・1-9 第9話:「少女の運命:1」

 荒涼とした砂漠を、風が、冷酷に吹き抜けていく。

 終末世界は、乾ききっていた。

 そこは、たとえ年端も行かない少女に対してであろうとも、なんの容赦もしてくれはしない。

 あるのは、冷徹な現実だけ。

 力のある者が栄え、力のない者は奪われるという、弱肉強食の掟だった。


「へっ、しけてんなぁ、おめぇ! 食い物も水も持っていやしねぇ! 」

「けどよっ、このバイクはなかなかいいもんだぜ!? ちゃんと走りそうだし、ついてる部品も上物ばっかりだぜ! 」

「誰が乗るんだよ、そんなちっせぇバイク! 三輪車みてぇじゃねぇか! ま、後でバラバラにして売れば、けっこうな量の食いもんになるだろうさ」


 バイクから降りて来た黒光りするジャケットを身に着けた、スキンヘッドやモヒカンのアウトローたちが無遠慮にモトを漁っている。

 ———自分の持ち物なのに。

 少女は悔しくてたまらなかった。だが、なにも言い返すことが出来ず、黙っているほかはない。

 なぜなら自分には、この無法者たちに逆らう[力]がないからだ。


「そう怖がるもんじゃないぜ? お嬢ちゃん。俺たちはな、親切でやってるんだ」


 もう腕はつかまれてはいないものの、地面にへたり込んでうなだれている少女に、サングラスにモヒカンの奴隷商人のリーダー、ドナドナのリッキーが頭上から見下ろしながら言う。

 彼女はすでに武装解除させられてしまっていた。弾は入っていなかったものの唯一の頼みであった散弾銃(ソードオフ)も、サバイバルナイフも取り上げられて、手の届かない場所に並べられている。

 そのほかにも、身に着けていたものは服以外、すべて没収されてしまっていた。星屑拾いでせっかく手に入れた通信機も、空っぽの水筒も、ガイガーカウンターも、なにもかも。

 キラキラと輝く板切れ、星屑に乗っていた天上人のIDカードだけはまだ懐にある。肌身離さず身に着けていたから、奴隷商人たちに気づかれなかったのだ。

 もっとも、この状況を脱するためにはなんの役にも立ちはしないが。


「こんな荒野じゃ、お嬢ちゃんみたいなのは生きていけやしねぇのさ。その内、飢え死にするか、野盗に殺されちまうか。俺たちに捕まった方が幸運っていうもんさ。少なくとも、奴隷は飢えねぇし、干からびさせられることもねぇ」

「しかし、ボス。こんなガリっガリのちんちくりんじゃぁ、まともな買い手がつかないんじゃないですかい? ロクに働けなさそうですぜ? 」

「なぁに、関係ねぇさ。売りに出すまでにちょっと食べさせて、後はいつもみたいに水をしこたま飲ませて体重を増やしてやれば、まずまずのいい値がつくだろうさ。……それに、こういうガキが趣味だっていうクソみてぇなヘンタ……、いや、好みのいい紳士様もいらっしゃることだしな」

「へへっ、そうでしたね。あの胸糞悪いヘンタ……、おっと、ガキにも優しい聖人みてぇな旦那様、そろそろ新しいのを買いに来るころでしょうし」

「ああ。悪くねぇタイミングで、いい[商品]が手に入ったってところさ」


 奴隷商人のボスとその手下は、ゲラゲラと笑い出す。

 ———わざと少女に聞こえるように言っているのだ。

 奴隷。

 それは確かに、自由を失う代わりに、最低限の衣食住を保証される存在ではあった。

 なぜならそういった奴隷を買い入れることが出来るのは、相応に裕福な者でなければならないからだ。

 だからこそ、不毛な荒野で明日をも知れぬ暮らしに疲れたり、自力で生きていくことが出来なくなったりした者たちの中には、自ら身売りして奴隷になる者までいる。

 しかしどうやら、少女を待ち受けている[運命]は、奴隷商人たちが甘言して回っているようなものではなさそうだった。

 うつむいたまま、しかし、涙はこぼさない。

 必死に歯を食いしばり、渇いた身であるにも関わらずにじみ出て来そうになる熱いものを辛うじてこらえ続ける。

 それは、少女なりの[意地]だった。

 彼女を捕まえ、完全に優位に立って好きなように言うことを聞かせることのできる立場の奴隷商人たち。

 彼らは目の前でわざと大声で話し合い、少女を怯えさせ、その様を楽しもうとしている。

 これから奴隷にされるだけではなく、この、終末世界のゴミ溜めたちの思い通りに泣きわめいてしまうなど、それこそ悔しくて耐えられない。


「チッ、かわいげのねーガキだな」


 やはり彼女が無様に許しを請うところを見たかっただけだったのか、一向にその様子を見せないで耐えていると、アウトローがつまらなさそうにボヤいた。


「フン。まぁ、意地ぐらい張らしてやれ。どうせコイツはこれから俺たちに売っぱらわれるんだからな。……さて、そろそろアレを持って来い」

「へい、いつものアレですね」


 肩をすくめたボスに命じられると、手下は愛想笑いを浮かべ、へこへこしながらオフロード車へと向かっていく。

 しばらくして彼が持ってきたのは、首輪。

 この終末世界で悪名高い、[奴隷首輪]だった。


「ヤダっ! 放してっ! やめてっ!! 」


 大人しくしていた少女だったが、奴隷商人が首輪をはめようとすると、激しく抵抗した。

 なぜなら、一度それをはめられてしまえば、二度と自由にはなれないと知っていたからだ。

 ただの首輪などではなかった。

 まだ内乱が続いていた時代に、天上人達が捕えた地上人を監獄に収監し、管理するために作り出した、ロストテクノロジーのひとつ。

 一度はめられれば動作を開始し、常にその位置を発信し続け、もしも逆らったり、逃亡したりしようとすれば脊椎(せきつい)に電撃を放ち全身を麻痺させてしまう。

 つけられてしまえば、自分自身では決して外すこともできない。無理に外そうとすれば電撃が放たれ、痛くて苦しい思いをするだけだった。


「抵抗すんじゃねーよ、ガキが」


 暴れる少女のすぐ脇で、ダンっ、とボスの足が踏み鳴らされる。

 暗に、次は思いきり踏みつけるぞという恫喝。


「ぅ……、ぁ……っ! 」


 ガチガチ、と歯の根が鳴る。

 恐怖で思わず涙が、なんとかこらえようとしていたものがこぼれてしまう。

 そして少女は、抗うことを止めた。


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