・1-10 第10話:「少女の運命:2」
辺りに甲高いクラクションの音が激しく鳴り響いたのは、奴隷商人たちの首輪が少女の細い首筋に触れようとした瞬間のことだった。
新しい[商品]を得て、戦利品を漁るのに夢中になっていたために周辺警戒がおろそかになっていたアウトローたちは驚いて音のした方向を振り返り、すっかり怯えきっていた少女も顔をあげる。
猛然とこちらに向かって疾走してくる一人乗りの四輪バギー、それを乗りこなしている少年の姿を目にすると、彼女は双眸を見開き、ぱぁっ、と表情を明るく輝かせた。
風になびく、薄汚れたダークグリーンのポンチョと、首に巻かれた長いマフラー。そして後ろで結わえることが出来るくらい長くのばされた、濃い赤い髪。
遠目でも、ゴーグルをしていて顔が良く見えなくとも、誰なのかわかる。
「カイト! 」
少女は、その少年のことをよく知っていた。
住んでいる場所も生き方も違っているが、幼いころから交流があり、一緒に遊んだり喧嘩したりした、幼馴染という奴だ。
砂煙を濛々と引きながら、赤い髪の少年、カイトの乗ったバギーが近づいてくると、キィィィン! と甲高いモーターの音も聞こえるようになってくる。
そのころになると、アウトローたちは慌て始めていた。急いで自身のバイクに駆けよってエンジンをかけようとしたり、背負っていた銃をかまえて、いつでも射撃できるように装填したり。
「待て! 手を出すんじゃねぇ! 」
今にも攻撃を始めそうな手下たちに、サングラスにモヒカンの奴隷商人のリーダーは厳つい声でそう命じ、それから「チッ」と舌打ちをした。
「あの小僧……、[船団]の若造だ」
どうやら彼も、少年のことを知っているらしい。
希望を見出して瞳を輝かせる少女と、緊張した面持ちで沈黙するアウトローたち。
砂丘を乗り越え、勢いよく着地したバギーはやがて、横滑りをして砂を巻きあげながら、ちょうどオフロード車の五メートル隣に停車した。
「いよぅ! カイトじゃねぇか! どうしたんだ、そんなに慌ててよぅ! 」
座席から降り、背負って来たポンプアクション式のショットガンをかまえながらこちらに身体を向ける少年に、ドナドナのリッキーは気さくな様子で声をかける。
「別に、アンタたちには関係ありませんよ。……ちょっと、そっちの知り合いに用があるんです」
返って来たのは、丁寧語を使ってはいるもののつっけんどんな印象のする、低い声。
一瞬、少女は違和感を覚える。
記憶にある声とは違うものだったからだ。
外見がうり二つなだけの別人なのかも、と不安になってしまったが、すぐに、そのよく見知った姿は間違えるはずがないと思い直す。
「よぉ、ステラ。こんな場所で会うなんて、久しぶりだな。今日も星屑集めに忙しくしてるのか? 」
奴隷商人たちを無視して向けられる笑顔。
ゴーグルを身に着けたままだったが、もうはっきりとその表情もわかる。
彼は間違いなく、[カイト]だ。
そう確信した少女、[ステラ]は、嬉しさの余り立ち上がろうとする。
「うん! すぐそこにね、新しい星屑が降って来たの! だけど、こいつらに捕まっちゃって……! 」
「おっと、お嬢ちゃんは黙ってな。……こいつは、[オトナ]同士の話し合いって奴だ」
しかしそんな彼女を、奴隷商人のボスは強引に肩を抑え込んでまた座らせる。
「悪いなぁ、カイト。このお嬢ちゃんはもう、こっちの[商品]なんだ。知り合いかなにか知らねぇが、余計な口出しはしないでもらおうか? 」
「まだ、[首輪]をはめていないだろ? ならその子は、アンタたちの[商品]じゃないはずだ」
ステラとの会話を遮ったリッキーに、カイトはゴーグルの下から冷ややかな視線を向ける。
「今、ちょうどはめてやるところだったのよ! そういうわけだから、大人しく引き返しな! どうしてもこのお嬢ちゃんが欲しいってんなら、それなりのモンを用立ててもらわねぇとな? 」
「生憎、その女の子は[ウチ]のお得意様でね。……ハイ、そうですかって、見捨てるなんてできないんですよ」
さっさと諦めてどこかへ行け、と、威圧するように一歩前に出たボスに、カイトはショットガンを突きつけ、ガシャン、とポンプを前後させて十二ゲージの散弾をいつでも発射できる状態にする。
そんな彼のことを、リッキーは嘲笑した。
「オイオイ、たかがガキ一匹じゃねぇか? いったいなんなんだ? まさかこのちんちくりんが、おめぇの[嫁]ってわけでもねぇんだろぅ? 」
「ひひひっ、まさかなぁ!? 」「オイオイオイ、コイツ、とんだロリコンかぁっ!? 」
すると、周囲にいたアウトローたちから次々とからかう声が浴びせられる。
「その、[たかがガキ一匹]のために、アンタたちは[ウチ]を、[カーチャック商会]を敵に回すつもりなんですか? 」
しかし、カイトは動じない。
きっと不愉快で仕方がなかっただろうが、ポーカーフェイスを貫き通し、淡々と言葉を放つ。
奴隷商人たちの笑う声が、消えた。
目の前にいるのは少年一人だけに過ぎなかったが、彼はそのバックにいる勢力を盾に、無視できない脅しをかけてきているのだ。
一触即発とも思える張り詰めた緊張感の中を、乾ききった荒野の風が不気味に吹き抜けていく。
———やがてボスは忌々しそうに表情を歪めると大きく舌打ちし、地面の砂を悔しそうに蹴り上げた。
「ったく、話のわからねーガキだ! ……だが、仕方がねぇ。野郎ども、引き上げるぞ! 」
「し、しかし、ボス! せっかくの[商品]を……」
「バカヤロウ! ゴタゴタぬかすな! 」
ステラへの未練を隠さない子分だったが、親分の太い腕で強めに小突かれる。
「[船団]を敵にしてみろ!? 奴ら俺たちの取引先に片っ端から触れ回るんだぞ! 俺たちとはもう取引をするな、無視して続けるならこっちが商売を止める、ってな! そうなりゃ誰も文句を言えねぇ。どいつもこいつも、[船団]がなけりゃ生きられねぇのさ。俺たちに水や食料を売ってくれる奴はこの辺りからいなくなっちまうんだ! ぇえ!? おめぇ、みんなで仲良く、この荒野で干からびてぇのか!? 」
「ひ、ひィっ! す、すすす、すみません、ボス! 」
それで、この話し合いは終わりだった。
ドナドナのリッキーは荒々しい足取りでオフロード車へと向かい、ショットガンをかまえたままの少年にサングラスを少しずらしてガンを飛ばすが、それ以上はなにも言わずに車両に乗りこみ、乱暴な運転で引きかえしていく。他のアウトローたちも、バイクのエンジン音を響かせながらその後に続いて行った。
「カイトっ! 」
奴隷商人たちが去るのを待ちきれないという風に立ち上がったステラは、無我夢中で駆け出し、そしてひしっ、と力強くカイトに抱き着いていた。
そんな彼女のことを、表情を柔らかくした少年は優しく受け止める。
「よぉ、ステラ。あらためて、久しぶり。……少し、背が伸びたか? 」
「うん! ……カイトも、声変わりしたんだね! 」
そうして二人は、しばらくの間ずっとそうして、この過酷な終末世界での再会を喜び合っていた。
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