・2-2 第12話:「乙女の怒り」

 唐突にカイトから「[船団]に入っるつもりはないのか? 」と問われたステラは戸惑い、困った顔で眉を八の字にする。


「[船団]に……。[カーチャック商会]に、あたしが? 」

「そうさ。だって、また今日みたいなことになったら大変だろ? たまたま近くにオレがいたから、助け出せたけど……。毎回、こうなるとは限らない」

「へ、平気だよ! 」


 本当は、怖くてしかたがなかったし、まだ恐ろしいと思う気持ちが強く残っている。

 それでも、強がってみせた。


「あたし、もう捕まったりしないもん! 」

「あのなぁ……」


 両手をぐっと握り身体の前でガッツポーズを作りながらドヤ顔を向けて来られたカイトは、呆れた視線と声を向ける。


「そんなことできるわけないだろ? こっちは危なっかしくって、見てらんないんだよ」

「で、でも……」

「やっぱり、トクダさんから聞いた、[楽園]を探したいからか? 」

「う、うん。それは、もちろんあるよ? けど、やっぱり……」

「[掟]のことか? 」

「う……、うん……」


 言いよどむ少女を単刀直入に問い詰めると、遠慮がちなうなずきが返って来る。

 ちなみに[トクダさん]というのはステラの育ての親、彼女が「じぃじ」と呼んで慕っている人物だ。一年ほど前、終末世界にしては珍しいほどの長寿をまっとうして老衰し、埋葬されて今は荒野で静かに眠っている。


「[掟]は大丈夫だって、前も言っただろう? カーチャックさんだって、分かってくれるさ」

「そうかもしれないけど……、でも……」

「大体、無茶な掟なんだよ。[船団]に加わる者は、特に優れた技能を持つと認められた者か、元々の一員だった者の[家族]でなければならない、なんてさ。条件が厳し過ぎるんだ」


 なかなか踏ん切りのつかない様子のステラに向かって、カイトは明るい口調で、彼女の懸念を笑い飛ばすように言ってのける。


「でも、そういう掟がないと、誰も彼も、みんなを受け入れなくちゃいけなくなるでしょ? [船団]に入りたいっていう人は、多いだろうし」

「そりゃ、そうだけどさ。……どうしてもそういうのが嫌だっていうんなら、ほら、前にも言っただろう? [フリ]だけでいいってさ」

「フリ? あたしが、カイトの[家族]になった、フリ……? 」

「そう。それで、何年か経って、お前がちゃんと自立できるようになったらさ、その時はステラの好きにすればいいんだ。[船団]で働いていれば今回みたいな厄介ごとに巻き込まれる心配はないし、それに、少ないけど蓄えだって持てる」


 それが、[最適解]。

 おそらくそのことはステラにだって分かっている。

 今のような非力な少女ではなく、荒野を生き残る術を身に着けたたくましい女性に成長するまで、カイトが所属している[船団]を仮の居場所とする。

 いつ、どこに降って来るかもわからない星屑をひたすら待ち望み、必死に拾い集めなくてもいい。他者と争ったり、奴隷商人たちにつけ狙われることを恐れたりしなくともいい。

 ポン、と貴重な物資の数々を少年が取り出して見せたことからもわかる通り、少なくとも[船団]に加わった方がこれから先も生き残れる確率は遥かに高まる。


「[家族]……。あたしが、カイトと……」


 ステラはうつむいたままぶつぶつとした不明瞭な声でそう呟く。

 かすかに頬が紅潮していたが、日陰にいるのでカイトはそのことに気づかない。


「……カイトは、その……、本当に、フリだけするので、いいの? あたしと、か、[家族]になったフリをする、だけで? 」


 少女の柔らかな緑色の碧眼が少年に向けられ、じっと凝視してくる。

 まるでその本当の気持ちをうかがおうとするような。

 そしてそれが、できればこうであって欲しいと願い、期待している、微かにうるんで揺らめいた瞳からの視線。


「だからさ、それでいいって言ってるだろ? 」


 ———カイトは、大仰な仕草で頭の後ろで両手を組むと、溶け落ち、ところどころ空が見えている天井を見上げながら、面倒くさそうに言った。


「元々さ、オレたち幼馴染だけど、兄妹みたいなもんだっただろ? 昔から[家族]みたいなものだし、今さら遠慮なんかしなくったって、いいんじゃないか? 」


 そのなげやりな言葉を聞いたステラの表情はまず驚き、次いで悔しそうにくしゃくしゃと歪み、それから、憮然ぶぜんとしたものとなっていった。

 全身が、小刻みに震え出す。

 屈辱と怒りの余りに、震えている。


「もぉ~っ!!! カイトのっ! ばかっ! ばかばかっ! ばかぁ~っ!!! 」

「うわっ!? な、なんだよっ、いきなり!? 」


 突然怒声をあげ、握り拳でポカポカと殴りかかって来たステラに、カイトは戸惑いを隠せない。

 なぜ急に彼女が怒り出したのか、まったくこれっぽっちもわかっていない様子だ。

 それが余計に腹立たしいのだろう。少女はひとしきり少年のことを叩きまくると、そっぽを向き、足元に置かれていた品々の内から二発の散弾、二つのパンと水筒、プラチナ色に輝くカードを拾い上げ、高価で貴重な軍用レーション、そして星屑から彼女が拾った通信機と金属片を置いたままにして立ち上がっていた。


「お、おい、ステラ……? どうしたってんだよ、急に……? 」


 きょとんとした表情で、呆然自失としたままたずねるカイト。

 ステラは無視して何も答えず背中を向けたまま、弾薬を弾帯に、カードを懐にしっかりしまい込むと、その場でガツガツとパンを貪り、頬をいっぱいに膨らませて咀嚼し、上を向いてゴクゴクと喉を鳴らしながら勢いよく水筒の水で体の中に流し込んだ。


「……ごちそうさま! お代は、そこに置いておいたから! 」


 ぐいっ、と腕で口元をぬぐいながら振り返ると、少女は乱暴にそう礼を言い、空になった水筒を少年へと投げつける。

 それから彼女は、慌てて水筒を受け取ったもののまだ訳が分からないという顔をしている相手に向かい、前かがみになって自身の顔面を強調しながら言い放つ。


「べーっ、だ! カイトのことなんか、もう、知らないんだからっ!! 」


 思いきり舌を出し、一方的に言い捨てると、ステラは顔を赤く染めたまま踵を返し、全速力で駆け去っていく。

 ほどなくして、モトが急発進する音が聞こえて来た。


「な、なんなんだよ、いったい……? 」


 自分が、どうして罵倒されたのか。

 カイトはやはりわからない様子で、何度もまばたきをくり返していた。

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