星屑拾いのステラ
熊吉(モノカキグマ)
・1-1 第1話:「星が降るのを待つ少女」
空を、ひとつ、ふたつ、みっつ……。
途切れることなく、無数に[星]が流れていく。
それらは、かつてこの惑星……、太陽系第三惑星[
それは、
過去にこの惑星に存在した高度な文明の残りカスであり、世界がすでに終わってしまったことの証明だった。
空。
カラリと晴れた、空。
雲一つなく、明るく、見るからに乾燥している青一色の中を、いくつもの白い筋が一瞬で通り抜けていく。
その下には、果てしない荒野が広がっている。
かつて街とか森とか呼ばれていたものの廃墟はあるが、それ以外は見渡す限りの岩と砂。
宇宙に移住した人々、[天上人]と、地上に取り残された人々、[地上人]がまだ泥沼の内戦を戦っていた時代に使用された[照射兵器]と呼ばれる、巨大な鏡とレンズで太陽光を収束して浴びせる超兵器の使用によって地上は焼き払われ、そこに存在していたあらゆるものは砂となってしまった。
その不毛な大地に、———まだ、人の姿がある。
「星、降って来ないなぁ……」
空を、一人の少女が退屈そうに仰向けになって寝ころびながら見上げている。
年のころは、十代の前半。ボサボサになってはいるが朝日を思わせる強い色をした金髪を持ち、幅の広いポニーテールにまとめている。瞳は、今は失われてしまった穏やかな草原を思わせる緑の碧眼で、快活さと優しさを合わせ持った印象。顔立ちは年相応でまだ幼さが残る。
華奢な体つきで、背も低かった。ロクに栄養のあるものを食べることが出来ずに育ったためだろう。彼女は吹き抜けていく荒涼とした風と砂から身を守るためにつぎはぎだらけの厚手の布で作られたポンチョを身にまとっているが、それでもその貧相な体のラインがはっきりと浮き出てしまっている。
傍らには、水平二連式の
「ねぇ、モト。なんか、おもしろいこと言ってよ」
自身の頭上を通り過ぎていく流れ星の軌跡をぼんやりと眺めながら、退屈そうに少女は語りかける。
返事は、———ない。
「ねぇ、モト。お願いだからさ、なにかしゃべってよ。なんでもいいからさ~」
重ねて頼んでみても、やはり、返って来るのは沈黙だけだ。
「モト!? ねぇってば!! 」
まったく会話が始まらないことにいら立ったのか、少女はガバッと身を起こすと、身体をひねりながら眉を吊り上げ、彼女が呼ぶところの[モト]を睨みつけた。
その視線の先にあるのは、一台のバイク。戦争が始まる前は建物だったらしいものの残骸、今は砂に埋もれてしまってその一部だけが顔をのぞかせているものの側に、サイドスタンドで立たせてある。
少女と同じように、小さなバイクだった。四角いカバーを持つ胴体にハンドルと二つの車輪、座席と荷台がついている。折り畳み式で、コンパクトにまとめて別の車両に積載して運用できるタイプのものだ。
ところどころ錆びているし、座席は革が破れて中のスポンジが見えていたが、それでもきちんと走りそうな車両だった。ほとんど溝がなくなっているがタイヤがちゃんとついているし、充電のためのソーラーパネルも、モーターやバッテリー、サスペンションとダンパー、ブレーキなどの部品もそろっている。
ムッとして頬を膨らませた少女から睨みつけられても、モトはやっぱり、無言だった。
———それも、当然だ。
そもそもモトには、おしゃべりする機能などないのだから。
「はァ……。一緒にお話をしてくれる乗り物とか、欲しいなぁ……」
もちろん、自分の相棒にそんな気の利いた機能などないことを少女は知っている。
ただ、あまりにも静かで、孤独で、寂しくて。
いてもたってもいられなくなっただけなのだ。
がっくりとうなだれると、彼女はまた仰向けに寝転がって空を眺める作業に戻って行った。
それから懐に手をのばすと、少女はそこから水筒を取り出していた。
軍隊などでよく使われていた金属製の簡素な構造の水筒。そのフタを開き、口元に運ぶ。
しかし、中から水は一滴も出てこなかった。上下左右に振ってみても何の音もしないし、いぶかしそうに眉をひそめながら中をのぞいてみても、空っぽ。
そこで少女は、三十分ほど前に最後の一口を飲んでしまったことを思い出した。
「喉、乾いたなぁ……。お腹、空いたなぁ……」
水筒のフタを閉め、また元の位置に、腰のベルトに戻すと、少女は悲しそうにぼやく。
だが、どんなに嘆いたところで、ご飯も、水も、湧いて出てきたりはしない。
この世界は、容赦なんてしてくれない。
「ねぇ、モト。覚えてる? じぃじが教えてくれたこと」
いくら話しかけても、返事なんかない。
そんなことはよくわかっているが、それでも少女はモトに話しかける。
他に言葉を投げかける相手など誰もいないし、渇きと空腹で正気を保っていられなくなりそうだったからだ。
———いや、すでに彼女は、正気ではないのかもしれない。でなければ、会話が成り立たないのを承知で話しかけたりしないだろう。
最後の水は三十分前に。……最後の食事は、確か、一昨日だっただろうか。
味気ないパン。それでも、その味を思い出すとたまらなく切ない気持ちになって来る。
「空にはさ、むかぁし、昔、[楽園]があったんだって。……そこでは毎日、みんなが美味しいご飯をお腹いっぱい食べて、自由にお水を飲んで、幸せに暮らしていたんだって」
飢えた少女は、空に向かって、真っ直ぐに手をのばす。身体にまとわりついたセラミックス化した砂がパラパラと落ちる。
その瞳は、すでに失われてしまった文明を、もう手に入らない世界を夢見ている。
そんな彼女の手の平のはるか向こうを、また、キラリ、と一瞬の輝きを見せながら[星屑]が流れて行った。
「もう、[楽園]はないっていうけど……。でも、たくさん、たくさん、拾って、集めたら。いつかは、きっと」
流れ星をつかむように、ぎゅっと、手を握りしめる。
その手はまだなにもつかむことが出来ず、ただ、少女の腹が小さく、弱々しく、くぅ、と鳴っただけだった。
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