序 有翼人の日常(二)
私は純白の羽根を持つ少年の服に釘付けになった。身体にぴったりと沿う細身の仕上がりで、きちんと羽が出ているけれど背はどこも露出していない。
だが羽が出ていること同じくらい驚いたのはそのお洒落さだ。
地模様が薄っすらと煌めく黄色い生地に黄金の刺繍。縁取る緑の生地も煌めいているが、決して下品ではない。
しかし不思議な形状だった。肩や脇にやたらと釦が付いている。
前身頃と後身頃で生地が異なり、後身頃はとても薄い生地のようだった。
「異素材だわ。それも違和感の生まれない絶妙な組み合わせ。釦は多いけど服本体に柄が無いから全体を引き締める役割になってる。すごくお洒落……」
手芸に興味はないけれど、続けていれば服飾に関する知識だけは増えていた。
見たこともない形状と高級な生地、蓮の花すら大変な私では到底作れないであろう繊細な刺繍――私は純白の羽の少年の全てに心を奪われた。
思わず純白の羽根を持つ少年に手を伸ばしたが、少年は抱っこして貰っていた腕からぴょんと飛び降りると元気いっぱいに走り出す。
その顔は柔らかそうなぷくぷくの頬をしていて、表情は羽よりも眩い笑顔だった。
とても愛らしくて、幸せいっぱいと言わんばかりの笑顔は私なんかが声をかけて良い存在ではなかった。
美しい羽に駆ける脚。お洒落な服に軽々抱いてくれる人もいる。
天使のような有翼人の少年に全てを奪われたような気がして、杖を握る手から力が抜け転ぶように座り込んだ。その拍子にがりっと小石が頬を抉った。
血が流れている感触がしたけれど拭う気力もなくて、私はしばらく地に這いつくばっていた。いつものことだ。これが私の日常だ。
頭が真っ白になっていると、視界が暗くなった。地を見つめる視界の隅に誰かの足が見える。
「おい、あんた。大丈夫か」
男の声がした。見上げると、そこにいたのは美しい顔立ちをした青年だった。背が高く体つきもがっしりとして、さぞ優雅な生活をしているに違いない。
それに、背に羽が無いということは有翼人ではない。私とは違う。
「血が出てるぞ。顔色も悪いが大丈夫か?」
無様な姿を憐れんでくれたのか、青年は手を差し伸べてくれていた。
立つだけでも重労働な私にとって、支えてくれるのはとても有難い助けだ。けれど哀れみの手に縋りたくないという自尊心だけは、滑稽にも未だに残っている。
「立つくらい自分でできます。放っておいてください」
私は青年が差し伸べてくれた手を無視し、杖を頼りになんとか一人で家に戻った。
汚れた羽を叩いてから床に広げて、その上にごろりと転がった。敷布団を必要としないことだけがこの薄汚れた羽の利点だ。
有翼人は皆こうだが、あのお洒落な少年もこんな眠り方をするのだろうか。
「きっとふかふかの布団で眠るんでしょうね。あんなお洒落な服、絶対お金持ちよ」
薄暗い部屋では思考が鈍る。醜い嫌味を念じるしかできない自分が愚かなことは分かっていた。
それでも瞼を閉じれば純白の羽根を持つお洒落な少年の姿が脳裏に浮かんでくる。
有翼人が欲しいものを全て持っていた。羨ましくてたまらない。
――ああ、そうか。あれは幻だったんだ。私の理想を形にした幻影。誰も手に入れられない憧れ。
そう言い聞かせて私は天井を見つめた。
私は疲れていた。ひどく、ひどく疲れていた。
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