・1-6 第6話:「ヒャッハー! 」

 この、キラキラしていて綺麗な板切れは、売らずに自分の宝物として取っておこう。

 そう決意した少女はまた、星屑拾いを再開する。

 遺体の周囲をうろうろし、いろいろな方向から細かく観察すると、目的のもの、生命維持装置と宇宙服の本体をつないでいるアタッチメントを見つけることが出来た。

 探してみるものだな、と喜びながら手をのばし、操作してみる。

 だが、うまく外れない。

 どうやら先に力任せに生命維持装置を取ろうとしてしまったために金具が歪み、変にかみ合ってしまっているようだった。


「むぅ……」


 少女は憮然とした表情になり、数秒、壊れてしまったアタッチメントを睨みつけつつ、考えなしに無茶なことをしてしまったつい先ほどの自分を後悔していた。

 ———気にしても仕方がない。生命維持装置とは重量のあるものであり、自分の力では持ち運べないかもしれないし、それになにより、ここにはもっと価値のあるものがあるかもしれない。

 木になったブドウを取ることが出来ず、あれは酸っぱいブドウに違いないと考えて立ち去ったキツネの寓話とまったく同じ心情になった少女は、気を取り直して船内の別の場所を探すことに決める。

 しかし、すぐに彼女は手を止め、船体に開いた穴の方を見つめていた。

 外の方から、内燃式エンジンの爆音がとどろいて来ていたからだ。

 どうやらボーナスタイムは終わってしまったようだった。同業者が集まってきたのに違いない。


「ぐぬぬ……」


 少女は悔しそうに、思わずそううめき声を漏らしていた。

 まだまだ船内にはいろいろなものが残っている。そしてもっとたくさん拾うことが出来れば、これから先何日も暮らしていけるだけの食料と水を手に入れられたかもしれない。

 通信機と思われる機械こそ手に入れてはいたものの、これだけでは十分な成果とは言えなかった。いくらかの物資と交換できるだろうが、真っ先に星屑に駆けつけることが出来たのにしては、期待外れの成果になってしまう。

 お腹いっぱいに食べる。

 その希望は、夢と消えてしまった。

 未練は大きかったが、しかし、少女はこだわらなかった。

 先に見つけたのは自分だから、この星屑は渡さない! と啖呵たんかをきってみたところで相手が集団だったら太刀打ちできないしし、同業者の中には性根の悪い奴らもいるから、外に置いたままになっているモトが盗まれる心配もしなければならない。

 見渡す限りの砂漠。そんな場所で乗り物を奪われてしまったら、どうすることもできない。

 荒野をさ迷い歩き、絶望の中で餓死して、人知れず朽ち果てていくむくろたちの仲間入りを果たしてしまうだろう。

 生き残るには、まず、危険を回避することだ。

 じぃじから教えられた通りに行動することに決め、少女は星屑拾いを途中で切り上げ、ただし道中で金属片でもなんでもすぐに持ち出せるものはできるだけ拾い上げながら船内から出て行った。


「大変っ!! 」


 少し高いところにある穴から飛び降りて着地し、立ち上がりながら周囲を見渡した彼女は血相を変えてたじろぎ、両手で口元を抑えながら表情を青ざめさせていた。

 なぜなら、こちらへ向かって来る同業者たち、爆音を響かせている相手は、自分がモトを停めている場所の方角から土煙をあげながら迫ってきていたからだ。

 しかも数台の車両を伴った集団だ。そんな相手にモトを取られ、「置いてあったのを拾ったんだかっら、もうこっちのものだ! 」などと銃口を向けられて脅されれば、こちらは逃げるしかなくなってしまう。

 戦前の、まだ文明が生きていた時代には警察という治安維持組織があって、犯罪行為は取り締まってもらえたのだという。だが、この終末世界にはそんな組織は存在しない。

 自力救済が基本。すべて、自分でなんとかしなければならなかった。

 少女は砂をブーツで蹴って駆け出す。

 モトを奪われる前に帰り着いて、できれば同業者たちと遭遇する前にさっさと逃げ出したい。

 だが、思った風には走れなかった。なにしろ腹ペコで、ヘロヘロなのだ。

 すぐに息が苦しくなり、ガスマスクを外して首からぶら下げながら、それでも気力を振り絞って足を前に動かし続ける。そのおかげで、なんとか盗まれる前にモトのところまでたどり着くことはできた。

 ———しかし、そのまま逃げだすことはできなかった。

 モトにまたがり、急いで起動して走り出そうとしたのだが、焦って手間取るうちにこちらへ迫ってきていた集団が砂丘を乗り越えてその姿をあらわしてしまったからだ。

 大型の二輪車に、昔は軍用車両として利用されていた大型のオフロード車。どれもこれも改造されており、フレームには攻撃的なトゲトゲが生やされ、装甲のつもりなのか鉄板が溶接されている。

 乗っているのは黒光りする革ジャケットを身につけ、モヒカンやスキンヘッドの髪型にした、見るからに荒々しい性格をしていそうなアウトロー。

 当然だが、武装もしている。ライフルに、ショットガン、マチェーテと呼ばれる大ぶりの凶悪そうな刃物。


「最悪……」


 その姿を目にした少女は、泣きたい気持ちになっていた。

 なぜなら、彼らは自分と同じ、[星屑拾い]などではなかったからだ。

 まるで少女の逃げ道を塞ぐように走り込んで来た車両にかかげられているのは、髑髏どくろに、鎖つきの首輪をされた、漆黒のおどろおどろしい旗。


「ヒャッハー! おいおいおい、こんなところにお嬢ちゃん一人だけか~ァっ!!? 」

「ぎゃははは! ひ弱なガキが一匹だけとか、さらわれちまっても知らねぇぞ~っ! 」


 土煙を巻き起こしながら周囲をぐるぐると回り始めたバイカーたちが、シャウトの効いた煽り声ではやし立てて来る。


「うるさいわね! あっちへ行ってよ! すぐそこに星屑ほしくずがあるんだから! 勝手に持って行けばいいでしょ!? 」


 内心では恐怖を感じつつもモトから降りた少女は精一杯に声を張り上げ、宇宙船の残骸がある方向を指さす。

 怖がっていると相手に思わせるわけにはいかなかった。

 こちらにはきちんと武器があり、いざとなればやり合えるのだと、二、三人は道連れにしてやれるのだと虚勢を張らなければ、彼らの矛先はきっと少女へと向けられる。

 なぜならこのアウトローたちは、———奴隷商人。

 人身売買を生業としている、荒野の人さらいたちだったからだ。

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