・1-7 第7話:「奴隷商人」
奴隷商人たちにたった一人で取り囲まれてしまった少女は、まさに、絶好の[獲物]以外の何者でもなかった。
たとえ、一人ぼっちで孤独に荒野で生きる健気な子供であろうと、彼らにとっては商品に過ぎない。
体重と同じ重さの真水か、それと等価の食料。
それがこの終末世界での奴隷の相場だった。
その理屈で行けば、少女は決して高値で売れはしない。体格が小さく、身体つきも貧弱だからだ。
だからと言って、奴隷商人たちが見逃してくれるとは限らない。彼らからすれば、捕まえてすぐに売り飛ばせば丸儲けだからだ。
———最後の防波堤は、銃だ。
狙いをつけ、引き金を引き、弾丸を発射することが出来れば、たとえ子供であろうとも大人を殺傷することのできる武器。
「もぉっ! あっちに行ってよ! あたしにかまわないでよっ! ……さもないと、撃つからねっ!!! 」
しつこく自分を囲み続けるアウトローたちに精一杯の虚勢を張った少女は、身に着けたままになっていた厚手の革手袋を脱ぎ捨てて指を動かせるようにすると、腰の後ろに身に着けていた
すると、余裕のあった男たちの表情に一気に緊張が走る。
銃の怖さは誰もが知っていることだ。たとえ二発しか装填できない水平二連式の散弾銃であろうとも、撃つ者の技量が良ければ確実に二人を屠ることが出来る。
自分から進んで我が身を危険にさらそうと考える者はめったにいない。そういう思考の持ち主は、この世界では長生きすることが難しかった。
「おぅ、お前ら! お遊びはそこまでにしておきな! 」
少女が銃口を向けて来るのを確認すると、バイカーたちがグルグルと回っている外で停車していたオフロード車から一人の大男が降りて来て、よく通る声でそう叫んだ。
よく日焼けした色の濃い肌に、二メートルはあろうかという身長。肩幅は広く、身体つきはがっしりとしていて皮膚がはち切れそうなほどに筋肉がついている。身に着けているのは袖のない黒光りする革ジャケットに、はき潰されてあちこちが擦り切れ、穴の開いたダメージジーンズ。攻撃的な印象の棘つきの肩パットを右肩につけている。
サングラスをしているために瞳の色は分からないが、その体格と、短く刈り上げた黒髪のモヒカンという特徴は、少女も聞いたことがあった。
この辺りで奴隷狩りをしているアウトローたちの頭目、[ドナドナ]の[リッキー]がそういう身なりをしているという話なのだ。
やはり、あの大男が奴隷商人たちのリーダーなのだろう。
その一声でアウトローたちはみな一斉に走行をやめ、バイクを停車させていた。
もっとも、囲みを解いたわけではない。群れで獲物を取り囲む肉食獣のような貪欲な視線を向けつつ、ニタニタと嘲笑う表情を浮かべながら、必死に銃口を向けてきている少女のことを眺めている。
「おぅ、お嬢ちゃん。まぁ話し合おうじゃねぇか。そんな物騒なモンを向けられてちゃぁ、ブルっちまって話もできねぇぜ」
ドナドナのリッキーは言葉とは裏腹に悠然とした足取りで近づいて来る。その進路上にいたアウトローたちは言われるでもなく自然にまたがったバイクを足でちょこちょこと押して移動させ、道を譲った。
どうやらリーダーとして相応に尊敬されているか、恐れられているらしい。
「こっちに来ないで! 近寄ると、バーン! だからねッ! 」
全周を取り囲んでいる奴隷商人たちを牽制するために
するとサングラスのモヒカン男は大げさな手ぶりで両手を挙げてみせ、おどけて肩をすくめてみせた。
「オイオイ、お嬢ちゃん。そういきり散らすもんじゃないぜ? どうせ、もう何日もまともに食ってないんだろ? 」
「だったら、なによっ!? 食べてなくっても、引き金を引く力は残っているの! この距離なら、絶対に当たっちゃうよ!? 」
「だから、落ち着きなって。……俺たちはただ、お嬢ちゃんのことを助けてやりたいだけなんだからさ。奴隷ってのは、いいもんだぜ? なにせ、ご主人様の言うことを大人しく聞いていりゃ、毎日メシが食えて、水だって飲ませてもらえるんだからな。安心しなよ、お嬢ちゃん。おじさんたちが優しい[飼い主]様を探してやるからさ」
猫なで声。しかし、その声音の中には確実に、飢えて孤独な少女を嘲笑するニュアンスが含まれている。
「ふざけないで! あたしは、誰の助けもいらないんだから! 」
正直なところ、怖くて足が震えていた。
それでも決して負けたりしないと必死に足を踏ん張りながら、小さな星屑拾いははっきりと宣言する。
「あたしは、自立してるの! 奴隷になんて、死んじゃってもならないんだからっ! 」
———実際のところ、荒野に生きる人々の中には自ら[自由]を手放す者はいる。
明日をも知れない不安定な暮らしに疲れ果て、言うことを聞いてさえいれば毎日最低限の食べ物と水を与えてもらえる奴隷に身を落とすというのは、よく聞く話なのだ。
だが、少女はそうなるつもりはなかった。
寝物語に聞いた、[楽園]のこと。
たくさんの星屑を拾い集めればいつかきっと、幸せに暮らすことのできる場所を見つけることが出来るかもしれない。
その願いはどうやったら叶うのか。漠然とし過ぎていて、展望はない。
しかしそれでも探し続けたいという強い気持ちが、少女の心の中で燃え続けている。
それに、彼女は荒野での暮らしが嫌いではなかった。
いつもお腹が空いていて、育ててくれた[じぃじ]が病で亡くなってからはずっと孤独で、寂しかったが、星屑を追いかけて様々な場所を巡り、いろいろな景色を目にして、時に見たこともないものを拾う生活は楽しくて、ドキドキとする。
今日だってそうだ。綺麗な、キラキラと輝く板切れ。宝物だと思える素敵なものを見つけて、大切に懐にしまい込んである。
たとえ、明日の食事と水を保証されるのだとしても。
少女は今の生き方を、夢を捨てるつもりはなかった。
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