第35話 ブルークゼーレ王国からの使節団
諸般の事情により更新が止まってしまい申し訳ありません。
再開しましたのでよろしくお願いします。
2024年10月中に完結予定ですが、9月中の完結目指して頑張ります。
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「ブルークゼーレから使節団が来ることになった。
贈ったゴブレットの謝罪が理由だ」
王の執務室でカタリーナと二人だけのとき、フィーリップが言う。
ブルークゼーレ王国からの贈答品だったゴブレットは、内側に鉛が張られた金属製のものだった。
これを常用していたフィーリップは、少し前に鉛中毒となってしまった。
その謝罪のため使節団が訪れるという。
「今になってですか。
随分と時間が掛かりましたわね」
話を聞いたカタリーナは、不満げだ。
外交上の贈答品によって王が健康を害したなら、即座に使節団を派遣して謝罪するのが通常だ。
しかしブルークゼーレ王国は、今頃になって使節団を派遣するという。
「フロリアン王子が、自らこちらに来るそうだ。
そのために、嵐で壊れた橋の補修などで時間が掛かったとのことだ。
大国の王子の外遊だからな。
安全な移動経路を確保してからではないと来られない、というのは筋が通る」
「王子自らですか?」
「ゴブレットの問題に気付かなかった謝罪のために、贈答者である王子自ら来て誠意を示したいとのことだ」
「気付かなかったなんて、随分と白々しいですわね」
ボールシャイト小侯爵であるイーヴォが、夜の庭園でカタリーナを襲撃した際に言っていた。
フィーリップが鉛中毒で倒れた隙を狙って、カタリーナを襲撃したと。
鉛中毒のことはフロリアン王子から聞き、それを利用したと。
ゴブレットの危険性について、王子は知っていたはずだ。
「そうだな。
フロリアン王子が関わっていることは間違いない。
問題は、何が目的で私を狙ったのかということだ。
王の指示だとは思えない」
「わたくしもそう思いますわ。
あの国の王家は、この国の農産物の輸入販売で大きな利権を持っていますもの。
それに、この国が乱れれば、あの国も出費が
フィーリップが暗殺されてしまえば、この国は混乱に陥る。
政情不安となれば貿易も滞りがちとなる。
まして、内戦ともなれば農地は荒れ果て、農産物の輸入自体が困難になってしまう。
それで利益を得るあの国の王家としては、大打撃だ。
また、隣国が政情不安なら、国境警備に多くの兵を割かなくてはならない。
押し寄せる難民への対処も必要だ。
そのための出費を、あの国の王家は強いられることになる。
農産物の輸入販売利権での収入は減り、難民対策や国境警備での支出は増える。
あの国の王家にとっては、踏んだり蹴ったりだ。
「ブルークゼーレ王国ではなく、フロリアン殿下個人の策なのかしら?
この国の混乱させることでブルークゼーレ王国の重い腰を上げさせて、この国の侵略へと
独り言のように、カタリーナが
王家としては暗殺の意思がなくても、フロリアン王子個人が
この国を混乱させ、それを口実に侵略する、ということもありえる。
「現状を考えると、それも可能性は低いな。
たしかに、ブルークゼーレは一等国であり大国だ。
しかし、他に一等国や議長国などあの国と同等以上の国も、連邦内にはある。
侵略は、彼らが許さないだろう。
もし侵略の構えを見せたなら、連邦内の大国全てから様々な妨害を受けることになる」
この国が属するグリム連邦は、構成国全てが平等というわけではない。
連邦内での地位は等級区分されており、連邦議会で持つ議決権の数も等級により異なる。
この国は三等国であり、ブルークゼーレ王国は一等国だ。
一等国はブルークゼーレを含めて四ヶ国ある。
さらに、連邦の盟主である議長国も存在する。
一等国や議長国といった大国は、大国同士で権力争いをしている。
もしブルークゼーレ王国が領土拡大を狙うなら、他の大国はこれを阻止しようと動く。
そうなれば、ブルークゼーレ王国は、いくつもの大国と対立することになってしまう。
同じ連邦国家内での侵略は、
「フロリアン殿下は、相変わらず王位に興味がなさそうなのかしら?」
「ああ。相変わらずだ。
ゴブレットの件があってからずっと、あの王子を調べさせている。
王宮で勢力を固めようと動く様子はない」
「王位を狙ってしたことではない、ということかしら……」
「まだ断定はできない。
巧妙に野心を隠している可能性がある。
同じ国の貴族にさえ隠し通せているのだ。
国外から密偵を派遣した私たちにだって、簡単には尻尾を
「……
「そうだな。
表では品行方正で野心を持たない誠実な王子として声望を集めながらも、裏では暗殺という大胆な決断もしている。
厄介な人物だ」
「十分に注意する必要がありますわね」
◆◆◆◆◆◆
「国王陛下、王妃殿下。ご機嫌麗しゅう存じます」
ブルークゼーレ王国からの使節団を出迎えたフィーリップとカタリーナに、団を代表して青年が
王子フロリアンだ。
「陛下と王妃殿下が直々にお出迎え下さるとは。
恐縮です」
王子はそう言うが、王宮入口での出迎えも相手がそれに恐縮するのも外交マナーだ。
一等国と三等国では、公爵と子爵ぐらいの格差がある。
その後、両国の交流は
謁見の間での謁見では、実務者級会議で合意した通りの謝罪と賠償が行われ、初日に行われた各分野の会議でも両国にとって利益のある合意がなされた。
問題は、使節団歓迎のための夜会で起きた。
カタリーナがいつものように一人ぼっちでいたところ、フロリアン王子が近付いて来てとんでもないことを言ったのだ。
「私とマルガレーテ王女との婚約を、ぜひともお認め頂ければと思います」
カタリーナは仰天してしまう。
「……せっかくのお申し出ですが、マルガレーテはまだ五歳ですわ」
内心の動揺を穏やかな笑顔で隠し、カタリーナはそう答える。
「そのぐらいの年齢が良いのです。
兄にはまだ、子ができそうにありませんからね。
兄に子ができて私も子を成せるようになったとき、同年代では子が産めない年齢になっているかもしれません」
この国でもブルークゼーレ王国でも、十代後半にもなれば結婚するのが普通だ。
にもかかわらず、この王子は二十三歳にして独身だ。
聞けば、兄である第一王子に子供がいないため結婚を遠慮しているのだと言う。
兄に先んじて子供が生まれてしまえば、彼が有力な後継者となってしまう。
後継者争いを避けるために、彼はそうしているのだそうだ。
カタリーナは胸をなで下ろす。
二十三歳の青年が五歳児に結婚を申し込んだ異常さに、戦慄してしまった。
しかしそれは、政治的事情があってしたことだった。
小児性愛者、というわけではないようだ。
「マルガレーテ王女の姿絵を拝見しました。
あの方は間違いなく、
白雪姫と
カタリーナの背筋に、冷たいものが走った。
◆◆◆◆◆◆
「それで、なんて返事したの?」
「もちろん、お断りしたわ。
わたくしと同い歳の男性なんて、絶対に駄目よ。
まして、マルガレーテの姿絵を見て「世界一美しい」なんて言葉が出る人なんて。
マルガレーテが可哀想だわ。
わたくしだって、そんな息子は嫌よ」
夜会が終わり自室に戻ったカタリーナは、早速エミーリエとジビラに愚痴を零す。
「王宮の人たちから教えてもらったんだけどさ。
貴族って、親子ぐらいの歳の差婚も珍しくないんでしょ?
家同士の結び付き優先の政略結婚だから、
たしかに歳の差は減点だけど、相手が大国の王子様なら良いんじゃないの?」
エミーリエの言うように、貴族は歳の差婚もよくあることだ。
条件だけなら、それほど悪くはない。
「問題はそこじゃないんですよ。
フロリアン殿下は、陛下を暗殺しようとした黒幕なんです」
「ええっ!?」
ジビラの説明にエミーリエは驚く。
フィーリップが鉛中毒になることを、フロリアン王子は知っていた。
それをボールシャイト小侯爵から聞かされたとき、エミーリエはいなかったがジビラはその場にいた。
「何より、マルガレーテのことを世界一美しい人だって殿下は言っていたのよ。
五歳の女の子を見てそんなことを思う成人男性なんて、絶対に駄目よ」
そう言うカタリーナは、気持ち悪い虫でも見たかのようだ。
彼女にとって、フィーリップの暗殺よりそちらの方が大きな問題だった。
「うーん。でもねえ。
もしかしたらその王子様、王女様の運命の人かもしれないよ?」
「「ええっ!!?」」
今度はエミーリエの言葉に、カタリーナとジビラが驚く。
「ど、ど、どういうことかしら?
く、詳しくて説明してほしいわ」
エミーリエに尋ねるカタリーナは、動揺が隠せなかった。
小人たちが白雪姫のガラスの
エミーリエは以前、そう言っていた。
アシスタントたちがガラスの棺を引き渡すのは、自分たちに治療手段がなく相手に治療手段があるときだと、セルビータは言っていた。
医師や呪術師が治せる病気や
引き渡すケースがあるとしたら、ギリゾンでは治療できない場合だ。
すなわち、霊宝による治療が必要なときだ。
医療系の霊宝を持つ国といえば、近隣ではデュナン王国だけだ。
そしてあの国には、マルガレーテより一つ歳上の第三王子がいる。
彼こそが、マルガレーテの運命の人なのではないか。
カタリーナはそう考えた。
第三王子の姿絵は入手したが、かなりの美少年だった。
性格も素直で優しく、周囲の評判も良い。
まさに理想的だった。
この王子なら、結婚相手として申し分がない。
そう思っていた。
そこに突如出てきたのが、ロリコンの成人男だ。
天国から地獄に落とされたようだった。
「あれ?
私の話、信じるようになったの?」
話を真に受けているカタリーナを見て、エミーリエが不思議そうに言う。
これまでカタリーナは、エミーリエの話をあまり信じていなかった。
「ここが本の中の世界だっていうのは、もちろん信じていないわ。
でも、あなたが読んだ本には、それなりの
ここが本の中の世界だとは、カタリーナは今も思っていない。
だが、エミーリエが前世で読んだ本の内容には、それなりの信憑性を感じていた。
ガラスの棺の
おそらくは、異世界の未来視が可能な者によって書かれた本だろう。
今は、そう思っている。
「そうなんだ。
少しだけでも、信じてもらえて嬉しいな」
「そんなことより、早く教えてちょうだい。
どうして、殿下がマルガレーテの運命の人なのかしら?」
「白雪姫と王子様ってね、かなりの齢の差だっていうのが有力なんだよ。
お妃様より白雪姫が美しいって鏡が言い出したのは、白雪姫が七歳のときなのよ。
それからお城を追い出されて、七人の小人の小屋で暮らして、毒りんごを食べて王子様と出会うんだけどさ。
毎日鏡を眺めてる嫉妬深いお妃様だからね。
白雪姫の方が美しいって毎日言われ続けるんだから、何年も放置しておくはずがないってのが有力説なのよ。
だから、七歳になってからすぐ追い出されて、それからすぐ命を狙われ始めるはずなんだよね。
そうなると、お城を出てからそんなに時間も掛からずに王子様と出会ってるはずなんだけどさ。
出会ったときの王子様って、召使いたちを連れて一人でお城の外に出るぐらいの年齢なの。
視察や外遊を、子供一人では普通しないでしょ?
視察先の代官に言いくるめられちゃったり、外交で
そんな理由で、一人で仕事ができるぐらいの年齢だって言われてるの」
「小さな女の子に女性としての魅力を感じる方が、王女様の運命の方ですか……。
なんで、そんな変た……独特な
そう
カタリーナと行動をともにする彼女は、マルガレーテと会うことも多い。
可愛らしいマルガレーテに、すっかり情が移ってしまっている。
「でも、白雪姫の王子様が変態だってのは、前世でも有名だったよ?
白雪姫の遺体に
遺体に恋しちゃうだけでも相当ヤバいのに、遺体を
たとえどんな美人でもさ、お葬式の場で遺体を譲るようご遺族にお願いしたりする?
身内の死を
とんでもない非常識男だよ」
「相当イッちゃってますね……」
「だよね?
「だ、駄目よ!
そんな人! 絶対に駄目!」
エミーリエとジビラの会話を聞いていたカタリーナだが、耐えられず叫ぶように声を上げる。
顔は真っ青だった。
王子を一目見た瞬間、マルガレーテが恋に落ちてしまったら……。
あの王子と結婚したいと、マルガレーテに懇願されてしまったら……。
母親として、自分はどうすれば……。
不安で、胸が押し潰されそうだった。
「そう言えば、ガラスの棺に入れたマスターを引き渡すならギリゾンちゃんでも治せないような重症の場合だって、セルビータちゃんが言っていましたね。
医師や呪術師で治せる程度のものならギリゾンちゃんも治せますから、
きっと治癒の霊宝でしょうけど、ブルークゼーレにそんなものありましたっけ?」
そうジビラが言う。
ギリゾンたちアシスタントが霊宝の一部だと、ジビラは知っている。
霊宝の地位は、王よりも高い。
本来なら、王であるフィーリップ以上に敬意を払い最低でも「様」の敬称を付けるべきだ。
にもかかわらず「ちゃん」という目下に対する敬称なのは、マルガレーテが霊宝の所有者であることを隠すためだ。
霊宝に目がくらんだ者からマルガレーテが狙われないよう、カタリーナたちは注意を払っている。
「ねえ。あの国ってどんな霊宝持ってるの?
ちょっと興味あるんだけど?」
エミーリエが尋ねる。
「あの国の霊宝は、
「三つも持ってるなんて、さすが大国だね」
ブルークゼーレの国力にエミーリエは感心する。
「三つとは限らないわ。
所持を公表している霊宝が三つというだけよ。
公表していないものが、他にあるかもしれないの」
「なんで三つだけ公表してんの?」
「連邦内の国が等級別に分かれていて、等級により連邦議会で持つ議決権の数も違うのは知っているでしょう?
等級は所有する霊宝の数で主に決まるの。
一等国になるためには、三つ持っている必要があるのよ。
それより高い地位となると議長国だけれど、議長国は一等国間の協議で決まるから、霊宝の数は関係ないわ。
公表して意味があるのが三つまでなの。
だから、どの一等国も三つまでは公表しているのよ」
「じゃあブルークゼーレ王国も、治癒の霊宝を持ってるかもしれないってこと?」
「その可能性もあるわ。
治癒の霊宝ってね。
持っていても公表する国は少ないの。
この辺で所持を公表しているのは、デュナン王国だけね。
公表しなくても支障がないなら、公表しない国が大半でしょうね」
「そうなの? なんで?」
「侵略を受けやすいのよ。
王族が病気になったとき、治癒の霊宝を持つ近隣国に攻め入った例は歴史上いくつもあるの。
所持を公表して、治療する代わりに外交上の利権を得るデュナン王国みたいな国は珍しいのよ」
平民のエミーリエは、連邦内での国家等級や霊宝について詳しくない。
平民の暮らしには関係ないことだ。
そんな彼女の疑問に、カタリーナはすらすらと答える。
「やっぱり、アシスタントさんたちがガラスの棺を渡したのは、フロリアン殿下かもしれませんね」
「はあ……頭が痛いわ」
ジビラの一言を聞いて、カタリーナは頭をこめかみを指で押さえる。
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