・2-5 第15話:「独り暮らし:2」

 疲労からかすっかり寝入ってしまったステラだったが、肌寒さで目を覚ました。


「さ、寒っ! 」


 毛布もかけずに眠ってしまっていたからだ。思わず両手で自身の身体を抱きしめると、ブルブルと全身を震わせ、少しでも暖まろうとする。

 いつの間にか、周囲はすっかり暗くなってしまっていた。枕元に置いてあった[じぃじ]の形見の腕時計を引き寄せ、蛍光塗料でぼんやりと光る文字盤を確認すると、時刻は四時過ぎ。

 これほど周囲が暗くなっているということは、明け方の時間帯に違いなかった。

 一番、冷え込む時間帯だ。寒いのも当然。

 乾燥した砂漠でもっとも過酷なのは、昼間に日差しを遮るものがなにも無く、高温になることではなかった。

 もちろんそれだって酷だし辛いのだが、昼と夜の寒暖差以上に厳しいものではなかった。

 たとえば、夏季には昼は摂氏四十度にもなるが、夜には十度以下にも低下し、その寒暖差は三十度以上にもなるのだ。

 これは、砂漠には水も植生もほとんどないせいだ。ギラギラと浴びせられる太陽で熱せられた砂は日が陰ると一斉に熱を放射し、なにも保温してくれるものがないから一気に冷える。

 ステラは毛布を引き寄せて身体にかけたが、あまり効果はなかった。毛布自体が冷たく冷え切っているために、余計に寒く感じるほどだ。

 仕方なく彼女は、起きだして火を使うことにした。

 毛布を身にまとったまま立ち上がり、炊事場へと向かう。そこにすえつけてあった残骸を組み合わせて作ったかまどの中に、交易で手に入れた貴重な燃料である石炭を一つだけ置き、スキットルくらいの大きさの缶の中に残っていた液体燃料をほんの少しだけかけて着火剤とし、火打石を使って火を起こす。

 液体燃料のおかげで、火は簡単につく。ほどなくして石炭にも炎は燃え移り、手をかざすと、じんわりと暖かさが広がって来た。

 この終末世界において、石炭は重要な燃料となっていた。———なぜなら、照射兵器の使用によって地上はほぼすべて焼き払われており、残された可燃物と言えば地中に眠っていて酸素に触れていなかったことから発火しなかった石炭だけだったからだ。

 大昔の人間は、木を薪として燃やしていたらしい。しかし今の地表面には残っていない。照射兵器で照らされた地域は、コンクリートが溶け出すほどの温度、一千四百度以上にまで熱せられ、植物はみんな発火して燃え尽きてしまったからだ。

 そういうわけで石炭は主要な交易品のひとつになっている。今燃やしているのも、以前、ステラがカイトの所属している[船団]、[カーチャック商会]から[星屑]と交換してもらったものだ。真水一リットルに対し石炭三キロほどの交換レートが一般的で、買い取りをしてもらう際は五キロで真水一リットルになる。

 火をつけるきっかけとして用いた液体燃料も、同様に貴重品だ。これは遺伝子組み換えによって作られた植物プランクトンが生産する油を専用の設備で精製したもので、過去には地中から掘り出して使っていたのだという化石燃料、石油を精製して作っていたガソリンと似た性質を持っている。こちらの交換レートは、真水一リットルに対して二リットルが相場で、買い取りの際は燃料三リットルで真水一リットルになる。

 幸運なことに、この液体燃料は現在でもわずかだが生産が継続されているものだった。カイトから聞いたことがあるのだが、戦中に破壊された生産設備のひとつが戦後になってから補修され、利用されているらしい。

 電動駆動式の[モト]があるから、少女は火をつける時にしか使わないが、ドナドナのリッキーたち奴隷商人のように、内燃機関を用いる者たちにはこの液体燃料は必需品だった。


「そうだ。お湯も沸かしちゃおっと」


 かまどの中でちろちろと燃えている炎のおかげで少し寒さがマシになり、目も覚めて頭が回るようになってくると、ステラはこの貴重な火をさらに有効活用することを思いつく。

 彼女は立ち上がると、炎の側から離れるのを名残惜しそうにしながら金属製のマグカップを持って家の外に出ていく。そして無人の掘っ立て小屋の廃墟が並ぶ細く曲がりくねった通りへと進み、やがて広くなっている場所に出た。

 そこには、かつて存在したこの小さな共同体の唯一の共有財産、空気から結露を集めて集水する水生成器があった。

 原理は単純で、エアコンと同じ。コンプレッサーを駆動させて冷媒れいばいを加圧して空気との温度差を作り、熱を放出させる。すると元の圧力に戻した時に冷媒の温度が以前よりも下がっている状態になる。この原理を利用して冷却を行い、集水用の金属鈑を冷たくして空気中に存在するわずかな水蒸気を結露させて集める。得られた水はフィルターを通した後、タンクに集まる仕組みになっていた。

 かなり大掛かりな設備だ。周囲には電力を確保するための太陽光パネルや風車がいくつも建ち並んでいて、一種のオブジェのようにそびえている水生成器を動かし続けている。もっとも今は夜間であるため電力が足りず、機械はほとんど機能を果たしていなかった。昼間であったら、冷媒を冷やすためのコンプレッサーとファンが稼働する、ブーンという音が絶え間なく響いていたはずだ。

 ステラは毛布を被ったままタンクのメモリをのぞき込み、自分が留守にしている間にどれだけの水が溜まってくれたかを確かめる。

 この一年、[じぃじ]から教えられたことを必死に思い出しながらなんとか稼働状態を維持して来た水生成器だったが、能力は落ちて来ているがまだどうにか働いてくれている様子だった。タンクの中には十リットルほどの水が残っている。

 このキャンプ地の最盛期に暮らしていた人数では争いが起きかねない量だったが、少女一人が生きていくには十分すぎる量だ。

 蛇口をひねり、持ってきたマグカップに水をそそぐ。それから何かを思い出したらしくハッとして上を見上げた彼女は、ここまで来たついでにと空になっていた水筒にも水を補充し、自宅に引き返していった。


「ふぃ~。あったかいなぁ……」


 またかまどの火の前に戻り、火のすぐ近くに水の入ったマグカップを置いたステラは、両手を炎にかざしながらしみじみとした口調で呟いた。


「あたし、独り、なんだなぁ……」


 ———ふと、その表情が陰る。

 それは、この広々としたキャンプ地で、彼女を暖めてくれる存在モノが、わずかにこのか細い炎だけなのだということをあらためて自覚したためだった。

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