・1-8 第8話:「バーン! 」

 自分は奴隷になんてならない。

 そう言い切った少女を、奴隷商人たちはニタニタと意地悪な笑みを浮かべながら見ていた。


「おうおう、なかなか、立派な心意気じゃねぇか」


 銃口を突きつけられたままのサングラスにモヒカンの大男、奴隷商人たちのリーダーであるドナドナのリッキーは、感心した口ぶりでぱちぱち、と拍手をして見せる。

 表面的な、心のこもっていない賛辞だ。

 内心では力の弱い少女のことを見下していて、いつでも、簡単に言うことを聞かせることが出来ると考えているのに違いなかった。

 そうでなければ、聞いていて少女は不快感を覚えたりはしなかっただろう。


「動かないで! ゆっくり、あたしから離れなさい! じゃないと、バーン! だからッ! 」


 これ以上なにを言われたって、自分の意志は変わらない。

 だから自分にかまわないで、さっさとどこかへ行ってしまえ。

 銃口を強調しながら脅してみるが、しかし、大男は余裕の表情を崩さなかった。


「おいおい、そんなに邪険にするこたぁないだろう? 俺たちは、親切で言ってやってるんだぜ? 」

「うるさいっ! あんまりしつこいと、撃っちゃうからね! 本当なんだから! 」

「はん。……弾なしのくせに、よく言うぜ。さっきから銃口の中になにも入ってないの、見えちまってるんだぜ? 」

「……んなっ!? 」


 挑発的に首を傾げながらそう指摘され、少女は思わず言葉に詰まってしまっていた。


(あたしの、ばかっ! )


 しまった、と思ったが、もう遅い。


「なんだ。やっぱり弾なしなんじゃねぇか」


 小ばかにしたようにリッキーがそう言うと、他のアウトローたちもみな、ゲラゲラと笑い出した。


「ウソじゃないよ! 弾なら、ちゃんと入ってるんだからっ!! 」


 弾薬が装填されていない。

 つまり、少女はまともに抵抗することもできない。

 そう思われたら、奴隷商人たちは一斉にこちらに襲いかかって来るだろう。

 その前に、なんとか威嚇いかくして相手の動きを止めなければ。

 焦って銃口をあらためて突きつけるが、しかし、リッキーはもはやなにも気にしてなどいなかった。


「どうした? 撃ってみなよ」


 嘲笑を浮かべながら、大股で一歩、二歩、ゆっくりと見せつけるように踏み込んで来る。


「来ないでっ! それ以上近づいたら、本当にっ!!! 」


 少女は、今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られていた。

 しかし必死に踏みとどまり、銃をかまえたまま声を張り上げる。

 相手は、何人もいる。周囲を取り囲んでいる。

 逃げ出すことなど不可能だ。だから、こちらには武器があるのだと誇示して、引き下がらせる以外に対処する方法がない。

 しかし、見透かされている。


「かわいそうに。震えてるぜ? お嬢ちゃん」


 すでに、大男と少女との間には一メートルほどの距離しかなかった。


「ぅっ……、あっ……」


 ガタガタと、全身が震えている。

 脚だけでは抑えきれなくなっていた。

 怖くて、本当に恐ろしくて、たまらない。

 そんな少女に向かって、太い腕がにゅっ、とのびて来る。


「安心しなって、嬢ちゃん。おじさんが、[いいトコロ]に連れて行ってやるんだからさ? 」


 完全にこちらのことを見くびった、嘲りに満ちた猫なで声。

 ———もう、ダメだ。

 少女はそう悟り、絶望し、同時に両目をつむって、奴隷商人に向けた散弾銃ソードオフの引き金を左右同時に引き絞っていた。


「バーンッ!! 」


 銃声が、辺りに轟いた。

 引き金が引かれるのと同時に銃は確実に動作し、撃鉄ハンマーが落ちる。カチン、と勢いよく薬莢に仕込まれた雷管が叩かれ、破裂し、生まれた火花が火薬に命を吹き込む。

 引き起こされた爆発。六グラムの火薬が爆燃し、大量の燃焼ガスを瞬時に発生させる。それは散弾銃ソードオフの銃身の中に強烈な圧力を発生させ、合計三十五グラムの鉛の散弾を加速し、皮膚を突き破り、肉を割き、骨を砕くほどの凶暴な力を与えていた。

 それが、二発。解き放たれた散弾は一瞬で空中を飛翔し、そして、今まさに少女から銃を取り上げようと手をのばしていた大男の身体に突き刺さり、二度と取り返しのつかないほどにグチャグチャに破壊した。

 うめき声もなく、一瞬で一人の人間が絶命し、飛び散った血しぶきが、少女の明るい金髪におどろおどろしい色どりを加える……。

 ———などということは、起こらなかった。

 なぜなら、少女の散弾銃ソードオフには本当に、弾薬が装填されていなかったからだ。

 聞こえた銃声は、彼女がありったけの力を振り絞って放った[声]に過ぎなかった。

 そんなもので相手を倒せるはずもない。

 しかし、運が良ければそれに奴隷商人たちが驚き、その隙に、逃げ出すことが出来るかもしれない。

 分の悪い、賭け。

 それでも少女には、それにすべてをベットする以外になにも思いつかなかった。

 振り絞った肺に空気を再び吸い込む間もなく、彼女は踵を返し、モトにまたがる。

 すでに起動は終わっている。後はアクセルを開くだけで、この小さなかわいらしい相棒は全力で走り出してくれるだろう。

 だが、そうすることはできなかった。


「おっと、お嬢ちゃん! 逃がしゃしねぇって! 」


 ハンドルを握ろうとした幼い手は、空を切る。

 なぜなら、銃を[撃たれた]はずの奴隷商人のリーダー、リッキーは少しも驚くことなく、即座に動いて、逃げようとする少女の右手を取ってひねり上げていたからだ。

 圧倒的な体格差。隔絶した力で、彼女は軽々と空中に引っ張り上げられていた。


「なにするのっ!? 放せっ! 放してーっ!!! 」


 半狂乱になって叫びながら、ジタバタと全力で暴れる。

 だが、どう頑張っても大男の手から逃れることはできそうになかった。


「チッ、暴れんなって。痛い目に遭いたいのか? ァン? 」


 少女に足で蹴られながらもビクともしなかった奴隷商人だったが、多少の痛みとわずらわしさは感じたらしい。

 いら立った声で捕えた獲物を恫喝すると、ギリギリ、と万力で締め付けるような強い握力で、細くやせ細った腕を握りしめる。

 骨が軋む音が聞こえた気がした。


「いたい! 痛いよっ! わかったからっ! 大人しくするからっ、やめてっ!!! 」


 たまらず悲鳴をあげ、少女は抵抗することを諦めた。

 そして吊るしあげられたままうなだれ、嗚咽を漏らす。


「ふっ……う……っ! ふぇぇぇぇっ……! 」


 渇きのためか、涙は流れない。

 アウトローたちが、痛がり、泣きながら屈服した少女を見て、ゲラゲラと笑っている。

 ———ここは、終末世界。

 文明の滅んだ地球。

 [終わった]後の世界。

 それはあまりにも過酷で、厳しく、容赦がなかった。

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