・1-2 第2話:「星屑拾い:1」

 少女はずっと、待っていた。

 空から[星屑]が、過去の文明の遺産が降り注いでくることを。

 周囲は見渡す限りの砂漠。水も、食べ物もない。

 地球全体がこんな有様なのだ。

 五十年ほど前、文明の崩壊というデッド・エンドを迎えた天上人と地上人の内戦の結果、残ったのは不毛な荒野だけ。

 生き残った人々はわずかにいたが、戦争で資源を使い潰し、大地も照射兵器で焼き尽くされてまともな耕作地のほぼすべてが失われてしまった今となっては、時折降り注ぐ過去の遺物、[星屑]だけが生命線だった。

 ———[星屑拾い]。

 少女のように、空から落ちて来た文明の遺産をあさって暮らしている者はそう呼ばれている。

 お世辞にも実入りの良い仕事とは呼べない。

 今もいくつも断続的にスペースデブリが流れ星となって降り注いではいるが、そのほとんどは、大気圏で燃え尽きてしまう。

 稀に燃え尽きずに地上までたどり着いた残骸が、数少ない収入源だ。

 それでも、コンテナなどに物資が入ったままになっていることもあるし、そうでなくても、金属などの資源、電子機器などの希少部品を集めれば、他の生き残りと交換をして数少ない水や食料に変えることが出来る。

 しかし、その量は非常に限られているから、いつも同業者たちの間で争奪戦になる。ちょうど落ちてきた場所の近くにいて、すぐに獲物にありつけなければ、結局はなにも手に入らない。

 飢えも乾きも、満たされない。


「はぁ……。今日も、ダメなのかなぁ……」


 空に伸ばしていた手を下ろした少女は、ひもじそうに、悲しそうに呟く。

 星屑を拾えるかどうかは、運次第だ。

 自分の手の届く範囲に落ちて来てくれたらラッキー。だが、ほとんどの場合はそうではない。この惑星は広く、一人の人間の手でカバーできる範囲などたかが知れている。

 そうして彼女は、かれこれ五日はここで待っている。あちこちにいる競争相手に打ち勝つためにはこうして網を張っておいて、たまたま近くに星屑が降って来るのを待つ、という作戦を取るのがセオリーなのだ。

 少ないカロリー摂取、水分補給で生き延びられるように、砂を掘って作った浅い溝、地熱が地表よりも低いおかげで少しだけ涼しい場所に寝そべりできるだけじっとして、近くに星屑が降って来るのを、少女は辛抱強く待ち続けている。

 だが、いい加減、限界が近づいていた。

 食料はとっくに、水もついさっき尽きてしまった。このまま待っていても確実に欲しいものが降って来るとは限らないし、いったん拠点に戻って、まだほんの少し残っていたはずの備蓄を切り崩してまた別の場所に網を張り、再起を図るべきだろうか。

 空腹のために鈍くなった思考で少女がそう迷っていた時、突然、ピー、ピー、ピー、と電子音が鳴った。


「来た!! 」


 ガバッ、と勢いよく身を起こした少女は、念のため、今聞いたのが自身の願望から来る幻聴ではないかと確認するために音の鳴った方向へ視線を向ける。

 そこには、一本の棒きれが立っていた。

 軽い軽合金製のポールの先端に平べったい四角い板があり、その上に電力を確保するための風車と太陽光電池が乗っている。

 それは、あり合わせの部品で作ったレーダーだった。手作りなのであちこちがいびつで見栄えは悪いしゴムで被覆された電気の配線もむき出しだが、ポールの先端に乗っているのはれっきとしたフェーズドアレイ・レーダーの送受信機であり、普段はくるくると回っていて全周囲に電波を飛ばし、こちらに接近してくる物体があれば警告してくれるようにプログラムされている、ハンドメイドの星屑探知機だ。探知距離はおよそ百キロ。これも過去の文明の遺産を利用して作られている、今となっては再現不能なロストテクノロジーだ。

 そのレーダー端子が、一方を向いている。———その方向に、星屑を探知した、ということだった。

 ポールの先端についているライトが、黄色く光っている。もしこれが赤く点滅していたら、なにも考えずにすぐさまこの場所から逃げ出さなければならない。———降り注いでくる星屑の直撃を受けて跡形もなく吹き飛ばされるという事故は、決して珍しいことではないのだ。だが、黄色ならば大丈夫。直撃コースではなく、付近に星屑が落ちてくるというサインだからだ。

 少女は状況を確認すると、立ち上がりざまに散弾銃ソードオフを拾い上げて腰の後ろに差し、素早く星屑探知機を回収、そのままモトのところへ駆け寄る。探知機のポールをバイクの左横に作った専用のラックに差し込んで固定し、そのまま座席にまたがった。

 ハンドルにいくつかついているスイッチの一つを押し込むと、電源が入り、中央のモニター画面が点灯する。砂埃を払うと、製造されてから半世紀以上も経っているのにまだくっきりと見える液晶画面が現れる。

 モトは電気で駆動するバイクだ。そして、充電は満タン。なにしろ五日もずっと動かさずに太陽光を浴びていたのだから、当然だ。


「ヨシ! 」


 少女はそう力強く言って気合を入れると、ポンチョの襟首に手を突っ込んでそこに隠れていたゴーグルを取り出し、自身の顔に装備した。

 それとほとんど同時に、彼女の頭上を物体が飛びぬけていく。普通の流れ星よりもずいぶんと遅い。おそらく低軌道上からゆっくりと落ちて来たか、空気抵抗の大きな形状をしていたのだろう。

 遅いと言っても、秒速五キロはある。頭上を横切るのは一瞬だ。

 左から右へ飛びぬけた流れ星は、十キロほど先で地平に落ち、しばらくしてから音速を超える物体が頭上を通過していったことによる、ドン、という衝撃音が聞こえてきた。


「まぁまぁ、ってところね! 」


 少女は嬉しそうに微笑むと、地面を蹴り、アクセルを入れて、右に旋回して猛烈な勢いでモトを走らせた。

 溝のなくなったタイヤは数回空回りをし、派手に砂埃をあげたが、すぐに砂を噛みしめて加速し始める。

 五日。

 飢えと渇きに耐えながら待ち続けて、ようやく降って来た獲物。

 さほど大きなデブリではなかった。時折降って来る、かつて宇宙にあった人類の街、軌道上居留地の大きな破片などは[大物]と呼ばれ、星屑拾いたちはみなそういう獲物を心待ちにしているのだが、今回降って来たモノはそれには遠く及ばないものでしかない。

 それでもなにも無いよりは遥かにマシだったし、ちらっと見えた印象では、昔はあちこちを走っていた大型バスくらいのサイズはあった。燃え尽きずにゆっくりと落ちてきたということは、けっこう頑丈な造りの物体。中身があるなら、比較的良い状態で手に入れられるかもしれなかった。

 [大物]と違って落下地点に大きなクレーターを作ることもないし、なかなか手ごろで美味しそうな獲物だ。

 そして、少女にとっては、ご飯とお水だ。


「いっくぞーっ! 走って、モトっ!! 」


 少女は嬉しそうに、楽しそうに吠えると、アクセルを全開にし、ポニーテールを風に激しくなびかせながら、稲妻のように駆け抜けていった。

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