・2-3 第13話:「朽ちたキャンプ」

 カイトの言う通り、[船団]に加わって暮らす。

 それが最適解であるということは、ステラにだって分かってはいた。

 [船団]というのは、この終末世界の物流を担う旅の商人たちの集団のことだった。

 あちらで買ったものを、こちらで高く売り、こちらで買ったものをあちらで高く売る。

 戦前世界から存在した交易のシステムは、この時代になっても生きていた。というのは、地域によって得られる産物というのはどうしても偏りがあるし、必ずしも欲しい物が手に入るとは限らないから、誰かに行商してもらって余っているものを売り足りないものを買い入れるということが必要だったからだ。

 人口密度が希薄な終末世界で交易を行うためには、必然的に長大な距離を旅しなければならない。そのために商人たちは[船]と呼ばれる、砂の上を移動できる巨大な乗り物を製作し、そして単独で行動していては容易に野盗の略奪を受けてしまうため集まって相互に防衛できる環境を整えている。それで[船団]と通称されているのだ。

 彼ら終末世界の交易商人たちは、人々にとって欠くべからざる存在となっていた。

 生活必需品である水や食料、貴重な燃料を始めとする物資を運んできてくれ、取引に応じてくれる彼らがいなければ、この荒野で生き延びることが出来る人数はずっと少なくなったことだろう。

 もしその[船団]に加われば、まず安泰と言ってよい。

 交易によって多くの物資を集めている彼らの生活は安定しているし、野盗からの襲撃から身を守るためにしっかりと武装しているから、安全も確保されている。

 荒廃したこの世界で数少ない、[安心]の実在する居場所と言えるだろう。

 長い距離を移動し続けなければならない、というのは確かに大変ではあったが、このまま単独で荒野に生きるよりもずっと長生きできる確率が高いのは明らかだった。

 ———それでも、ステラはそうするという選択ができなかった。

 こちらは相手のことを[幼馴染]だと思っていて、そこから[家族になる]ということに対して、真剣に意識していたのにもかかわらず、あくまで[妹]としか見ていなくて、乙女心をちっとも理解していない朴念仁のカイトに腹が立った、というのもある。

 だがなによりも、少女には捨てきれない夢があったのだ。


「……ただいま」


 方位磁石コンパスと書き込みだらけのお手製の地図を頼りに、[星屑]を追いかけていた時とはうって変わって事故を起こさぬように安全運転でモトを一時間ほど走らせた後。

 ステラは、誰もいない、ガランとした自宅の前で、返事がないことを知っていながらそう挨拶を呟いていた。

 そこは、放棄されたキャンプ地だ。

 昔は何十人もの[星屑拾い]たちが、集団で住んでいた。金属片や布切れで作られた少女の家、かつて[じぃじ]と一緒に暮らしていた掘っ立て小屋と同じような住居がたくさん建ち並び、特に血縁関係もないが目的を同じくした人々が、つつましい共同生活を送っていた場所。

 かなり大きなクレーターの底にできた、集落と言ってもよいものだった。

 ———そこに人々が集まっていたのは、そこにクレーターを作り出した[星屑]を狙ってのこと。

 いわゆる、[大物]という奴だ。ここには十年ほど前に軌道上居留地の残骸が原形をとどめたまま大きなブロックごと落下して来て、大勢の星屑拾いたちを引きつけていたのだ。

 その[星屑]は、今も変わらずクレーターの中央部に鎮座している。都市部の廃墟にたくさんある、十階建てのビルほどの大きさがある。

 落ちて来た当初は、もう少し大きかった。だが、集まって来た星屑拾いたちによって取れる部品はすべてはぎ取られ、[船団]に売り払われるか、今も跡地として残っているキャンプ地を形成する資材として利用された。

 今は、ステラしか残っていない。他の人々はみなそれぞれの家を捨て、持てるものを持ってどこかへ散って行ってしまった。

 まだ大きな塊が残っているのに、なぜ、星屑拾いたちは去って行ってしまったのか。

 それは、残った部分は頑丈過ぎて、解体しようとすればするほど、赤字になってしまったからだ。

 人々はいろいろな方法を試した。スレッジハンマーで思いきり叩きまくってみたり、高温のバーナーで焼き切ろうとしたり。チームを組んだ星屑拾いたちが、希少な今でも稼働する重機の類を使用して解体を試みたり、あまつさえ、火薬を用いて爆破しようとされたりもした。

 それでも、この[星屑]はわずかずつしか破壊できなかった。半世紀前の破局の際にもバラバラにならず、大きなブロックのまま大気圏を突き破って落ちて来たモノなのだから、それだけ頑丈にできている。

 これだけ大きな残骸。中にはきっと、滅多に手に入らないような貴重な物資が眠っているのに違いない。

 人々は辛抱強く、未練がましく長い間解体を試みていたが、少しずつは壊せても、手間をかけた割にはほとんど実入りのない状況に、一人、二人、と諦めて行った。

 最後まで残っていたのは、ステラと、その育ての親である[じぃじ]だけ。

 そして一年前には、少女だけになってしまった。


「なんかこう、どこかがカパッ、と開いてくれればいいのになぁ……」


 巨大な[星屑]を見上げながら、ステラは呟く。

 かつてここにいた仲間たちは、みな、諦めてどこかへ行ってしまった。

 それでも彼女が残っているのは、他に行く当てもない、ということもあるが、なにより、もし戦前世界の文明、[楽園]のひと欠片でも手に入れられるのなら、この頑丈過ぎる残骸の中であろうと信じているからだ。

 ———こんなに壊しにくい物なのだから、世界が滅んでも、大気圏に突入して焼かれても、地面に激突して大きなクレーターを作っても、中にはなにか、無事で残っているものがあるかもしれない。

 それがどんなものなのかはわからなかったが、ステラにとってそれは、[楽園]を手に入れるための、最大の手掛かりであると思えていた。

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