:第二章 「諦めたくないもの」

・2-1 第11話:「ステラとカイト」

 ステラとカイトが再会したのは、およそ三か月ぶりのことだった。

 その間に少女の身長はほんの数ミリだけのび、少年は声変わりをしている。


「それにしても、カイト! どうしてここに来てくれたの? 」


 ようやく気持ちが落ち着いて来て少年から身体を離した少女は、ごしごしと腕で顔をこすりにじんでいた涙をぬぐうと、少し赤くなった顔で背伸びをしながら勢いよく問いかける。

 そんな彼女のことを、カイトは笑いながら腕をのばし、フィンガーレスタイプのグローブをつけた手でバチン、と強めにデコピンしていた。


「あだっ!? な、なにすんのさっ!? 」

「お前、悪運が強かったな」


 ステラは頬を膨らませ、地団太を踏みながらねめつけるが、赤毛の少年はまったく悪びれた様子を見せない。


「[船団]がこの辺りに立ち寄ったから、カーチャックさんに久しぶりにお前の様子でも見て来いって言われて、探してたんだ。お前一人だけだと、危なっかしくて仕方ないってな。……そしたら案の定、だ。ステラ、もう少しで本当に奴隷にされちまってたぞ? オレが探しに来て、良かったな」

「ぅぅ……、それは、感謝はしてるけど! 」


 だからってデコピンをすることはないじゃないか。

 不機嫌な顔でじっとこちらを見上げて来るステラに、カイトは肩をすくめてみせるだけ。

 あまり肩ひじを張らずにいられる、気安い関係なのだ。


「ここは日差しがきついな。それに、他の星屑拾いも集まってきているみたいだ」


 謝罪する素振りも見せないままわざとらしく手でひさしを作り、周囲を見渡すと、少年はすぐ近くの廃墟を指さしていた。


「あそこで少し休もう。ここじゃ、落ち着いて話もできないしな」

「う、うん。それは、別にいいけど」


 少女としても異論はなかった。

 だいぶ気持ちは落ち着いたが、頭上から容赦なく照りつけて来る日差しを避けられる屋内に入り、日陰で一休みしたかった。

 それに、周囲を見渡すと複数の方向から濛々もうもうと砂埃をあげながら、同業者たちが星屑に向かって来ているのが見て取れる。このまま外にのんきに身をさらしていて、また、先ほどのようなトラブルに巻き込まれたくはなかった。

 二人は砂の上に散らばってしまったステラの持ち物を拾い集めると、それぞれの車両を押して廃墟へと向かう。

 元は何の建物であったのかはわからない。大部分は砂で埋もれ、上階付近だけが顔を出している。内戦時代に照射兵器でこんがり焼かれた例にもれず、屋上のコンクリートは一度溶けだして固まったもので、まるでチーズがとろけたようになっている。この世界がかつて、一千度以上の高熱で焼かれた証拠だった。

 それでも、内部には二人が休むことのできるスペースがあった。内装は内戦時代に焼けて灰になったか、戦後に生き残った人々によって持ち出されたらしく、中はガランとしている。


「これ、やるよ」


 できるだけ砂のない、コンクリートがむき出しになっているところを見つけ、あるいは軽く砂を掘って並んで腰かけると、カイトはそうすることがさも当然、といった態度で、懐から弾薬を取り出してステラの前に置いていた。

 十二ゲージ、すなわち直径が十二分の一ポンドの重さの鉛球と同じ、口径十八点二ミリになる散弾。

 戦前、戦中世界でも、戦後の終末世界でも変わらず、広く利用されているものだ。


「い、いらないよ」


 ちょっと押し黙って自身の足元に置かれた赤い薬莢の弾薬を凝視したステラだったが、すぐに首を左右に振った。大きく揺れたボサボサのポニーテールから細かな砂がパラパラと落ちる。

 欲しい。けれども、我慢している。

 あからさまなその態度に、カイトは少し楽しそうに肩をすくめてみせた。


「これもやるよ」


 それから少しも気取らない自然な態度で、腰のベルトに身に着けたポーチからいくつかの物を取り出して広げて見せる。———紙に包まれている、パン。それも保存用の固焼きではなく、おそらく今朝にでも焼いたらしい柔らかいもの、大人の男性の拳大が二つ。それとたっぷりと水が入っていて振るとちゃぷちゃぷと重そうな音がする水筒がひとつ。どこかで埋もれていたのを発掘して来たらしい、戦前に軍用の非常食として利用されていた、ブロックタイプのレーションもひとパック。製造年月日はどう考えても五十年以上前で包装の表面に印刷されていた文字も擦り切れて消えてしまっていたが、食べても死なないし腹が大層膨れると、終末世界の人々が身をもって知っている貴重品だった。

 ステラが一人で大事に食べれば何日も飢えずに済む食料と、カラカラに乾ききった喉を潤してくれる真水。

 ああ、今はなによりも欲しい物ばかり!

 それらを前にして、少女はコクリ、と喉を鳴らし、おまけにクゥ、と腹の虫まで騒がせた。


「だ、ダメっ! 受け取れないよっ!! 」


 先ほどよりも長く沈黙し、熟考していたが、やはりステラは首を左右に振っていた。

 そんな彼女に、「素直になればいいのに」と軽く呆れた様子のカイトだったが、すぐに安心させるように言う。


「タダじゃないさ」


 その言葉に、少女は少しだけ表情を明るくさせた。

 ———なんの対価もなしに、施しを受けたくなかったのだ。

 唯々諾々いいだくだくと差し出された品々を受け取ることは、なんとなくがめつくて嫌なイメージだったし、なにより、自分にはこの荒野で生き抜く力がないと認めるようで、情けなく、惨めな気分になる。

 しかし、施しではないと知って明るくなったその表情はまた、すぐに曇ってしまう。


「あたし、今、こんなにもらえるだけ払えない……」

「なんだ? さっき[星屑]からなにか拾って来たんだろう? 」

「そうだけど……、でも奴隷商たちが来ちゃったから、ちょっとだけだし」


 そう言うとステラは、懐から[星屑]で拾い集めたものを取り出して見せる。

 小型の通信機器に、金属片がいくつか。そして、キラキラとプラチナ色に輝くカード。


「ふぅん? 確かに、これじゃ正当な交換できないかもな」


 それらを手に取り、眺めまわす素振りだけ見せた後、カイトは小さく深呼吸をしてから、藪から棒に切り出した。


「なぁ、ステラ。……やっぱりお前、[船団]に入るつもりはないのか? 」

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