・2-8 第18話:「開かれた扉」

「ふへぁっ! ひょわわわわわわわっ!!? 」


 荒野にできたクレーターの中心で、ステラの素っ頓狂な悲鳴が響き渡る。

 パニックになった彼女はジタバタとその場で奇妙な踊りをし、それから何かに弾かれたように後ずさって、足場から落ちそうになっていた。

 もし、この足場を組み上げた人々がちゃんと落下防止のために手すりを設置してくれていなかったら、数十メートル下の地表に真っ逆さまだっただろう。

 ———ただ電子音が聞こえた、というだけだったら、少女はここまであからさまに取り乱すことはなかったはずだ。


「う……、ウソ……? な、なんで……? 」


 ステラは驚きの余り完全に思考停止状態に入り、足場の手すりによりかかったまま、呆然と、目の前で起こっている出来事を見つめていた。

 ———目の前で、ゆっくりと扉が開いていく。

 何人もの星屑拾いたちが、今日は開かないのか、明日は開くのか、と、毎日毎日、待ち遠しく、未練がましく眺めていた、あの隔壁が。

 下から、上に。

 分厚い金属の塊が音もなくゆっくりと動いていき、これまで誰も立ち入ることのできなかった星屑の内部をさらけ出していく。

 驚くべきことに戦前の人類の科学技術の結晶は、この終末世界においても正常に動作している様子だった。

 その証拠に、隔壁の開放は非常にスムーズに行われ、少しも危なげなく進捗し、まったく異音らしきものは聞こえず、やがて完全に上がりきるとピッタリと壁面と一体化して継ぎ目が見えなくなった。

 製造された当時の機能をそのまま維持し、その構造には寸分の狂いも生じてはいなかったのだ。

 ステラは放心したまま、パクパク、と何度も口だけを動かし、ぱらぱらと、長い年月の間に隔壁に付着していたセラミックス化した細かな砂が落ちて来る光景を見つめながら、その場に立ち尽くす。


「たっ、たたたた……っ、大変だぁーっ!! 」


 やがて彼女は、動転して足場を左右に駆けまわり始めた。

 開いた。

 開いたのだ!

 絶対に諦めないと誓いながら、実際にはもう無理だろうと、そう思っていた。何人もの星屑拾いたちが挑んで、敗れ去って行った隔壁が。

 夢にまで見た、[楽園]の入り口。

 かつて栄えた人類文明の遺産、その片鱗へと通じているのに違いないそれが、今、目の前で開いた。

 いったい、どうしてこんなことが起こったのか。

 自分は、どうすればいいのか。

 なにもわからない。

 ただただパニックで、頭が真っ白で、でも、たまらなく嬉しくて、胸が躍って。

 ステラは突如として開いた扉の前をバンザイしながら行ったり来たりし、そして、走り始めた時と同じように唐突にピタッと、扉の前で停止した。


「むむむむ……っ。むむむ~っ!!! 」


 それから彼女は、完全に開ききり、黒々とした内部の暗闇を見せつけている隔壁を、左右に引き結んだ唇をわなわなと震わせながら睨みつける。

 驚きと、感激と、こんなにあっさり開くのならどうしてもっと早くに開いてくれなかったのかという憤りと、今まで辛抱強く待ち続けた甲斐があったという思いと。

 様々な強い感情が入り乱れ、ぐちゃぐちゃになって収拾がつかず、どんな顔をしていいのかわからなくなっている。

 おもむろに手をのばし、自身の頬をつねってみた。


「いひゃい」


 確かに、痛みを感じる。

 これは夢でも幻覚でもなく、現実なのだ。


「ィ……ッ! やったーっ! やった、やったーぁッ!!! 」


 そう認識した瞬間、少女はまた、喜びを爆発させる。バンザイをして、その場でぴょんぴょん、飛び跳ねる。

 あまりにも情緒不安定。事情を知らない誰かがこの時の彼女の姿を見たら、いったいなにごとかと不安に思うほどだっただろう。

 そしてまた唐突に、ピタッ、と飛び跳ねるのを止めると、ステラはビシッと背筋を伸ばし、姿勢を正して真剣な表情で扉の奥を見つめた。

 ゴクリ、と喉が鳴る。

 いつか開いて欲しい、開きたいと願っていたが、本当に開くなんて思ってもいなかった、堅牢な隔壁。

 夢にまで見た出来事だったが、実際にそれが起きると、立ちすくんでしまう。

 扉が開いたらどうしようか、とか、そこから先の予定など考えたこともなかったからだ。


「と、とにかく……、中に入ってみないと、だよね……! 」


 しばらくの間じっと固唾をのんで見守っていたステラだったが、やがて、自分自身に確認するようにそう呟いていた。

 何度も、深呼吸をくり返す。

 正気を保つためにバシン、と両手で頬を張り、ガンガン、と足場の床板を踏み鳴らしながらジャンプして身体を上下にゆする。

 そうしてようやく気持ちを落ち着けてから、やっと、少女は星屑の内部に向かって一歩を踏み出そうとした。


「あっ、そうだ」


 しかし彼女は立ち止まる。

 何かを思い出した様子でハッと見上げると、周囲をきょろきょろと見回し、それから、作業内容に応じて足場を組み替えるために集積されていた資材の山に向かい、とにかく頑丈そうな部材を見繕って引きずって来る。

 突然、開いたのだ。

 ステラが内部に入り込んだ後でまた何の脈絡もなく隔壁が閉じる、ということも起こり得るかもしれない。

 もしそうなったら、自分は星屑の中に閉じ込められてしまう。そこになにがあるのかはわからなかったが、そんなことになるのは嫌だった。

 だから隔壁がり始めても完全に閉じることのないよう、あるいは、少女が逃げ出す時間を稼げるように、何かつっかえになるものを用意しておこうと思ったのだ。

 用心にはし過ぎということはない。

 これも、[じぃじ]から教え込まれた、終末世界で生き延びるための鉄則だ。

 早く中を調べたいというはやる気持ちを抑えつつ、汗ばみながら、少女は何度か往復して資材を積み上げた。


「よし! 」


 足でツンツンと蹴ってみて、つっかえにしようとしているものが期待している役割を果たしてくれそうなのを確かめると、ステラはうなずき、それから気迫に満ちた表情を星屑の内部へと向けていた。

 背中に手を回し、念のために散弾銃あいぼうを取り出し、安全装置を解除して腰だめにかまえる。

 さらに深呼吸をすると、彼女はゆっくりと、慎重に、星屑の内部に進んでいった。

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