドに入ってから、いったい、どれほどの年月が経過したのだろうか。

 ずいぶんと長く、眠っていたような気がする……。何日、というレベルではない。数か月、いや、数年間?

 目覚める時はいつもそうなのだが、今回は特に頭がぼやけて、なかなかうまく働いてくれない。

 それでも、全身が解凍され、自身の心臓が鼓動して血液を巡らせ始めると、ぼんやりとしていた意識が段々とはっきりとして来る。

 カナエ。

 そう。

 自分の名は、カナエ。

 ロイヤル・メイド派遣サービスに所属する、一人のメイド。


(ああ、また、お仕事か……)


 眠りにつく前は、確か、数回目の仕事を無事に終えた後だったか。

 入社試験をなんとかクリアし、書類にサインして、半年間の研修を受け、それから実際に職場に派遣されて、忙しく働く毎日。

 最初はぎこちなく、緊張し通しであったが、段々と慣れてきていた頃。

 仕事は大変で、少し疲れを覚えてもいたがそれでも、今回もきっと、大丈夫。自分は上手に働くことが出来る。

 そう自身を鼓舞し、鍛えられた最上級のメイドとしての優雅な仕草でポッドを離れ、そして、今回の[ご主人様]……、なんだか見慣れない貧相な身なりをしていて、たまたま見かけた映画のプロモーション映像で見たことのある古めかしい原始的な設計デザインの散弾銃をかまえた少女に向かって一礼をし、定型文の挨拶をして見せる。

 ———すると、どうだろう。

 新しいご主人様、いや、少女だから[お嬢様]は、心底驚いた様子で悲鳴をあげ、そしてその場に腰を抜かして尻もちをついてしまっていた。


(ああ、なんということかしら!? )


 研修で教え込まれた通り表情には出さなかったが、カナエは内心で酷く慌てる。

 少女が「いっ……たぁ……っ! 」とうめきながら、まなじりに涙を浮かべて痛めたところを手でさすっている姿がかわいそうで、心配になったからではない。

 このことが[査定]に響き、自身の給与の額を減らされてはたまったものではないと、そう思ったからだ。


「あ、あの……っ、だ、大丈夫でございますか? お嬢様! 」


 自分はきっちりと、教えられた通りの挨拶をしていたはず。

 なにがここまで少女のことを驚かせてしまったのかは皆目見当もつかなかったが、今はとにかくお仕えするメイドらしく配慮を示して、少しでも心証を良くしておかなければならないだろう。


「うっ、ううううっ、動かないでぇっ!!! 」


 急いで駆け寄ろうとするカナエを、金髪をポニーテールにまとめた女の子はそう叫んで制していた。


「そこで止まって! 勝手に動いたら、バーン! だからね!? いい!? バーン! ってしちゃうんだから! 言っておくけど、弾なら入っているんだからねっ!!! 」


 メイドは、銃口を向けられたことよりも、その剣幕けんまくに驚いて言われた通りにしていた。

 銃らしきものを持っているが、どうにも、あまりにも旧式過ぎて現実感が湧かない。何かのオモチャか、撮影用の小道具にしか思えなかったのだ。


「えっと……、そだ! て、手をあげて! ゆっくり! こっちに手の平が見えるように! 」


 言う通りにしたことで少しだけ安心した表情を見せた少女だったが、すぐに何かを思い出したのか、さらにそう要求を突きつけて来る。


(なにか……、おかしい? )


 指示通りにゆっくりと両手をあげながら、カナエも違和感を抱き始めていた。

 目の前にいる女の子。全身薄汚れていて、細かな砂にまみれたつぎはぎだらけの粗末なポンチョを身にまとっている。

 ロイヤル・メイド派遣サービスは、[ロイヤル]と名のつく通り、かなり高額な料金を取る。それは、そこに所属しているメイドたちが得ている給与では、到底雇い入れることなどできないほどに。

 この新しいご主人様は、どう見てもこのサービスを利用できるほど富裕には見えなかった。それどころか、最貧困層と言ってしまっていいだろう。よくよく見ればポンチョの下にのぞく肢体は貧相で、ずいぶんとせている。食べることさえ満足にできていない証拠だ。

 それに、周囲の様子も、変だ。

 見慣れた、冷凍睡眠ポッドの列。しかし、自分が入っていたモノを除いて、そのすべてに異常が発生していることを知らせる赤いランプが灯り、点滅している。———中で眠っていた同僚たちの生命維持に問題が起こっている可能性が大きかった。

 一見すると、建物にはさほど損傷はないように思える。ロイヤル・メイド派遣サービスの施設はメイドたちを頻繁に冷凍睡眠させる必要があったために大きなエネルギーの供給を必要とし、小型の核融合反応炉を動力源に利用していた。これは緊急時には軌道上居留地全体にエネルギーを提供することも考慮された予備電源設備であり、異常事態でも稼働できるように二重、三重に安全対策が施され、ブロック全体が他の区画よりも堅牢に作られている。そのおかげで、大抵の災害にも耐えられる構造になっていた。

 目立った破損が見当たらないのはそのおかげなのであろうが、自分が入っていたもの以外の冷凍睡眠ポッドがみな機能に異常を起こしていることから、何か、自分には想像もつかないことが起こったらしい、ということは明らかだった。


「あ、あなたは、誰!? どうして、ここにいるの!? 」


 戸惑っているカナエに、今にも噛みついて来そうな犬が吠えるような鋭い声で少女は問いかける。

 もっとも、小型犬がきゃんきゃん吠えている程度の迫力しかない。


「わ、わたくしは、ロイヤル・メイド派遣サービスのメイドでございます、お嬢様」

「その、ろいやる……、なんたらって言うのは、なんなの!? 」

「それは、えっと……、メイドを派遣するサービスを営んでおります、人材派遣企業でございます。ご依頼いただければ、どなた様にでも誠心誠意、お仕えいたします」

「めい……ど、めいど、って、奴隷みたいなもの、っていうこと? 」


 これまた極端な解釈を、と、頭が痛くなるような思いがする。

 自身の常識と、相手の持っている常識が明らかにズレていることに戸惑い、途方に暮れそうになるが、しかし、段々とこちらを詰問する口調は和らいできていた。

 どうやら大人しく指示に従い続けたおかげで、警戒心を解いてくれつつあるのだろう。


わたくしは、メイドであって、奴隷ではありません、お嬢様」

「ふぅん? よく、分からないけれど……、うん、とりあえず、分かった」


 カナエが少し強めの口調ではっきりと断言すると、意思疎通が可能であると理解した少女はさらに態度を軟化させてくれた。


「それと、お嬢様。そろそろ、その……、危なそう? なものを、下ろしてはいただけませんか? 」

「う~ん。ちょっと、そのまま動かないで、待っててね? 」


 なんとか冷静に話し合える状況になったと感じたのと、いい加減手をあげ続けるのに疲れて来たので銃口を向けるのを止めてくれるように頼むと、少女は銃を突きつけたまま近づいてきて、メイド服の上からボディチェックを始める。


「ん。もう、手を下ろしていいよ。だけど、変な動きをしたら、バーン! だから」


 不慣れだが入念に確かめた後、ようやく許可が下りた。


(私、いったいどうなっちゃうんだろう……? )


 どうにも、眠っている間に大きな出来事があったらしい。

 手を下ろしながらそう悟ったカナエは、不安な気持ちでいっぱいだった。

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