・1-3 第3話:「星屑拾い:2」

 モトは小さなバイクで、戦後になってからあちこち修繕されていたが、それでもその大部分は過去の文明由来の高度な機械であり、よく走った。

 内戦時代には車両などに折りたたまれて積載され、偵察や連絡などのために使われていたらしい。特化した性能を持つ乗り物に比べれば劣りはするもののオフロード性能も十分であり、セラミックス化された砂が堆積した道なき不毛の大地でも問題ない。

 少女の乗り方は、少し危なっかしかった。

 ———絶対に、最初に[星屑]にたどり着く。

 その一心で彼女はアクセルを全開にしたまま、多少の地形の起伏はすべて無視して直進し続けているからだ。

 なにしろ獲物にありつけなければ、明日のご飯もお水もないかもしれない。

 [星屑拾い]は競争だった。

 地球はどこもかしこも、過去の戦争のせいで不毛な土地ばかり。わずかに残っている耕作可能な大地という物も存在するが、そうした場所にはみんな先住の人々がいて、必死に暮らしている。新たに人を受け入れられるような余裕があるところはまずない。

 荒野で生きなければならない人々は、空から降って来る文明の遺産を手に入れることが出来なければ食料も水も得られないのだ。

 だからみんな、デブリが降って来ると我先にと群がって来る。そして、良い拾い物は早い者勝ちというのが暗黙のルールとなっていた。

 意外と、血みどろの奪い合いというのには発展しなかったりする。というのは、この終末世界では弾薬も非常に貴重であり、そういったものを消耗する争いはみな、「割に合わない」と考えているからだ。

 殺し合いまでしていざ残骸をあさってみても、大した収穫がなかった、なんていうことはよくあるのだ。そうなると、弾薬を消費した分は丸々赤字、大損ということになる。だからみな一見仲良く残骸を漁り、良さそうなものを見つけたら周りに気づかれないうちにさっさと逃げ出す。

 もちろんそれは、相手がなにか自衛の手段を備えている、という前提で守られるルールだ。なにも武器を持っていないと知られれば、容赦なく牙を剥く[星屑拾い]は数多い。だから少女も、自身の身体には不釣り合いでも、腕が悪くても命中が期待でき、威力もある散弾銃を護身用に持っている。

 幸いなことに、今回は他に競争相手がいない様子だった。砂に埋もれた鉄筋コンクリート製の、ビルの焼けただれマグマが冷えて固まったようになっている屋上からモトで飛びつつ、周囲を見渡してみたのだが、辺りには少女と同じように疾走している同業者はいない。

 静かに向かっているという場合もあったが、大抵は全速力で乗り物を走らせる。そういう場合はその後ろに濛々と砂埃が立つのだが、モトが巻き起こしているもの以外には見当たらなかった。


(うまくすれば、あたしの独り占めにできるかも……! )


 着地の衝撃を座席から身体を浮かせて吸収しつつ、少女は自身の胸が高鳴るのを感じていた。

 じっくりと残骸を漁ることが出来ればその分良い拾い物をできる確率が高まるし、たくさんの物を集めることが出来るかもしれない。

 そしてそれは、当面の間、少女の生命を保証してくれるものとなる。

 ———もしかすると、ずいぶん久しぶりに、お腹いっぱいになるまで食べられるかもしれない。

 そう考えただけで、腹の虫がグゥ、と鳴った。

 ほどなくして、今回の獲物が近づいて来る。

 小高い砂丘を勢いよく乗り越えた先に、小さくて浅いクレーターができているのが見えた。お皿のような楕円形のくぼみの中央辺りで、先ほど宇宙から落ちて来たばかりの、出来立てほやほやの[星屑]が、少しばかりの黒煙をあげながら鎮座している。

 あと、百メートルほど。

 そこまで接近しておきながら少女は突然、モトを横滑りさせながら停止させていた。

 なにか、トラブルがあったわけではない。

 モトは健気に走り続けてくれていたし、バッテリーの残量もまだ十分に残っている。道こそないが獲物と彼女との間にはなんの障害物もない。

 早く漁りたい。

 そう急く気持ちを抑えながらモトから降りた少女は、身に着けていたゴーグルを取り外してポンチョの襟の中にしまいながら相棒の荷物入れを漁り、四角い形をした小さな機械を取り出していた。

 それは、ガイガーカウンターだ。

 宇宙から降って来る過去の遺産の中には、強い放射能を持つものがある。そうと気づかないで残骸に接近して、夢中で漁っている内に大量に被曝してしまうという事件が度々起こっており、少女は自身の育ての親である[じぃじ]から、必ず放射線量を測定するように、と教えらえている。

 放射線。ガンマ線とか、ベータ線とか。

 それがいったいなにで、どうして浴びてはいけないのか。そういった知識は持ち合わせてはいなかったものの、あまりにも真剣に、何度も忠告されたので少女はその言いつけは守らなければならないものだと信じていた。

 残念ながら、彼女は防護服の類を持っていない。あるのはせいぜい、化学物質や放射性物質を体内に取り込まないようにするためのゴーグルつきのガスマスクくらいのもので、外部から浴びせられる放射線に対しては何の対策もできない。

 もし、この距離でもガイガーカウンターが反応するようであれば、今回の獲物は残念ながら見過ごさなければならない。


(何日も待ったの……! だから、お願い! )


 祈りながらスイッチを入れ、測定が終わるまで待つ。

 機械は正常に機能している様子だったが、しかし、なんの反応を示さなかった。

 放射線は検知されなかったのだ。


「やった! 」


 思わずそう叫び、その場でバンザイをしながら、ぴょん、ぴょん、と飛び跳ねる。ポニーテールが、元気に揺れる。

 しかし少女はすぐに我に返ると、[星屑]に向かってしっかりとした足取りで進み始めていた。

 まだ周囲に同業者の姿はない。だが、いつあらわれないとも限らない。

 せっかくチャンスが巡って来たというのに、横取りされてはたまったものではない。

 ここからは、時間との勝負だった。

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