第14話 豊穣祭の顛末と二人で飲む酒

「ハッツフェルト夫人が所持していた使用済みの竹筒は、二本ありましたわ。

一本は懐炉かいろを動かすときに使うのを見ましたけれど、もう一本はわたくしと会ったときにはもう使用済みでしたの。

あれが何に使われたものなのか、結局わたくしには分かりませんでしたわ」


カタリーナは、自分の懸念についてフィーリップに説明する。

豊穣祭で起こった殺人未遂事件は、その処理も一段落した。

その報告を聞くため、カタリーナは今、フィーリップの執務室に来ている。


「残り一本の使い道なら知っている。

豊穣祭で警備が手薄になる時間を狙って、王家の霊宝について探ろうとしたのだ。

そちらは私が対処した。

その管狐は宮廷呪術師が討ち滅ぼしているから、心配は要らない」


(霊宝? なぜそんなものを探る必要があるのかしら?)


「王家の霊宝は、王家の血筋以外の方は継承できないとお聞きしていますわ。

簡単に盗めるものでもありませんのに、探って何をしたかったのでしょう?」


ハッツフェルト家は、警備が手薄になる隙を突いて霊宝を探ろうとした。

フィーリップもまた、それを予測し対処している。

彼らにとって、霊宝は探られて然るべきものなのだ。


霊宝には、自分の知らない何かがある。

カタリーナはそう考えて、探りを入れる。


「……霊宝の持つ力の残量を知りたかったのだろうな」


「残量?

霊宝には、力に限りがあるのですか?」


「ああ。残りわずかだ。

これまでなら霊宝を受け継いだら継承式典をしていたのだが、私の代ではしていない。

お披露目するだけでも霊宝の力を消費するからな」


「そうでしたの。

存じませんでしたわ」


「知らないのも当然だ。

霊宝に関することは軍事機密だからな。

継承式典に招くのも、特に力を持つ一部の貴族の当主だけだ。

それに、霊宝がいずれ力を失うと知れば民は動揺してしまう。

反乱などの火種になりかねないから、情報も徹底的に秘匿されている」


なぜ大貴族家がこれほど王家を軽んじるのか、カタリーナはこれで理解できた。

彼らは知っているのだ。

王の証である霊宝が、そう遠くないうちに力を失うと。


(やっぱり、あの家は潰さなくてはならないわね)


管狐で探りを入れたのは、どの程度の力が残っているか確認するためだろう。

この国の霊宝である『輪を描いて回る炎ケルビムの剣』は、一振りで街一つを滅ぼすと言われている。

あと何度振るえるのか、まだ振るうだけの力は残っているのか。

王家を食い物にするあの家がそんなことを知りたがるなら『輪を描いて回る炎ケルビムの剣』が自分たちに向けられる可能性も考えてのことだろう。

つまりあの家は、王家を滅ぼすことも選択肢の一つに入れている。


「それから、呪術に関する調査結果についてだ。

懐炉かいろと竹筒に残った呪術の残滓ざんしは、同じ術者のものだった。

よって、シャンデリアを落としたのはハッツフェルト夫人だと断定された。

王宮での公爵夫人の殺害未遂だ。

本来なら夫人は流刑や幽閉として、ハッツフェルト家は降爵させるべきところだが、ハッツフェルト家が王家との不可侵条約の破棄することで手を打った。

夫人はもう、釈放されている」


王家は、侵略を受けない限りその貴族家に武力行使をしない――王家にのみ不可侵の制約を課す約定を、王家と取り結んだ貴族家は七家ある。

その約定のおかげで、彼らは他の貴族より高い位置にある。

ハッツフェルト侯爵もまた不可侵侯と呼ばれ、普通の侯爵より一段も二段も高い位置にいた。

不可侵条約の破棄はその地位を失うことであり、爵位に変化がなくても実質的に大幅な降爵だ。


それだけの打撃を、カタリーナはあの家に与えた。

彼らとの関係は、もう修復不可能だ。

その事実をフィーリップから宣告され、カタリーナは複雑な気分になる。


今更、あの家の者たちと本当の家族になりたいわけではない。

むしろ、会いたくない人たちだ。

それでも、家族として温かな関係になるという希望が完全に潰えてしまった無残な現実が、カタリーナに突き付けられてしまった。

自分のみじめさを実感して、カタリーナの心は乱れてしまう。


(はあ。マルガレーテに会いたいわ。

今日は何をして遊ぼうかしら。

たまには庭園で遊ぶのも良いわね)


そんなときに想い出すのは、マルガレーテだった。

マルガレーテの笑顔や舌っ足らずな言葉を想い浮かべるだけで、胸の苦しさが軽くなって気持ちが明るくなる。


(心の寄りどころって、こういうものを言うんでしょうね……)


マルガレーテがいなかったら、もっと深刻な心の傷だっただろう。

複雑な感情がいつまでも胸に渦巻いて、しばらくは人と話をするのも億劫おっくうになっていただろう。

前世を含めたら長い人生経験を持つ自分が、たった五歳の女の子に救われている。

それが、何だか不思議な気分だった。


「意外だったな。

君を屋敷に監禁して霊宝を奪うためとはいえ、あそこまでするとは思わなかった。

成功すれば君を屋敷に連れ去ることはできるだろうが、代償としてコルウィッツ家との関係が決定的に悪化してしまう。

未遂とはいえ、ハッツフェルト家はこれから、コルウィッツ家からの報復への対応で手いっぱいだろう。

正直、かなりの悪手だと思う」


コルウィッツ夫人の暗殺未遂について、フィーリップはそう評価する。


「もちろん、ハッツフェルト家にとっては悪手に決まっていますわ。

だって、シャンデリアを落としたのは、わたくしですもの」


「なんだと!?」


フィーリップは驚愕きょうがくで目を丸くする。


「しかし、懐炉かいろと竹筒に残った呪術の残滓ざんしは同じ術者のものだったぞ?

その竹筒を持っていたのは、君ではなくハッツフェルト夫人だ」


「ええ。そうでしょうね。

ハッツフェルト夫人は、間違いなく管狐を使って懐炉を動かしていますもの。

竹筒と懐炉に残る呪力が、同じ術者のものになるのは当然ですわ。

ですが夫人がしたのは、宝器の台座下中央に隠してあった懐炉を、ろうが詰まった台座の足に寄せたことだけですわ。

懐炉が台座の足をかした後、それをシャンデリアの上まで運んだのは、わたくしの魔法ですの。

魔法は呪術ではありませんから、呪術の残滓ざんしなんて検出されなかったようですわね?」


「そうだったのか……。

では、夫人が懐炉を使うと、最初から分かっていたのか?

そうでなければ、シャンデリアをつるす鎖の金属環の一つを、熱に弱い鉛合金の物にあらかじめ変えておくこともできないと思うが?」


「懐炉を使うことまでは分かりませんでしたけれど、何らかの熱い物を使うことは分かっていましたわ。

だってハッツフェルト家は、宝器の台座を、そっくりの別物にこっそり入れ替えたりするんですもの。

それで台座を調べたら、足の一つはろうが詰まったものだったんですのよ?

ろうかすために熱を使うなんて、簡単に予測が付きますわ」


「ほう。大したものだ」


感心するように溜息ためいきいてからフィーリップは言う。


「一方的不可侵条約の一つは、これで破棄できましたわね。

残りは六つですわ」


「そうだな。

だが、君は今……大丈夫なのか?」


その質問に、カタリーナは意表を突かれた。

人間らしさに欠けたところのあるフィーリップから、そんなことを尋ねられるとは思っていなかった。


「……ええ。大丈夫ですわ」


そう答える以外になかった。

国を建て直すためには、複雑な感情をみ込んで前に進むしかない。

その歩みを止めるつもりは更々ない。


「今夜は、二人で葡萄酒ぶとうしゅでも飲まないか?」


「え?」


さらに意外なことを言われて、つい声が漏れてしまう。

フィーリップとは、食事さえ基本的に別々だ。

そんな彼から、唐突に酒席に誘われたのだ。


(……でも、悪いお話ではないわね)


現状、王宮で彼女が素の気持ちで話せるのはエミーリエとマルガレーテだけだ。

しかしエミーリエは、この国には飲酒に制限なんてないのに「お酒は二十歳になってから」と言い、酒を一切飲もうとしない。


もちろん、幼く純真なマルガレーテに、大人が愚痴を零すわけにはいかない。

共に酒をみ交わして心のよどみを吐き出せる者は、今のカタリーナにはいない。


その点フィーリップなら、魔法を使えることなど共有する秘密も多く、話せることも多い。

性格も温厚で、会話もスマートだ。

酒席の相手としては最高だ。


「お誘いありがとう存じます。

ぜひ、ご一緒したいですわ」


フィーリップの誘いに乗ることにした。

カタリーナ自身、今まさにそんな相手を必要としていた。

今すぐにでも心の中にある何かを吐き出して、濁り水のような心を少しでも澄んだものに変えたかった。



◆◆◆



「王妃様。今日は気合い入ってるね?」


ウルトラマリンの色のドレスをまとうカタリーナを見て、エミーリエは楽しそうに笑う。


普段のカタリーナは、主に図書館で勉強をしている。

王妃として謁見することもまだないので、王妃らしい威厳のあるドレスを着る必要もない。

だからいつもは、機能性を優先してトレーンの長いドレスなんて着ない。

しかし今着ているドレスは、スカートの裾が二メルトほど床に広がるマーメードラインのロングトレーンだ。

おめかししているのは、一目瞭然だった。


「こんなに着飾らなくても大丈夫だって言ったんだけれど」


「いけません。

しっかりと着飾ってお会いするべきです」


そう言うのは、侍女のジビラだ。

彼女がこのドレスを強く主張したので、カタリーナはそれに従った。

カタリーナの服の管理は、彼女がしている。

担当者の意見を、カタリーナは尊重した。


ちなみにエミーリエは、そういった侍女の仕事は一切していない。

王宮の儀礼典範に従ったドレス選びなんて、そもそも彼女にはできない。

彼女の仕事は王妃の話し相手になることだけであり、長期雇用を希望するのも納得の超軽作業だった。


「でも、すっごく綺麗だよ!

この国で二番目に綺麗なのは、間違いなく王妃様だよ」


「じゃあ一番は誰なのか」そう問いたくなる、何とも奇妙な褒め方にカタリーナは笑う。


エミーリエの言うように、今日のカタリーナは随分と人目をく姿だった。

海よりも更に深く更に鮮やかなドレスの青は、淡く輝く彼女の金色の髪によく似合っている。

ドレスや首飾りの豪華さも、上げた髪に巻き付けた少し大人っぽいラリエットも見事に調和し、華やかでスタイルの良いカタリーナの美貌を引き立たせている。


「待たせたかな?」


そこにフィーリップが、カタリーナを迎えに来る。


図書館で勉強してばかりであまり人と会わないカタリーナとは違い、フィーリップは普段、王としての仕事をしている。

黒のボトムスに、膝まである黒の上着で、真珠色のウェストコートを着た今の彼は、王としての威厳にあふれる普段の装いと比べてかなり質素だ。


しかし、涼しげな美貌のフィーリップには、シンプルな黒い服もよく似合っていた。

黒い衣装をまとうと、雪のような彼の肌の白さが際立って見えた。


(うう……恥ずかしいわ。

わたくしはいつもより豪華なのに、陛下はいつもよりシンプルじゃない……)


自分一人だけ気合いを入れたようで恥ずかしくなり、カタリーナは頬を染める。


「では行こう。

君をエスコートする権利を、私に与えてくれるか?」


「あら。エスコートしてくださるの?」


酒席の場所は、フィーリップが暮らす国王宮の一室だ。

カタリーナたちが今いる王妃宮からなら、業務を行う本宮を通らずに行ける。

王族のプライベートエリアだけを歩くので、エスコートはしなくても問題はない。


「一応、君の夫だからな?」


(そうね。一応は、夫ね)


微妙な笑顔でカタリーナはエスコートに応じ、フィーリップの腕に手を置く。


結婚はしているが、夫婦として暮らしたことはない。

初夜を含め、一度も夜を共にしていない。

カタリーナの寝室に、フィーリップは近付こうともしない。


そういう選択をしたフィーリップの考えも、カタリーナには理解できた。

カタリーナは、ハッツフェルト家の駒として王宮に送られて来た。

そんな女性と夜を共にして子供ができてしまえば、ハッツフェルト家の権勢は強まってしまう。


猫の内臓を足首に巻き付けるなど、この国には様々な避妊方法がある。

そのいずれもが、確実な避妊方法とは言いがたい。

ハッツフェルト家の増長を抑制するには、カタリーナと夜を共にしないのが確実だった。




部屋に着くと、準備は既にされていた。

ぼんやりとした蜜柑色みかんいろ蝋燭ろうそくの灯の中、同じソファにフィーリップと並んで座って葡萄酒ぶどうしゅを飲み始める。

テーブルに並べられた様々なさかなを少しずつ口に運びながら、杯を傾ける。


いつもなら仕事の話ばかりだが、今しているのは最近読んだ本についての話だ。

マルガレーテの教師となったカタリーナは、彼女への教育のために最近は名作文学も数多く読んでいる。

さすが読書が趣味なだけあって、カタリーナが話題に出す本の全てをフィーリップは熟知していた。


文学作品は、その時代の思想や価値観を前提に書かれている。

自分の価値観をその時代のものへと変えると、物語はまた違ったものに見える。

そうフィーリップは言う。

フィーリップが説明する、その時代の人たちの視点で見たときの物語は、カタリーナが最近読んだ物語とは確かに違うものだった。


カタリーナにとって、フィーリップの話は好きな分野の話だった。

無学だった今世のカタリーナとは違い、前世の彼女は、革命組織を立ち上げる前までは魔法好きの文学少女だった。

楽しげに話す文学青年としてのフィーリップにカタリーナは親近感を覚え、彼との文学談義に楽しさを感じる。


「オットマーもダニーも、みな家に縛られて、家のために私の味方をしてくれている。

だが、君は違う。

自ら家のしがらみから抜け出て、何のしがらみもなく私を助けてくれている。

本当に、君みたいな人は初めてだ」


酒が進むことで話題が何度も変わり、今はカタリーナについての話になっている。


「それに、君は私にとって特別だ」


(えっ!?)


カタリーナは目を見開く。


周囲ではただ一人、カタリーナだけが家とは関係なくフィーリップに味方している。

「だから」カタリーナは特別だ、というのなら分かる。

しかし接続詞は「それに」だった。

また別に、特別と考える理由があるという意味になってしまう。


なぜ特別なのかを、尋ねることはできなかった。

カタリーナが驚いているうちに、会話は進んでしまった。


会話を戻して尋ねることも、カタリーナにはできなかった。

そんなことをしたら、意識していることをフィーリップに気付かれてしまう。


カタリーナは、前世で純潔を貫き通した気高く清らかな女性だ。

恋に不慣れな彼女に、そんなことをする勇気はなかった。


カタリーナは急に、すぐ隣にいる男性のきらめくような美貌を意識し始めてしまう。

中性的な顔立ちでありながらも、彼はやはり男性だった。

その目付きには、女性特有のたおやかさはない。

いかにも男性らしい、涼やかで鋭いものだった。

肩幅も広く、杯を持つ手も筋肉質で、いたるところに男性の色気が漂っている。

同じソファに座る彼との距離が、急に近すぎるように感じてしまう。


突然跳ねるようになった胸を落ち着かせるため、カタリーナは酒を勢い良く何杯か飲み干す。

そんなことをしたので、カタリーナも口が軽くなる。


気付けば、ぽつり、ぽつり、と家族になることを渇望した人たちに対する複雑な真情を吐露してしまっていた。

カタリーナの話を、フィーリップは寄り添うように聞いた。




「いろいろとお話ししてしまいましたけれど、方針を変えるつもりはありませんわ。

王国の安寧の障害となるあの家を、わたくしは取り除こうと思っていますの」


話して少し気が楽になったカタリーナは、フィーリップが誤解しないようにそう付け加えた。


「そうしなくてはならないからと言って、それを心から望んでいるというわけでもないだろう。

……つらかったのだな」


フィーリップは、カタリーナの頭をぽんぽんと叩く


(ええっ!?

へ、陛下は、酔っているのよね!?)


これまでフィーリップからされたことのない行為に、カタリーナはまた鼓動が高まってしまう。


「も……もしかして、陛下も似たようなご経験を?」


酒の勢いと動揺で、カタリーナは突っ込んだ質問をしてしまう。


話を聞いてくれたときのフィーリップの表情は、まるでカタリーナの心情を深く理解しているようだった。

彼も似たような経験をしている、そうとしか思えなかった。


「そうだな。

私がしたことは、似たようなことかもしれないな。

乳母であり教師でもあったエルマイザー夫人を、私は切り捨てた。

それが夫人の破滅につながると分かっていながら、だ」


ああ、とカタリーナは納得した。

両親を早くに亡くしたフィーリップにとって、エルマイザー夫人は母親代わりの人だったはずだ。

そんな彼女は、ゼッキンゲン夫人がマルガレーテにしたように、自分の意のままに操れる王にするべくフィーリップを教育した。

酷いだったのだろうが、それでもだ。

彼女に対する想いは、カタリーナのそれと同様に複雑極まりないものだったはずだ。


(陛下も、わたくしと同類なのね……)


「それに、私は国王だ。

孤独の苦しみなら、よく知っているつもりだ」


「そうでしたわね……」


幼くして天涯孤独となった王は、ずっと一人、王宮で奮闘し続けてきた。

孤独の苦しみを、知らないはずがなかった。


(今日の陛下は妙に優しいけれど、きっとご自分も孤独で苦しんだからね。

ハッツフェルト家と決定的に決裂して寄る辺が無くなったわたくしを、ご自分と重ねて同情してしまったのね……)


そう考えたカタリーナは、改めてフィーリップに同情してしまう。

前世では、カタリーナも国の主だった。

しかし前世のカタリーナには、支えてくれる戦友たちがいた。


長く続いた戦争で、彼らは何度もカタリーナのために命を賭し、自らの剣と血によって鋼鉄の忠義を証明して見せてくれた。

そんな彼らだから、カタリーナは無条件に信頼できた。


しかしフィーリップには、そんな存在はいない。

生涯独身だった前世のカタリーナより、既婚者の彼の方がずっと孤独だ。


「それでは、陛下が孤独で苦しまれないように、これからはわたくしが力を尽くしますわ」


「な、なに!?」


フィーリップは、目を見開いて固まる。

単にカタリーナが突拍子もないことを言い出したから、そこまで驚いたのではない。


酒を飲み慣れていない今の体で、カタリーナは今日かなりの酒量を飲んでいる。

そのせいでカタリーナの表情にも隙が増え、素の感情が見え隠れするようになっている。

日夜、貴族たちと腹の探り合いをするフィーリップなら、そんな彼女の本心なんて容易に読み取れた。


何かの策略でも、自らの利益のためでもないことは、明らかだった。

驚いたことに、本心からフィーリップを思い遣っていた。


(戸惑うのも当然よね。

誰にも頼らず、誰も信用せずに、これまで生きて来たんですもの。

陛下にとっては、それが当たり前のことなはずだわ)


「ご心配なく。

陛下は人を信頼されない方だって、十分に存じていますわ。

わたくしが一方的に信頼するだけですから、陛下はこれまで通り、わたくしを信頼されなくても大丈夫ですわ」


「なんだと!?」


フィーリップは、人として大切なものが欠けている。

だが、彼の孤独を誰かが癒やしてしまえば、それも変わるのではないだろうか。


フィーリップとカタリーナとマルガレーテ、この三人家族の家庭は、完全な崩壊状態だ。

しかし、もしフィーリップの心が癒やされたなら、少しずつでもそれが修復できて、フィーリップとマルガレーテの関係も良い方向に変わるのではないだろうか。


そう考えたカタリーナは、希望の光が未来に差したように思えた。

それが嬉しくて、くすりと笑う。


一方、駆け引きのない思い遣りの言葉がフィーリップにどれほどの衝撃を与えたのかについて、カタリーナは考えもしなかった。

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