・1-5 第5話:「キラキラ」

 絶え間なく地球に降り注いでいる[星屑]。

 それらが生まれたのは、五十年前の破局時。

 照射兵器を破壊しようとした地上人のなりふりかまわない捨て身の攻撃をきっかけとして大量のスペースデブリが生まれ、それによって次々と軌道上居留地が破壊されていった時のことだ。

 すなわち、この船が残骸となったのはもう、半世紀も前のこと。

 たとえ宇宙服を身に着けていたのだとしても、今、目の前にいる彼、もしくは彼女が生きているはずはなかった。

 遺体が、そこにある。

 ———しかし少女は、眉ひとつ動かさずに、自然な動きでその人物に近寄っていた。

 終末世界。

 死は、いつも隣にあった。

 いつの間にか出来上がっていた様々なルールの下、人々はなるべく争い合いにならないようにはしているものの、少ない資源を巡って殺し合いになることは、決して珍しいことではなかった。

 それに、そもそも食料や水を手に入れられなくて、餓死、というのはもう、日常茶飯事。

 昔はいろいろな医薬品があって、天上人に限って言えば平均寿命が百歳にまで達していたというが、地上は焼き尽くされてしまって医療体制は雲散霧消、効き目のある薬も希少だから、ちょっとした病気にかかっただけでも簡単に命を落としてしまう。

 そんな世界だから、少女は遺体を見慣れていた。

 半ば砂に埋もれて干からびたものや、野生動物に食い荒らされたもの。

 多くが荒野や廃墟に放置されたまま、埋葬されることもなく、人知れずに朽ち果てていく。

 死は、怖いな、という感覚はある。

 だから遺体を忌避する気持ちは少女にもあったが、そんなことよりも、自分が生きるということの方が大切だった。

 死んだ者は、なにを持っていようともそれを使うことはできない。

 それならばまだ生きている自分が使わせてもらって、命をつなぐ。

 そこにはなんの罪悪感も感傷もない。

 この滅んだ世界では、当たり前のことだった。


「えっと……。お腹が空いて、喉が渇いて、あたし、もう死んじゃいそうなんです」


 それでも少女は物言わぬ天上人の前で姿勢を正すと、不慣れな様子でいびつな形で身体の前で手を組み合わせ、両目をつむってそう断りを入れる。


「だから、あなたの持ち物、あたしに下さい! 」


 言ってみたところで、返事などあるはずはない。

 彼女はそんなことは分かっているし、正直なところ、(どうしてこんな無駄なことをしないといけないんだろう? )と思っている。

 ただ、自分の育ての親である[じぃじ]に、死者には敬意を払うべきだと厳しく言われていたから。

 その行為の意味など分からなくとも、なんとなくこうすることにしているだけだ。

 短い、形ばかりの儀式を終えると、さっそく少女は遺体を漁り始める。

 当然、天上人の亡骸はピクリとも反応を示さない。外から見るとサングラスのように真っ黒なバイザーを下ろしたままなので宇宙服の中がどうなっているかはわからないが、きっと干からびたミイラがあるのだろう。

 この人物がどんな最期を迎えたのかは、なんとなくわかった。バイザーには蜘蛛の巣状にヒビが入っているから、宇宙服の気密が失われている。きっと、軌道上居留地が次々と破壊されていく中でなんとか宇宙空間に脱出したものの、デブリの直撃を受けて船が大破。外壁を貫通したデブリが内部で飛び跳ね、乗っていたこの人物に当たったのだろう。

 急速な減圧を受けて一瞬で意識が飛び、二度と目覚めることはなかった。さほど苦しみのない死だったのに違いない。

 少女にとっては、過去になにが起こったのかなどどうでもよいことだった。

 願うのはただ、価値のありそうなものを手に入れたいというだけだ。


「よっ……と。ん……しょ」


 小柄な少女では精一杯に背伸びをしないと届かないシートベルトの固定具を外し、倒れかかって来る遺体を支えて肘掛けにもたれかからせて姿勢を安定させ、ガサゴソと全身を撫でまわしながらめぼしいものがないか探していく。

 バイザーは破損していたが、この宇宙服はずいぶん状態が良さそうだった。修理すればまた元のように使えそうなほど。ということは、生命維持装置とか、通信機器とか、そういう付属品を引きはがせば結構な収入になりそうだ。

 ちゃんとした道具もないし、こうしている間にも同業者が集まってきているかもしれない。時間がないので少女は乱暴に、叩いたり、引っ張ったり、持ち歩いているサバイバルナイフを隙間に差し込んだりして、価値がありそうな部品を引きはがしていく。

 まずは、左腕についていた通信機らしきもの。さほど大きくはないのに、中には様々な電子機器が入っているし、場合によってはそのまま通信機として再生できて、高値で売れる。

 さっそく少女はそれをポンチョの中にしまい込んだ。

 次いで、遺体を前屈させ、生命維持装置を取り外しにかかる。これは重いが、価値は大きい。空気を浄化するシステムが搭載されているので、あちこちが化学物質や放射性物質で汚染されている今の地球ではとても役に立つし、欲しがる人は多い。システムを制御するのに使われていた電子部品なども高値がつく。


「ん~、取れない……」


 重要な部品であるだけに、取り外すのは容易なことではなかった。何度も力を込めて揺すったりしてみたが、ちょっと隙間が開くだけでうまく外れない。

 もしかすると、どこかアタッチメントのようなものがあって、そこを操作すると簡単に取れたりするのかもしれない。

 そう思ってしかめっ面で観察していた時、何か軽くて硬いものが床の上に落ちる音が聞こえた。

 視線を向けると、床の上にさっきまでなかった板状のものが落ちていて、キラキラとした輝きを放っている。宇宙服のどこかに収納されていたものが、少女が乱暴に扱ったので勝手に出て来たらしい。


「きれい……」


 少女は思わず手を止め、その板切れを拾い上げていた。

 それが何なのかは、彼女には分からない。ただ、プラチナカラーで覆われ、メタリックな輝きを放つそのカードを、まるで宝石かなにかのようにうっとりと見つめる。

 もし文字が読めたのなら、そのカードは宇宙服を着た天上人の身分を証明するIDカードであると分かったことだろう。そして過去の世界の知識を持っていれば、けっこう高い身分にいた者だけが持つことの許される種類だということも。

 少女にはその本当の価値は分からなかった。だが、それでも彼女は、大切そうにカードを自身の懐にしまい込む。

 絶対に落としたり、誰かに奪われてしまったりしないように、厳重に。

 キラキラしていて、とっても綺麗だったから。

 それだけで、少女にとってはそれを宝物とするのには十分な理由だった。

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