・2-10 第20話:「目覚め」

 段々と、腹が立ってくる。

 この星屑はいったい、何回自分を驚かせば気が済むのか。


「むぅ~っ!いじわるっ! 」


 ステラはぷく~っと頬を膨らませると、突然電子音を鳴らしたコンピュータ端末を睨みつける。

 しかし彼女はすぐに自身の左斜め後方を振り返ることとなっていた。

 なぜなら、壁だと思っていた部分が動き始め、フシューッ、という音と共に横にスライドして開いたからだ。

 確かにそこは周囲よりも少しくぼんでいる壁だった。どうやら隔壁と同じくそこは扉で、星屑の内部はさらに奥に広がっているらしい。


「ふへへ……♪ 」


 少女の顔が、だらしなくにやける。

 壊れた二体のアンドロイドを発見できたことで、すでにかなりの収入が約束されていた。探せばまだまだ、貴重品がたくさん見つかるのに違いない。

 なにしろ、まだ電力が生きて、機器が作動しているのだ。こんなに状態の良い星屑を見つけたという話は、未だかつて聞いたことがない。

 そしてまだ奥がある。———ということは、もっとお宝があるのに決まっている!


「っと、つっかえ、しておかないとね! 」


 すぐにも先に進みたかったが、ステラはしっかりと安全を確保した。手近にあるガラクタの中からとにかく頑丈そうなものを拾い集め、隔壁にそうしたのと同じように、新たに開いた扉にもつっかえを作っておく。

 ブーツのつま先でちょんちょんと蹴ってつっかえの強度を確認すると、少女は散弾銃ソードオフをかまえ直し、ルンルン気分で、軽やかな足取りで前進していった。

 もう、すっかり上機嫌だ。

 これから先、何か月も食べ物と水に困らない。それどころか、年単位で余裕のある暮らしをできるかもしれないのだ。

 そしてなにより、過去の文明がこれだけ形を保って残っていることが嬉しくてたまらない。夢に思い描き続けてきた[楽園]を、いよいよ手に入れられるかもしれないのだ。

 散々ビックリさせられたことの恨みも忘れ、彼女はフンフンと、鼻歌まで歌い出す。

 そうして入り込んだ先には、奇妙な物体が並んでいた。

 白銀の外装で覆われた、円筒形の物体。それがいくつも、整然と林立している。ちょうど、人間一人が中に立ったまま入れそうなサイズ感。太かったり細かったりする配管がのび、天井や床につながっている。装置の脇にはコンソールがあり、赤いランプが点滅しているが、ひとつだけ青いランプが点灯しているものもある。


「ほうほう。これはいったい、なんなのかなー? 」


 にこにことした笑顔で、ステラはそれらの円筒形をペタペタと手で触って調べていく。

 それらがいったい何であるのかはわからない。ただ、装置の一種であることは間違いなく、そしてこれらも解体すれば売り物になるはずなのだ。

 少女には無機質な金属の塊たちがみな、パンと水に見えていた。

 くぅぅ、と気の早い腹の虫が騒ぐ。

 ああ、お腹いっぱいに食べることなど、いったい、どれほどぶりだろうか!

 これまでずっと温存して来た缶詰。あれを、食べてしまおう。自然の動植物のほとんどが失われてしまった焼かれた荒野では滅多に手に入らない、柔らかくてジューシーで、味の染み出るお肉の缶詰を!

 それは貴重な[貯蓄]だったが、お祝いにあけてしまっても全然、何の問題もない。なにしろ目の前にある機器を売れば、保管庫にもっともっとたくさんの缶詰をそろえることができてしまう。

 ああ、なんて、リッチなのだろうか……!

 自然と唾液が口の中にあふれてきて、ステラは幸福な気持ちに包まれたまま、コクン、とそれを飲み込んだ。

 ———それにしても、この円筒形はいったい何なのだろうか。

 できればなるべく高く売れるモノであって欲しいと思いつつ、壁際に並んだその謎の装置の、入り口から右に五個目に当たるそれを手で触った時だった。

 ブシュ―ッ! と音を立てて、突然、円筒形から蒸気が噴出してくる。


「わ、わ、わーっ!!? こ、今度はなんなのさーっ!!? 」


 悲鳴をあげ、少女は慌ててその場から飛びのいて距離を取り、銃をかまえ直していた。

 蒸気と思ったが、どうやら違う。なぜなら円筒形から勢いよくれ出て来たそれは少しも暖かくはなく、むしろひんやりと冷たい感触だったからだ。

 戸惑うステラが遠巻きに見つめている中、装置から排出される冷気の勢いは段々と弱まって行った。そして完全に止まると、今度は脇にあったコンソールのランプが、青から緑色に変わる。

 それでいったん、辺りは静まり返った。

 だが、もう異変は終わりか、驚かされるのはもうコリゴリだと思いながら少女が銃口を下ろそうとすると、また動き始める。

 円筒形の一部が浮かび上がり、ウィィィン、という微かな駆動音を発しながら横にずれていく。まるでふたのようだ。そして半ばほどまでそれが開くと、内側でライトが灯って、何かのシルエットが浮かび上がる。

 それは、人型をしていた。

 また、アンドロイドか。そう思ったが、しかし、すぐに違う、ということに気がついていた。

 あらわれたのは、どう見ても機械などではなく、生身の人間。

 性別は女性。黒い布地のドレスに純白の清潔な印象のエプロンを重ねて着た姿で、頭部にはフリルのかわいらしいカチューシャ。縁の厚い黒縁の眼鏡をかけ、長い黒髪を後ろで一束の三つ編みにまとめている。顔立ちの起伏はあまり大きくはなく、素朴な印象。その容姿から推測するに、年齢は十代の半ばほど。ステラよりも少しお姉さんに見える。

 呆然と見つめている少女の目の前で、その女性の血色が段々と暖かな色味を取り戻していく。まるで長期にわたって冷凍保存されていた肉体が蘇生され、体温を得ていくようだった。

 眼鏡の奥で、閉じられていた双眸そうぼうが開かれ、黒く濡れた瞳が、最初はぼやけていたピントをゆっくりと合わせていく。

 ステラは、ポカン、と口を半開きにしていた。

 もう、どんなリアクションを取ったら良いのかわからない。

 なにか珍しいものがあればいいな、とは思っていた。

 しかし、まさか人間がいるなんて。

 それも、生きている人間だ!

 あまりのことに頭の中は真っ白で、銃口を突きつけて威嚇いかくしようとか、きびすを返して逃げ出そうとか、そんな自己防衛のための思考さえ麻痺まひして働かない。

 そんな少女が見つめている前で、円筒形の装置、———冷凍睡眠装置から目を覚ましたメイド服をまとった女性は、しとやかな足取りで一歩を踏み出すとステラの目の前まで進み出て、落ち着き払った仕草で居住まいを正し、両手でスカートのすそをつまみながら優雅に一礼して見せた。


「この度は、ロイヤル・メイド派遣サービスをご用命いただき、感謝を申し上げます、お嬢様。わたくし、メイドのカナエが、誠心誠意お仕えさせていただきます」


 聞こえてきたのは、しっとりとしたつややかな印象の、綺麗で優しい声。

 だがその言葉を聞いた瞬間、少女はその場で腰を抜かし、また、尻もちをついて、そして叫んでいた。


「しゃっ、しゃしゃしゃしゃっ、しゃべったぁ~あっ!!!? 」

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