第32話 小人の山の真実 2/3

「マルガレーテ。スカートのお膝のところが汚れているわ。

どうしたのかしら?」


戦闘が終わり周囲にも気が回るようになったのは、カタリーナも同じだった。

そこで彼女は、マルガレーテのドレスの汚れに気付く。


「馬車から降りるときに転んでしまいましたの」


転んでも泣かなかったのは、そのとき彼女がそれだけ必死だったからだろう。

カタリーナを守ろうと、マルガレーテは一生懸命だったのだ。

子供のひたむきな優しさに触れて、カタリーナは胸に熱いものが込み上げ、涙がこぼれそうになってしまう。


「見せてご覧なさい?」


カタリーナはマルガレーテのスカートを少しめくり上げて確認する。

彼女の膝には、すり傷ができていた。


智仁武為不痍ちじんぶいふい。痛いの痛いの、飛んでけー」


自分とマルガレーテの呪術無効化のお守りを外してから、カタリーナは痛み止めの呪術を使う。

痛みを取るだけなら、魔法よりもこの呪術の方が早い。

原因で傷を治療しなければ痛みが取れない魔法とは違い、この呪術は傷が治っていなくても使えば即座に痛みが消える。


「王妃様。わたくし、存じていますわ!

今のは、痛み止めの呪術ですわ!

駄目ですわ。呪術を使っては!」


呪術を使えば、運が悪くなったり寿命が縮んだりする。

マルガレーテもそれは知っているから、カタリーナが呪術を使ったことをとがめる


「マルガレーテ。

代われるものなら代わって上げたいっていう言葉は知っているかしら?

あの言葉を言う人ってね。

心の底から代わって上げたいと思って言うんだと思うの。

わたくしも今、そんな気持ちよ?」


いつもなら自分は呪術が使い放題だと言うカタリーナだが、今日はそれを言わなかった。

いつも使っているのは魔法だが、今使ったのは珍しく呪術だ。


呪術を使えば、カタリーナだって星を消費してしまう。

この程度の星の消費なら寿命が縮むことはないだろうが、多少の不運には見舞われるだろう。

それでもカタリーナは、呪術を使った。

自分のために戦おうとしてくれたマルガレーテの痛みを、一刻も早く取り除いて上げたかった。


「駄目ですわ!

呪術を使っては駄目ですわ!」


「このぐらいは平気よ。

世の中のお母様はね。

子供が怪我をしたときは、みんなこの術を使って痛みを取って上げるのよ?」


「えっ!?」


(失言だわ……)


迂闊うかつに口にしてしまった自分の言葉の問題に、カタリーナはすぐに気付いた。

子供が怪我をしたとき、世の母親がよく痛み止めの呪術を使うのは事実だ。

しかし今のカタリーナの言い方は、マルガレーテの母親の座を取って代わる意図があるとも受け取れるものだった。


優しかった亡き母は、子供にとって特別な存在だ。

その母親の地位を奪い取るかのような言動は、継母として避けなくてはならない。

エミーリエからそう指導を受けていたので、カタリーナもそれがタブーであることは分かっていた。


だがカタリーナは、マルガレーテの優しさに深く感動してしまった。

それでつい、口を滑らせてしまった。


「それでは、もう一度尋ねるわね?

なぜあなたたちは、マルガレーテに従うのかしら?」


これ以上、この話を続けるべきではない。

そう判断したカタリーナは、セルビータたちに話し掛けて強引に話題を変えた。


「マスター。

登録名・王妃様から質問がありましたが、どうされますか?

回答した方がよろしいでしょうか?」


「もちろんですわ!

王妃様には、何でもお話ししてくださいませ!」


セルビータに尋ねられて、マルガレーテはそう答える。


「先に言っておくけれど、マルガレーテの不利になるようなことは聞きたくないわ。

そういうことは、できるだけ話さないでくれるかしら?」


だからカタリーナはくぎを刺す。

幼いマルガレーテの信頼を利用するようなことを、カタリーナはしたくなかった。


「私たちが従うのは、マスターが本システムの継承者だからです」


マルガレーテから許可を得て、セルビータはカタリーナに答えを返す。


「なぜ、マルガレーテが継承者なのかしら?」


「本システムは、二つの要件を満たすことにより継承されます。

一つは前任者と血縁関係があることで、もう一つはソウルコードを継承していることです」


「血縁者かどうかは、どうやって確認したのかしら?

そういうものは、何かの台の上に手を置いて確認するのではなくて?」


血縁者にのみ継承可能なのは、霊宝ならよく聞く話だ。

それ自体は別に不思議ではない。

この国の霊宝である『輪を描いて回る炎ケルビムの剣』も同様に、血縁者にのみ継承可能なタイプだ。


しかしフィーリップから聞いた血縁確認方法は、霊宝内に設置された台の上に手を置くというものだった。

マルガレーテは、七越山に入ってからずっと寝ていた。

輪を描いて回る炎ケルビムの剣』の一室で見たような台の上に、彼女は手を置いていない。


「センサーとの接触によりDNA鑑定する方式は、古い方式ものです。

それより新しい世代になると、何かに触れなくてもDNA鑑定できるようになり、さらに世代が進むと識別方式もDNA鑑定からゲノム解析へと進展します。

本システムで採用された方式は、非接触型のゲノム解析です。

一定範囲内にいる全ての人についての解析が可能です。

ただし、遮蔽物があると状況によっては解析できません。

今回はマスターが馬車から降りられたことで解析可能となり、それにより血縁者だと判明しました」


「二人のうち、どちらが解析したのかしら?」


「解析をしたのは、私たちではありません。

本機ベースにいるサジェスというアシスタントが行い、その結果を通信で私たちに知らせています」


(他にも仲間がいたのね。

そう言えばエミーリエは、山には七人の小人がいるって言っていたわね。

セルビータもオンブルも小人というより子供だけれど、エミーリエの言うことは正しいのかもしれないわ)


半信半疑だったエミーリエの話を、カタリーナは急速に信じ始める。


「じゃあソウルコードは、どういうものなのかしら?」


「その名の通り、魂に刻む形式の認証コードです。

生体認証などよりもセキュリティはずっと強固で、極めて重要性の高い機器の認証方式として採用されるものです。

その認証コードを前マスターより継承しているため、本機はマルガレーテ様をマスターとして認証しています」


「魂に刻む……もしかして前任者の死後も継承できるのかしら?」


「はい。

冥府に向かう前でしたら、死後も問題なく継承可能です」


「もしかして、数年前にここに血縁者の女の人が来なかったかしら?

ソウルコードのことを、その人に教えたのではなくて?」


マルガレーテが血縁者なら、前王妃かフィーリップのどちらかは必ず血縁者だ。

それなら血縁者は、おそらく前王妃の方だ。

血縁者なら、セルビータたちも問答無用で排除したりはしないはずだ。

会話ぐらいはしただろう。

カタリーナはそう推測した。


「はい。六年三ヶ月前に女性の血縁者がこちらに来ています。

認証コードをお持ちではなかったため、本システムをご利用できないことはお伝えしています」


(やっぱりそうだったのね。

前王妃も血縁者で、ここに来てソウルコードのことを知ったのね……)


前王妃が口寄せの術で何を呼び出したのか、それでカタリーナには分かった。

この山の霊宝を我が子に継承させるために、前マスターの魂を口寄せしたのだ。


なるほど。命懸けの術になるわけだ。

冥府の神の絶大な力にあらがって、冥界から魂を呼び出すのだから。

カタリーナはそう思った。


「その他、最近では一年八ヶ月前に男性の血縁者もこちらに来ています。

同様に、認証コードをお持ちではないことをご説明してお帰り頂いています」


「え? 男性?

……どんな男性かしら?」


カタリーナは驚いてしまう。


「茶色の瞳に茶色の髪で、貴族風の服を着た方です。

ゲノム解析の結果から、年齢はご訪問当時で二十一歳と推定されます」


(今は二十三歳前後で、茶色の瞳に茶色の髪……。

駄目ね。

とても絞りきれないわ)


貴族は貴族同士で政略結婚を繰り返している。

さかのればマルガレーテと血縁がある者なら、国内はもちろん国外の貴族家にも無数に存在する。

赤い髪や緑の瞳などの珍しい色ならともかく、そんなありきたりな色では到底特定できそうになかった。


「前マスターが亡くなったのって、はるか大昔の話だよね?

この山の悪霊伝説は、私たちが住んでる連邦国の建国前からあったんだしさ。

なんで今頃になって、王女様に継承したのかな?

王女様は今五歳だから、継承は最近だよね?」


エミーリエが独り言のように疑問をつぶやく。


確かにその通りだと、カタリーナは思った。

悠久のときを経てマルガレーテに継承するぐらいなら、自分の子供にでも継承した方がずっと良いように思える。

死後も継承できるのだから、継承前にうっかり死んでしまっても死後に継承すれば良いだけだ。


「存命の血縁者を、四十九日以内に探せなかったんだと思います。

世界大戦では、多くの方が亡くなってしまいましたから」


この世界に魂が留まっていられるのは、死後四十九日の間だけだ。

その期間では血縁者を探せず冥府に向かうことになってしまったのだと、セルビータは言う。

マルガレーテから許可を貰ってから答えるセルビータの顔は、悲しげだった。


「ええっ!?

世界大戦って、もしかして神話に出てくるはるか大昔の大戦争のこと!?

もしかしてあなたたち! そんな昔から稼動してんの!?」


「はい。神話で言う『火の一ヶ月』より前から稼動しています」


エミーリエに対するセルビータの回答に、カタリーナも驚愕きょうがくする。

十歳前後の子供かと思っていたセルビータが、自分よりはるかに歳上だったのだ。

カタリーナはまた、彼女たちが間違いなく人間ではなく、霊宝の一部であることも理解した。


「つまり、あなたたちは霊宝の一部ってことよね?

それならなぜ、現代の言葉が話せるのかしら?

神話も随分後になってからできたものだと思うけれど、どうしてそれも知っているの?」


カタリーナが尋ねる。

輪を描いて回る炎ケルビムの剣』のガラス板に表示される文字は、全て古代語だった。

そんな昔からある霊宝の一部なら、彼女たちが話す言語もこの国の霊宝と同じく古代語になるのではないか。

その時代の遺物が、現代の神話を知っているのもおかしい。

カタリーナはそう思ったのだ。


「マスターが来訪された際にも会話が可能なように、定期的に言語や知識をアップデートしています。

本システムの特性上、言語や文化の広域調査も可能です」


「……この山にある霊宝は、文化や言語の調査のためのものなのかしら?」


「調査も目的の一つですが、副次的なものです。

本システムの本来の目的は、民衆の意識操作です」


「意識操作って……どういうことかしら?」


「脳波に干渉することで、民衆の意識を操作するという意味です。

政権を支持したい気持ちを強くしたり、政策に反対する考えを変えたりできます。

そういったことを広域で行うために、本システムは建造されたものです」


カタリーナは驚愕きょうがくしてしまう。

そんなことができるなら、誰でも王になれてしまうではないか。

街一つを一瞬で滅ぼせる『輪を描いて回る炎ケルビムの剣』などよりも、はるかに恐ろしいものだ。


「……凄まじいわね。

ソウルコードなんていう、この国の霊宝にはない認証があるのも納得だわ」


意識を支配されていたことを知ったら、民衆は間違いなく怒るだろう。

この山の霊宝はおそらく、国家の支配者あるいは革命組織が極秘に運用していたものだ。

決して民衆にその存在を知られてはならないのだから、ごく限られた信用できる者に利用者を限定するのも当然だ。

カタリーナはそう思った。


「もしかして、低周波で方向感覚狂わせちゃったりするのも、その意識操作とかいうやつ?」


「いいえ。

あれは、単なる侵入者除けのトラップです。

低周波が人に与える影響の予測計算では本システムを利用していますが、それ以外では使用していません。

もちろん、本システムでも同等以上のことができます。

しかし、本システムは一国全体の意識操作を想定したものです。

最小限の稼働でも、そのエネルギー消費はかなり大きなものになります。

対象人数が数人程度で、追い返すことだけが目的なら、低周波スピーカーを利用した方が効率的です」


エミーリエの質問にセルビータが答える。


「そう言えば、王妃様が言ってたんだけどさ。

このスピーカーで幻覚を見せることもできるんだよね?

そのシステムでの意識操作って、幻覚も見せられるの?」


エミーリエはまたセルビータに尋ねる。

カタリーナを除き、セルビータの話を理解できているのは彼女だけだった。

脳波などの単語の意味が分からず、マルガレーテとジビラは会話に付いて行けていない。


「可能です。

本システムによる暗示は、低周波スピーカーのものよりはるかに強力です。

たとえば、焼けた鉄の靴を履いているような幻覚を見せるプログラムが本システムにはプリインストールされていますが、その幻覚を見せられると強烈な暗示効果により実際に火傷やけどもします」


「ええっ!!?

『白雪姫』で焼けた鉄の靴を王妃様に履かせるのって、もしかしてそのシステムを使ったってこと!?」






「さて、状況はご理解頂けたかと思います。

これよりマスターを、他のアシスタントもいる本機ベースへとご案内したいと思いますが、よろしいでしょうか?

こちらとしても、マスターにご依頼したいことがあります」


カタリーナたちの質問に一頻ひとしきり答えた後、セルビータが言う。


「他の人たちもいるってことは、もしかしてそこがあなたたちのおうちなのかしら?」


「おうちという表現も間違いではありません。

そのご理解で問題ありません」


「ああ! 七人の小人の小屋だよね!?

私、行ってみたい!」


『白雪姫』の小人の小屋が実際に見られると分かって、エミーリエはうきうき顔だ。


セルビータの提案により、彼らの家へと向かうことになった。

マルガレーテの同行者は、保護者のカタリーナそれからジビラとエミーリエだ。


霊宝に関わる重大な問題だ。

隷属魔法が掛かっていないマルガレーテの侍女や御者は、この場で待機してもらうことになった。






「こ、これが『白雪姫』の小人の小屋なの!!?

どう見ても、UFOなんだけど!!?」


小人たちの家を見てエミーリエは大層驚く。


「まあ! ここが皆さんのおうちなんですの!?

面白い形ですわ!」


不思議な金属でできた円盤状の風変わりな家を見て、マルガレーテは大喜びだった。

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