・2-7 第17話:「星屑の異変」

 ステラが暮らしているキャンプ地のあるクレーター。

 直径は、およそ一キロ。深さは百五十メートル。かつてここには小さな街の廃墟があり、半ば砂に埋もれたまま放置されていたのだが、このクレーターができたことですべて吹き飛ばされてしまっていた。

 少しでも良い拾い物をしようと集まって来た星屑拾いたちの手によって、いろいろと手が加えられている。クレーターの円周沿いでもっとも低く斜面がなだらかであった場所が開削されて、車両も出入りすることのできる道路(もちろん舗装などはされていない)になっていた。道はクレーターの斜面に沿って、ぐるりと弧を描きながら底まで続き、今は少女ただ一人だけが暮らしているキャンプ地へと続いている。

 その中央に鎮座している、[星屑]。

 戦前、地球の衛生軌道上に百基以上も建設されていたのだという人工の都市、軌道上居留地コロニーを構成していた大きな破片だ。

 一千万人を生活させることのできる巨大建造物であった軌道上居留地コロニーは、当然だが堅牢な構造物であった。この[星屑]はおそらくその強度を支えていた主要な柱状の物体と、そこにひっついていた区画ごと落ちて来たものなのだろう。

 直径二十メートルはありそうな太い円形の柱状の細長い物体から、何層かの階層構造を持つブロックが生えている。

 全体の高さは三十メートルほど、幅、奥行きはおよそ五十メートル。地面には傾いて突き刺さっている。墜落の衝撃によって半ば地中に埋もれていたのだが、星屑拾いたちの手によってせっせと掘り起こされた。最初は少し平べったい六角形をしていたのだが、クレーターを作り出した際に潰れて脆くなっていた下層は解体されてしまったので、頭の分厚いネジのような形になっている。

 その周囲には解体のための足場が組み上げられていた。落下の衝撃で消滅した街の残骸や、星屑から比較的簡単に取り外すことのできた廃材を用いた、粗末な見た目のものだ。

 しかし、なかなかバカにできなかった。戦前のようにコンピュータによる演算を用いた構造計算など行われてはいなかったが、経験則によって組み上げられた骨組みは、その上に大男が乗って飛び跳ねたり、削岩機のような工作機械を使用したりしても壊れないようにできている。酷くたわむが、慣れると一種のアトラクションみたいで楽しい。

 ただ、決して、快適に上り下りできるとは言えなかった。左右の移動については床が張られているので、足を踏み外さない限りはスムーズに移動できるのだが、上下に関してはハシゴしかなく、行き来するのは一苦労だ。

 重量物などは足場の上部に設置された滑車や、地上に据えつけられたクレーンなどで持ち上げられていて、人員の移動にも利用されていたのだが、今はステラだけしかいないので手動式の滑車は動かせず、クレーンは貴重な機材だったので、ここが放棄された際に持ち去られてしまっている。

 ハシゴそのものも、少女にとっては使いにくかった。なぜなら大人用の寸法で作られており、まだ子供と呼べる年齢でしかない小柄な彼女にとっては、少し無理をしないと手足が届かないのだ。

 それでも、ステラはこの足場を上まで登っていくことが好きだった。


「う~ん、やっぱり、いい景色! 」


 最上部まで登り切ると、彼女はご満悦に、額に手でひさしを作って周囲の景色を楽しむ。

 その光景を目にしていると、そう遠くない昔の光景がよみがえって来る。

 まだこのキャンプ地にたくさんの人々が住んでいたころ。

 毎日、トンカントンカン、ギュイーン! と、星屑をなんとか解体しようと試みる音が鳴り響き、あちこちでせっせと人々が働いていた。

 あの頃は、勝手にこんなところまで登って来ては危ないぞと、よく叱られ、そして滑車やクレーンで地上まで強制的に下ろされてしまったものだ。

 しかしもう、誰もステラを妨げる者はいない。


「……うん。がんばろう! 」


 心の中で寂しさがまた大きく主張し始めたのを感じ、身体の前で小さく両手でガッツポーズを作って気合を入れた少女は、きびすを返してあらためて星屑へと向き直った。

 大勢の星屑拾いたちが挑んでも、ついに解体しつくすことのできなかった[大物]。

 だが、手掛かりはある。

 この最上部の足場付近の高さに、どうやら内部に続いていそうなハッチがあるのだ。

 ハッチ、と言うよりは、隔壁、と表現した方が正しい。

 星屑を構成しているのと同じ、終末世界ではどう頑張っても再現することのできない強固な黒光りする金属によって構成された扉。

 ぴったりと閉じられていて、手持ち式の削岩機で穴をあけようとしても、火薬で吹き飛ばしてみても、ビクともしなかったもの。今も表面にはその時にできたかすかな傷と、焦げ跡が残されている。

 そこがなぜ隔壁だと分かったかと言うと、そこだけ周囲から一段わずかにくぼんでおり、どうにも動きそうな感じがしたからだ。

 その程度の根拠でしかなかった。

 誰が言い出したのかは、定かではない。

 あまりにも頑丈過ぎてなかなか解体できない[星屑]を前に、なんとかそこから資源を引き出したいと願う星屑拾いたちが抱いた、ただそう見えるからという曖昧な根拠から生まれた幻想でしかないのかもしれない。

 それでもその隔壁に見えるくぼみは、星屑拾いたちに希望を与え、何年もの間未練がましくこの地に居続けさせた原因となった。

 ある日突然、ぱかっと、開いてくれたりしないものか。

 誰もがそう思い描き、その期待をなかなか捨てることが出来なかったのだ。

 もっとも、現在でも残っているのはステラだけとなってしまったが。


「怪しいとしたら、やっぱり、ここなんだよね~」


 どうせ今の自分では、大勢の星屑拾いたちが解体を試みて失敗し続けた外壁を正面から破ることなどできはしない。

 もし中に入ることが出来る可能性があるとしたら、この隔壁と思われる部分以外にはないはずだ。

 望み薄ではあったが、諦めきれない、諦めたくないという気持ちで、少女はくぼんだ部分を自身の手で撫でまわす。

 ———ピー、という、星屑探知機のモノとは違う、聞き慣れない電子音が鳴り響いたのは、その時だった。

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