第33話 小人の山の真実 3/3

「こちらが、当システムの他のアシスタント・アンドロイドです」


室内に案内されたカタリーナたちに、セルビータが言う。

室内の壁にはいくつものくぼみがある。

そのくぼみの中には、目をつぶった少女たちがくぼみに寄り掛かって立っていた。


空いているくぼみは二つだ。

オンブルとセルビータの分だろう。


「ちょっと聞いて良い?

あなたたちってアンドロイドなんだから、容姿なんて自由に変えられるよね?

それなのに、みんな小さな女の子なんだけど、これって前マスターの趣味でしかないよね?」


非難の目を向けつつエミーリエが尋ねる。


彼女の言う通り、くぼみの中のいるのは全て幼い女の子だった。

セルビータもまた十歳前後の女の子だが、外見的な年齢で言えば彼女が一番高かった。


オンブルは闇を固めたような異形だが、そのシルエットはマルガレーテと同年代の女の子だ。

マルガレーテと同じぐらいの身長で、前髪は真っ直ぐに切り揃えられ、ストレートの髪は背中の中程まであり、膝丈のワンピースを着た影だった。


「よくお分かりになりましたね?

当システムのアシスタントの外観は、全て前マスターの意向が反映されたものです」


「いや、そりゃ分かるよ!?

部屋中どこも、ロリコンアニメのポスターばっかりじゃない!?

何よ、あのところ狭しと置かれてる女の子のフィギュアは!?」


エミーリエが言うように、室内は幼い女の子のポスターがいくつも貼られていた。

ガラス製のショーケースの中にも、小さな女の子のフィギュアがいくつも並んでいた。


「それに、このUFOにボタンなんて、ほとんどないじゃん!

かなり自動化されてそうなのに、何でこんなに何体もアシスタントが必要なの!?

これも全部、前マスターの趣味なんじゃないの!?」


「ご推察の通りです。

当初設計では、アシスタント・アンドロイドは一体でした。

筐体数きょうたいすうが多いのは『いろんなロリっ子がいた方が楽しい』という前マスターの方針によるものです」


「あなたたち。

女性のひざより上が見えているものや、おへそが見えているものは全て片付けなさい?

片付けないなら、全部燃やすわよ?」


目を三角にしたカタリーナは、マルガレーテの目を手で覆いながら言う。


この国の女性用下着は、太ももが隠れるものだ。

しかしフィギュアやポスターの女の子が身に着けている下着は、太ももが見えてしまうものだった。

およそ、マルガレーテに見せて良いものではなかった。


あんな扇情的な下着を見て、もしマルガレーテがそれをほしがってしまったら……。

太ももが見えてしまうほど極端に短いスカートやおへそ丸出しの服装を、もしマルガレーテが真似してしまったら……。

そんな考えが頭をよぎってしまい、カタリーナはとても正気ではいられなかった。


慌ててオンブルが片付け始める。

フィギュアもポスターも、彼女が触れると闇に溶けるように消えてしまった。




「何これ? ミニスカナース服?

こんなものを、あんな小さな女の子に着せてたの?」


エミーリエがまた、非難するような声で言う。

彼女が興味津々で扉を開けると、そこは一室まるまる衣装置き場だった。

女児向けの服が、ぎっしりとハンガーに掛けられていた。

その一つを、エミーリエは手に取っていた。


「ご安心下さい。

前マスターは、イエス・ロリータ・ノー・タッチのロリコン紳士です」


「いや、紳士じゃないから!

ロリコンな時点でもう全然紳士じゃないし、人として大問題だから!」


「申し訳ありません。

本システムでは『イエス・ロリータ・ノー・タッチの男性はロリコン紳士』『ロリコン紳士には何一つ恥じるところがない』とシステム・コア領域で定義されています。

更新不可能な定義のため、新情報をご提供頂いても認識を修正できません」


(これは……方針を変えて、宝石箱の資料に目を通さなくてはならないわね……)


エミーリエとセルビータの会話を聞きながらカタリーナは思う。


前王妃は、霊宝に関する情報を宝石箱の底に隠していた。

そんな細工をしたのは、その情報をマルガレーテただ一人に伝えるためだ。

カタリーナはそう思って、マルガレーテより先に見ることをしなかった。


アシスタントは機巧からくり人形のようなものだと、エミーリエは言っていた。

それなら、こんなに大量の衣装や装飾品は必要ないはずだ。

前マスターのアシスタントへの偏愛ぶりを考えると、彼はソウルコードを継承させる代わりに彼女たちに関して何らかの頼み事を前王妃にしている可能性が高い。


自分の代わりにアシスタントたちを可愛がってほしい、程度なら構わない。

だが、もしそれが不健全極まりないものなら、マルガレーテに伝えるわけにはいかない。


前マスターの問題に、前王妃が気付かなかった可能性もある。

方針を変更して先に自分が宝石箱の資料に目を通して、教育上問題がないか確認しなくてはならない。

カタリーナはそう考えた。

幼い娘を持つ親として、前マスターの嗜好しこうは到底容認できるものではなかった。





「さて。全部片付けましたので、改めてご紹介します。

このものたちが、当システムの他のアシスタント・アンドロイドです」


「なぜみんな、目を閉じているのかしら?」


カタリーナが尋ねる。

女の子たちは紹介されても、壁のくぼみの中に納まって目を閉じたままだった。

胸の動きからも呼吸をしている様子はなく、まるで飾られた人形のようだ。


「エネルギー節約のために休眠モードに入っています」


「サジェスというアシスタントが、血縁の確認をしたのではなくて?」


「サジェスとは、一番左にいる眼鏡を掛けた緑の髪のものです。

情報収集や情報分析は、サジェスが分掌担当する本システムの機能の一部です。

ゲノム解析や通信などは本システム本来の機能ですから、エネルギー供給に問題もなく現在も利用可能です。

しかしアシスタントの筐体きょうたいを稼動させるには、また別のエネルギーが必要になります」


「どんなエネルギーが必要なのかしら?」


「私たちの稼動には、二種類のエネルギーが必要です。

一つは電力です。

こちらは太陽光発電と核融合発電の併用により供給されていますから、太陽光、海水およびリチウムさえあれば半永久的にまかなうことができます。

電力さえあれば本来の機能は稼動しますが、アシスタントの筐体きょうたいを稼動させるにはこれだけでは足りません。

こちらの稼動には、電力以外に『元気』も必要になります」


『元気』とは呪術用語で、魂の力とも言えるものだ。

カタリーナは、マルガレーテが頭上に光の玉を生み出したことを思い出す。

あのときマルガレーテは『元気』を消耗し、気枯けがれを起こしていた。

おそらく彼女たちが必要とする『元気』は、マスターが補充するものなのだろう。

カタリーナそう推測した。


「なんか、進んでる割には面倒臭いシステムだね。

私がいた日本はもっと文明が遅れてて、こんなの作れなかったけどさ。

それでも、電気さえあればアンドロイドぐらいは動かせたと思うよ?」


「私たちには、心があります。

心をつかさどる人工精神システムの稼動には『元気』が必要となります」


「ええっ!?

アンドロイドに、心があるの!?」


エミーリエは驚く。


機巧からくり人形に心を持たせるなんて、物凄い技術ね……。

でもあなたたちは、この霊宝を補佐するための存在よね?

なぜ、心を持たせる必要があったのかしら?」


カタリーナが尋ねる。


おっしゃる通り、何らかのシステムに付随するアシスタント機器に人工精神システムが搭載されることは、通常ありません。

しかし前マスターは『僕のロリっ子たちには、絶対に心が必要だ』という方針をお持ちでした」


「ああ……そういうことね……」


そう言うエミーリエはあきれ顔だ。


「というわけで、マスター。

私たちの『元気』は、もう残りわずかです。

現在は私とオンブルに『元気』を集中させ、有事の際は私たちのみ稼動させることでしのいでいます。

それも、もうすぐできなくなります。

どうか、元気の注入をお願いします」


「わたくし、よく分かりませんでしたわ!」


マルガレーテは、ここまでの会話に付いて行けなかった。

セルビータから何をお願いされているのかも、分かっていなかった。

セルビータは改めて、五歳児にも分かる言葉で説明する。


「まあ! 動けないんですの!?

お病気なんですのね!?

大変ですわ!

わたくしも、治すお手伝いをしますわ!」


マルガレーテは、真剣な顔で言う。


「マルガレーテに無理のない範囲でなら、承認するわ。

あまりこの子に負担を掛けては駄目よ?」


カタリーナはそうくぎを刺す。


「もちろんです。

マスターに過大な負担をお掛けするつもりはありません」




「うーん。うーん」


「そうです。マスター。

ゆっくりと精神の糸を伸ばして下さい」


眉間にしわを寄せてうなるマルガレーテに、セルビータが声を掛ける。

セルビータの指導により、マルガレーテは元気を注入しようとしている。


マルガレーテの魂には、元気注入のための機能がソウルコードと一緒に継承されていた。

頭上に生まれる光の玉は、この機能によるものだった。


これまでにマルガレーテは、感情がたかぶったとき頭上に光の玉を何度か生み出していた。

放っておくと、光の玉はどんどん大きくなっていた。


しかしこれは、本来の使用方法ではなかった。

元気を注入するために光の玉をそれほど大きくする必要はなく、拳一つ程度の大きさで十分だった。

代わりに、光の玉からアンドロイドに糸のようなものを伸ばす必要があった。


過去、大きくなった光の玉から雪のようなものを吹き出したことがあったという。

どういうことのかと、カタリーナはセルビータに尋ねた。

おそらくは、マルガレーテの心象風景が具現化されたものだとの回答だった。


一般に吹雪の心象風景は、一人取り残されてしまう絶望感などを示すものだとセルビータは言う。

真っ白な雪のようなものを生み出したから、マルガレーテは白雪姫と呼ばれるようになった。

その異名は、頼れる者が少ないマルガレーテの孤独を示すものだった。





「マスター、はじめましてなのですう。

情報分析がお仕事のサジェスなのですう」


「マスター、はじめましてなのじゃ。

護衛担当のイピなのじゃ」


「マスター、はじめましてなんだみょん。

マスターの健康管理を担当するギリゾンなんだみょん」


「うわあ……。

いかにも、陰キャが考えた女の子って感じ……」


目を覚ましたアシスタント・アンドロイドたちは次々とマルガレーテに挨拶あいさつする。

そんな彼女たちの口調に、エミーリエは引いていた。


一方、マルガレーテは嬉しそうだった。

接することがほとんどない同年代の女の子たちから声を掛けられ、目をきらきらさせながら挨拶あいさつを返している。


「エミーリエさんが言っていた小人って、幼女のことだったんですね……」


「私たちはずっと成長しないから、小人という表現も間違いではないんだみょん」


ジビラのつぶやきに、マルガレーテより少し背が高い女の子が答える。

白い髪にグレーの瞳を持つ彼女は、ギリゾンだ。


「あなたたちって全部で六人?

『白雪姫』の小人は七人だから、ロリっ子も七人かと思ったんだけど?」


エミーリエが尋ねる。


「もう一人はうちや。

初めまして。マスター。

本艦ユーザーインターフェースのフェリ言います

よろしゅう頼んます」


突然、宙に現れた半透明の女の子は、にこにこと笑いながらマルガレーテに挨拶あいさつする。


「なにあれ!?

透けてるんだけど!?」


「本システムが生成する立体映像ホログラムです。

本機ベース内なら、フェリの立体映像ホログラムを投影することができます」


驚くエミーリエにセルビータが答える。


「うわあああ!!

妖精さんですわ!!

王妃様!! 妖精さんがいますわ!!」


手のひらに乗るほどの背丈で背中に羽を持つ女の子に、マルガレーテは大喜びだ。

カタリーナの手をくいくいと引っ張り、目を輝かせてフェリを指差す。


(可愛いわ!)


そんなマルガレーテに、カタリーナはほっこりしてしまう。


「西部なまりなんですね。

もしかして西部には、妖精の国でもあったりするんですかね?」


「マスターの居住地域より西で使われる方言で話すように、フェリは設定されています」


ジビラの疑問にセルビータが答える。


「そういえば、ここにガラスのひつぎはないのかしら?」


カタリーナが尋ねる。

ここに来た当初の目的は、何日経っても遺体が腐らないというガラスのひつぎだ。

もうガラスのひつぎがなくても問題はないが、もしあるならどんなものなのか見てみたかった。


「あー。多分あれやな。

案内するで。

こっちや」


フェリがそう言うと、自動でドアが開く。




「こ、これが『白雪姫』のガラスのひつぎなの!!?」


ひつぎやないけど、ひつぎらしいものと言ったらこれしかないで」


驚愕きょうがくするエミーリエの周りを飛び回りながら、西部なまりの妖精は彼女の質問に答える。


通された別室の中央には、成人男性が中で横になれるほどの大きさの容器が置かれていた。

底部は不思議な白い材質で、それ以外は丸みのあるガラス製だった。

内部の底にはクッションのようなものが敷かれている。


「こちらは、コールドスリープ用のポッドです。

本システムも最低限の医療機能は備えていますが、高度な医療を行うことはできません。

そういった治療がマスターに必要となった場合、専門医療機関に搬送する必要があります。

しかし本システムははるか上空での稼動も多く、搬送には時間を要することも想定されます。

その場合、症状の悪化を抑えるために、このポッドでマスターを冷凍睡眠させます」


「道理で、白雪姫の遺体が腐らないわけだわ。

あれは死んだんじゃなくて、コールドスリープ状態だったんだね」


セルビータの解説を聞いて、エミーリエは納得した様子だ。


「あなたたちはどんな場合なら、この中に入ったマスターを誰かに引き渡すのかしら?」


カタリーナはセルビータに尋ねる。

エミーリエの『白雪姫』の話について、カタリーナは当初信じてはいなかった。

しかし今は、かなりの信憑性を感じていた。


ガラスのひつぎに入った白雪姫の遺体を、小人たちは王子に引き渡したとエミーリエは言っていた。

しかし白雪姫はアシスタントに『元気』を供給する存在であり、このシステムの運用に必須の人物だ。

誰にでも簡単に引き渡すとは思えない。

引き渡す相手には、何らかの条件があるはずだ。

カタリーナはそう考えた。


「正常に運営される医療機関のコードを持つものには、原則として引き渡します。

しかし現在、そういった機関は確認できていません。

現状で言うなら、こちらには治療手段がなく、相手方は治療手段を持つことが明らかな場合です。

この場合、引き渡しに応じる可能性があります」


どの程度の医療行為ができるのかについて、マスターの健康管理を担当するギリゾンからカタリーナは聞いている。

セルビータは最低限の医療機能と言っていたが、様々な症状への対応が可能だった。

医師や呪術師など必要ないほどだった。


ギリゾンでも治療できないケースなら、この世界の医師などでも治療は不可能だろう。

そんな病も治療できるなら、それは霊宝を利用した治療である可能性が高い。


医療系の霊宝は珍しい。

所持を公表しているのは、近隣ではデュナン王国だけだ。

ガラスのひつぎを引き渡した相手は、デュナン王国の王家である可能性が高い。


(ちょうどあの国には、マルガレーテより一つ歳上の第三王子がいるわね……)


その引き渡した王子こそが、マルガレーテの運命の人だ。

エミーリエはそう言っていた。


デュナン王国の第三王子は、要チェックだ。

厳しい目で確認しなくてはならない。

カタリーナはそう考えた。




それから、今後の方針についてアシスタントたちと話し合った。

この山の霊宝は円盤状の建物全体で、建物ごと移動することも可能だとアシスタントたちは言う。


簡単に来ることができない場所のため、ここに霊宝を置いたままだと不都合も多い。

王宮地下に収容施設を建設し、そちらに移動してもらうことになった。


「まあ、移動には少し時間が必要だけどな。

まずは、本機ベースのメンテナンスからだ。

長いこと俺が稼動してなかったから、メンテナンスも修理もずっとしてねえしな」


フォルジュフォンが言う。

こんな口調だが、くせっ毛で跳ねた赤髪を肩まで伸ばした勝ち気な顔立ちの女の子だ。


「修理の部品とかは、どうすんの?」


エミーリエがフォルジュフォンに尋ねる。


「地面掘り返せば、素材の鉱石やらはすぐに見付かるさ。

サジェスとフェリなら必要な原料の場所も分かるしな。

それを俺が、精錬やら加工やらして作るんだ」


「そう言えば『白雪姫』の七人の小人って、鉱山で働いてたね。

あれ、UFOの補修部品作るための採掘だったんだね……」


エミーリエは納得したように言う。


「必要なものがあるなら、言ってくれれば七越山のふもとにでも届けさせるわ」


「おお。そりゃ助かるぜ」


カタリーナの提案にフォルジュフォンは喜ぶ。


アシスタントのうち何人かはマルガレーテに付いてくることになった。

だが侍女にしてもおかしくないのは、十歳前後に見えるセルビータがぎりぎりだ。

他のアシスタントたちは、侍女とするには不自然なほどに外見が幼い。


その問題は、空間操作が可能なオンブルが解決した。

彼女は、他のアシスタントたちと一緒にマルガレーテの影に潜り込むことができた。



◆◆◆



「え? 気付かれなかったんですか!?」


フィーリップの報告を聞いてカタリーナは驚く。

王宮に戻ったカタリーナは、フィーリップに七越山でのことを報告した。


フィーリップもまた、カタリーナが不在の間の出来事について彼女に報告した。

カタリーナの影武者による領地視察についても、彼から報告があった。

案の定、ハインツが影武者を護衛した。

しかしハインツは、影武者なことに気付かなかったと言う。


「想定問答集は私が作ったからな。

ハインツが言いそうなことも、君が言いそうなことも、私なら想像が付いた。

言いそうなことは全て網羅したから、問答集はかなりの分量になってしまったがな」


「それでも、奇跡のようですわ。

貴族をあざむくのは、簡単ではありませんのに」


貴族にとって腹の読み合いとは、もはや日常の一部だ。

表情だけではなく、手の動きや瞬きに至るまで無意識に観察してしまう。

ハインツも例外ではないだろうし、そんな相手をだまし切るのは困難だ。


それを成し遂げてしまうとは、本当にこの人は仕事ができる。

カタリーナは感心する。


「君なら、そう言って不思議がるだろうと思っていた。

だから、影武者役を呼んである」


(随分と、わたくしを理解しているわね……)


ビジネスパートナーである彼とは、一緒にいる時間も長い。

お互いに対する理解も、自然と深まっている。


カタリーナが疑問に思いそうなことを事前に予測し、その疑問に対する回答もフィーリップは準備していた。

カタリーナをよく理解しているからこそ想定問答集の出来も良く、ハインツをあざむくこともできのだろう。

いつの間にか彼は、ここまでカタリーナを理解していた。

それに気付いて、カタリーナは頬が熱くなる。


フィーリップが鈴を鳴らすと、人払いされた彼の執務室に女性が入ってくる。


「あら? あなただったのね?」


その女性に、カタリーナは見覚えがあった。

エマという名で、十日ほどジビラの下で侍女をしていた女性だった。


「完璧な演技のためには、君の観察が必要だと言われてな。

君の侍女として、しばらく働いてもらったのだ」


彼女がカタリーナの侍女になったのは、フィーリップの手配によるものだった。


「紹介しよう。

彼女はインリド・ベリマン。

当国切っての演技派舞台女優だ」


「えええっ!!?

あの、インリド・ベリマンだったの!!?

似てるなって思ってたけど、まさか本人だったなんて!!?」


「私も、まさか本人だとは思いませんでした……。

舞台とは随分印象が違いますね」


しばらく一緒に働いていた者が実は著名人だったと分かって、エミーリエとジビラは驚愕きょうがくする。

市井の劇場に足を運んだことがないカタリーナは、彼女を知らなかった。


「なるべく目立たないように、ここでは地味に見える特殊メイクをしてますから」


そう言ってインリドは笑う。


「論より証拠だ。

彼女の演技を見れば、なぜハインツがだまされたのかも理解できると思う」




「王妃殿下。

あなたは私の太陽です。

私の腕の中に閉じ込めてしまいたい」


フィーリップが作った想定問答集から無作為に一文を選び、ジビラが読み上げる。


「あ、あ、あ、あの。

きゅ、きゅ、急に、よ、用を、お、お、思い出したわ

も、も、も、もう、か、か、帰ってくれるかしら?」


インリドは、問答集を暗記していた。

問答集を見ることなく、演技をしながら対応する台詞せりふを返す。


大袈裟おおげさすぎて、わたくしにはあまり似ていないわね。

これでどうしてだませたのかしら……)


インリドの演じる自分を見て、カタリーナはそう思った。


そんな台詞をハインツに言われたら、動揺してしまうことは否定できない。

だが、大袈裟おおげさにすぎる。


顔は真っ赤だし、視線は派手に泳いでいるし、手をせわしなく動かしている。

優雅さも気品も欠片さえなく、みっともないほどの酷い狼狽ろうばいぶりだ。


彼女は舞台女優だ。

舞台という大仰な演技が必要な場所に慣れてしまっているため、演技も大袈裟おおげさなものになってしまったのだろう。

カタリーナはそう考えた。


「うわっ!! すっごい!!

王妃様そのまんまじゃん!!」


「驚きました!!

もう、王妃殿下そのものです!!」


「え゛っ!?」


エミーリエとジビラの絶賛に、カタリーナは変な声が出てしまう。


「私も同意見だ。

さすがは、当国一の演技派女優だな」


そう言うフィーリップも満足げだ。


(そんな……)


自分を客観的に見詰める機会を得て、カタリーナは大ダメージだった。

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