・2-4 第14話:「独り暮らし:1」

 モトをセンタースタンドで立たせて、電源を切る。それから身に着けていた防塵ゴーグルを外し、いつ[星屑]が降って来てもいいように、あるいは直撃コースだった場合いち早く逃げ出せるように探知機をいつもの定位置に仕掛けてから、残骸を使って作られた掘っ立て小屋の中に入る。

 中はそれほど広くはないはずなのに、閑散とした印象だった。一年前まで[じぃじ]がいた寝床が無人であるために、余計に寒々しく感じてしまうせいだ。

 ステラはほんの少しだけ誰もいない場所に懐かしい家族の姿を重ねて思い出している様子だったが、すぐに散弾銃ソードオフを取り出してかまえ、家の中に異常がないかを確認し始める。

 このキャンプ地はすっかり無人となってしまっていたが、どこかの放浪者が迷い込んできている可能性はある。だから家の中に見知らぬ相手がいないかどうか、貴重な物資が盗まれたりしていないかどうかは、毎回帰宅するたびに確かめねばならなかった。

 留守番でもいればいいのだが。ステラが幼かったころは彼女がその役割を果たしていた。

 それは退屈な仕事であったが、今ならば、何日でも、いつまででも待っていられる気がする。待っていれば、いつかは[じぃじ]が帰って来てくれたからだ。

 しかし今は、彼女ただ独りだけ。

 すべて自分で考え、判断し、行動しなければならない。

 カイトのおかげで左右の銃身にはしっかりと弾薬が装填されている。いざとなれば躊躇ちゅうちょなく発砲するつもりで、慎重に家の中を探索してみたが、異常は特に見当たらなかった。

 家の中の炊事場、表面を砂で覆って隠している床の秘密の保管場所を開いてみたが、残り少なくなっている食料や貴重品は、自分が出かけた時と変わらない数がそこにある。

 どうやら自身が不在の間にこのキャンプ地を訪れた者は、誰もいないらしい。


「はァ……。良かった」


 ステラはほっとして溜息を吐くと、ようやく銃を下ろし、勝手にトリガーが引かれないように安全装置をかけると、自身の寝床にしている場所の枕元に置いた。

 それから、ぽすん、と、昔どこかの廃墟から[じぃじ]が拾ってきてくれたマットレスの上にうつぶせに倒れこむ。


「あ~、疲れちゃったよ……」


 思わず、そんな言葉が漏れる。

 反応はもちろん、返ってこない。

 この場所には彼女以外、誰も残ってはいないからだ。

 それなのにわざわざ声にしてしまうのは我ながら不毛なことだなと思わないでもないのだが、長く声帯を使わずにいるといざ必要になった時にうまく言語を話せないためか、人体というのは勝手に声を出してしまうようにできているらしい。

 もしくは、人恋しさゆえか。

 それがたとえ自分のものであるのだとしても、声を聞きたいのだ。

 ———今日は、ステラにとっては散々な一日であった。

 何日も待ち続けてようやく降って来た[星屑]。一番乗りすることが出来たのにも関わらず、思ったほどの収穫は得られなかった。そしてその後には、奴隷商たちに捕まって、もう少しで奴隷にされてしまうところだったのだ。

 とても、恐ろしかった。

 こんなことはもう二度とゴメンだと、強く思う。だが、こうして独りで暮らしている限り、きっと無理な話だろう。

 いいこともあった。幼馴染のカイトと再会することができたし、その際に、今朝焼かれたばかりでまだ柔らかなパンを交換してもらえ、なにより、一発も残っていなかった弾薬を分けてもらえた。

 だが、全体としてみれば、過酷な、くたびれる一日であったことは変わりない。


「カイトの言う通りに、しようかな……」


 呼吸を確保するために顔を横に向け、柔らかい緑色の瞳を持つ双眸を半開きにしながら少女は自問自答する。


「でも、やっぱり……。あたしは、諦めたくないよ……」


 寝物語に聞いた、[楽園]の話。

 滅んでしまった世界。

 いつもお腹いっぱいに食べることができ、喉が渇けば明日の分を気にすることなくすぐに水を飲める。そんな暮らしに対する憧れ、というのが、[楽園]を探している切実な理由だ。

 [星屑]を拾い集めて行けば、滅んでしまった過去の文明の、一部でも取り戻すことが出来るかもしれない。安全で、飢えも乾きもない暮らしが手に入るかもしれない。

 しかし、それだけではなかった。

 失われてしまった世界はいったい、どんなものだったのか。

 なぜ、こんな世界になるまで人間は戦い続けてしまったのか。

 そのことを、知りたい、と願う。

 単純なその欲求が、彼女をギリギリのところで踏みとどまらせ、往生際悪くこのキャンプに居続けさせている。

 諦めて、カイトの誘いに乗ってしまえばどんなにか[ラク]だろうか。

 あの赤毛の少年は、この終末世界には似つかわしくない、稀有な素養を持っている。

 それは、[優しさ]だ。

 彼は幼馴染だから、妹みたいだからと言って、ステラのことを心配してくれる。

 真剣に、気にかけてくれている。

 そうしてくれるのは、少女にとってはこの世界で二人だけだった。

 両親はいたはずだが、物心つく前に亡くなってしまったと聞いている。だから彼女のことを大切にしてくれる人は、[じぃじ]と、[カイト]だけ。

 そして今は、たった一人だけが残っている。

 あの少年と、[家族]として生きていく。

 相手があまりにも鈍感で腹が立つので、ついついこちらも素直になれないのだが、それは決して悪いことではない……、むしろ、他にこれ以上の道はないかも、とさえ思う。

 それでも、どうしても踏ん切りがつかない。

 このキャンプ地を捨てて行った他の星屑拾いたちのように、諦めることが出来ない。

 [楽園]を見つける。

 それは幼い頃からの[夢]。辛くて苦しい、容赦のないこの終末世界でステラが生き延びてきた、目的だから。

 心の支えだった。それを捨てるということは、自分の生き方を根本的に変えてしまうことになる。

 自分ではなくなってしまうような気がする。

 今諦めたら、きっと、ずっとずっと先まで、運よく長生き出来てしわくちゃのお婆さんになっても、後悔し続けてしまうだろう。

 そんな思いが胸の中で消えず、少女は孤独と荒野と戦い続けている。


「明日……、[星屑]、もう一度……、見に……行こう、……かな」


 そう呟くと、すでにうとうととしていたステラのまぶたがゆっくりと閉じていく。

 やがて、静かな寝息が聞こえ始めた。

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