第二十一話 宮廷侍女(二)
「それで、何をすればいいのかしら」
「あ、は、はい。まずは下働きの皆様について意見交換を」
「意見? ご冗談を。型紙通り作るだけですよ、私たちは」
「え?」
「型紙を下さいませ。その通りに作りますので」
「でも下働きの皆様がお仕事にどんな気持ちでいらっしゃるか、その要望を知らないと適切な服作りは」
「だから、それはあなたがやることで、私たちがやるのは縫製だけ。分かった? もう一度言いましょうか?」
「……まったくご協力いただけないということでしょうか」
またも侍女の皆様はため息を吐いて、ずいっと一人の女性が前に出てきた。
一人だけ宝石を付けているけど、偉い人……なんでしょうね……
「もう一度言うからしっかりお聞きなさい。私たちがやるのは縫製だけ。型紙を下さいな。か・た・が・み」
宝石を付けた方は私にもよく分かるようにゆっくりと、嫌味たっぷりにそう言った。
私は震える拳を押さえつけた。
「……では下働きの皆様をご紹介いただけますか。私が聞いてまいります」
「紹介? いやだ。私たちがそんな者と親しいわけがないでしょう」
「個人的な紹介ではなく居場所を」
「知りませんわ。あれは孤児難民と生活に困る庶民という卑しい者たち。私たちとは違うんです」
それはつまり、私のことだ。
拳の震えはもう押さえられないほどになった。けれどそれを察したのか、星宇さんが私を背に隠してくれた。星宇さんは私とは違いにこりと美しく微笑んでいる。
「準備が悪く申し訳ございません。明日以降用意ができ次第ご相談に上がりますので、皆様は通常業務へお戻り頂いて問題ございません」
「あらそう」
星宇さんは侍女の皆様がなさっていたような礼儀作法とやらに敵った挨拶をし、彼女たちはぶつぶつ言いながら部屋を出て行った。
*
「何だあいつら!」
「おお。あんたもそういう言葉使うんだな」
「はっ……」
私は自分が口汚く叫んでいたことに今更気付いてふうふうと呼吸を落ち着かせ、星宇さんに促されるまま椅子に座った。
「どういうことなんですか、あれ! 護栄様直接のご命令ですよ!?」
「簡単なことだ。彼女達は『先代皇派』なんだ」
「へ? 何ですかそれ」
「派閥だよ。天藍様とその軍師だった護栄様はこの国の救世主だが、先代皇を敬愛している者にすれば簒奪者。虎視眈々と失脚を狙ってる。今回俺たちが失敗すれば護栄様の失態となり痛い目を見せることができるってわけだ」
「……はあ?」
蛍宮は戦乱の国とも呼ばれる。
先代皇宋睿は悪政で国民を虐げたが、その宋睿もかつては先々代皇の悪政から国民を救った人だった。ここ三代の間で本来の皇族はいなくなり、頂点に立つのは簒奪者だ。
でも現皇太子天藍様は素晴らしい方だわ。有翼人にも優しいし貧しい人には配給を与えてくれる。下働きの求人も、何の技術も無くて良いということだったから多くの生活困窮者が集まり職を得たのだ。
だが先代皇宋睿はこの真逆だった。完全に獣人優位で、獣人の中でも肉食獣人が上位に立つ。草食や人間の愛玩動物となる種は低く見られた。獣人に従う人間は取り立てるけど、従わなければ有翼人ともども迫害の対象とする。その迫害をするためともいえる政策のための増税が繰り返された結果貧困層が拡大し、次第にそれは獣人の生活をも脅かした。だから天藍様に付く国民も多かったのだ。
それでも先代皇宋睿の治世を良しとする獣人、特に肉食獣人は未だにその時代を求める者も多いという。
「そんなことをまだやってるんですか? 天藍様の宮廷で?」
「馬鹿らしいか? けど政治ってのはこういうもんなんだ」
「じゃあどうすればいいんですか? 下働きの服作りはともかく、饗宴用衣装は私と星宇さんだけで作れる量じゃないですよ」
「そうだな。つまり護栄様は俺たちの技量を図ってるんだ」
「技量?」
「護栄様の目的は明恭だけじゃないってことさ。問題無い。やってやろう」
私は相変わらず星宇さんの考えは分からなかった。でも星宇さんはいつも通り妖しく微笑み、それさえあれば侍女の嫌味など吹き飛ぶようだった。
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