第二十一話 宮廷侍女(一)
ついに宮廷へご挨拶にうかがう日がやって来た。
立珂様の新作を着て来てよかった。普段着なんて無礼だと叩きだされるわ。
宮廷は内装も調度品も一級だった。規定服も煌びやかで、さすが立珂様が手掛けただけあって有翼人は羽を出しつつも背中はまったく露出していない。
そんな眩い世界で私はあきらかに場違いだったけれど、侍女の皆様を前にしたらここにいることが恥ずかしくなった。
皆様とっても美しいわ。肌はきめ細やかで陶器のよう。髪は艶やかで輝いていて、一筋の乱れも無く結い上げられている。髪飾りや装飾品はどれも煌めき、まるで物語に登場する天女様のようだった。
ほうっと見惚れていると、護栄様が一人の女性を前に呼び寄せた。
「こちらが今回の責任者、
「莉雹で御座います」
「こちらが『朱莉有翼人服店』の朱莉さんと星宇さんです」
「朱莉です。よろしくお願い致します」
「星宇です」
ぱっと頭を下げてすぐに上を向いたけれど、莉雹様はお腹の前でそっと手を重ねて浅く頭を下げ、ゆっくりと優雅で指先まで洗練された所作は見惚れるばかりだった。
ご挨拶ひとつとっても庶民の私とは違う。本当に、全然違う……
ごくりと息を呑んだけれど、そんな私の焦りなど気にもせず護栄様は侍女の皆様へ向き合った。
「先日発表した通り、下働きの新たな制服と饗宴に参加する有翼人の服を作って頂きます。皆は下働きの規定服で朱莉さんの方針と技術を身に着け、その後饗宴用衣装を作って下さい。短期間で相当な点数となるので手際よくお願いします」
私は軽率に引き受けてしまったけれど、その点数はすさまじく、なんと計八十着しかも重複は不可だという。重複が許されるのは色違い、それも立珂様の構造に基づき複数の組み合わせであると分かる場合のみ。つまり色違いを何人もが着ていてはいけないということだった。理由はもちろん、多数の職人が多数制作していると思わせるためだ。
でも日程はかなり厳しい。下働きの制服製作に使えるのはたったの五日。饗宴の八十着にはたったの三十日……
侍女の皆様はたくさんいらっしゃるけど、問題は全員が常にいるわけでは無いというところだ。全員と議論できるのは全日程通して初日のみ。随時個別には可能だけど、各自の技術を確認することは無理と言っていい。
つまり一組織としての共通意識はもてないということ。協力して作るのではなく、協力せずに作らなくてはいけない。
二、三種類を数着かと思ってたけどこれは厳しい……
私の手は震えた。こんなの本当にできるのだろうか。
「落ち着け。今日は双方を知り明日以降のことは帰ってから考えよう」
「は、はい。そうですね」
私と違い星宇さんは平然としていた。それだけが私の拠り所だった。
*
護栄様は莉雹様と細かな打ち合わせをすると言って退出なさり、私と星宇さんは侍女の皆様と交流をすることとなった。
「改めてよろしくお願い致します。短い期間ではありますが、良い服作りができればと思います!」
私は緊張しながらも笑顔を作り声を張ったけれど、侍女の皆様はため息を吐いた。
「あなた、まるで礼儀作法がなっていませんね」
「え?」
「挨拶は両手を顔の前で組み腰から上半身を下げなさい。それと声を張り上げて喋らないこと。みっともない」
「は、はあ……」
「何ですその生返事は。下働きだってもう少しましな返事をしますよ」
「宮廷へ上がる以上、最低限の礼儀作法は身に着けてくるものです。一緒に過ごさねばならない私たちが恥をかくでしょうに」
「ああ、だから接客には美月お嬢様がお出ましになるのね。最後まで責任を果たせないなんて情けないこと」
……は?
場違いなのは分かっていた。でも宮廷での礼儀作法なんて庶民は知らないし学ぶ場だってない。
事前に護栄様や立珂様に聞いておくべきだったかもしれないけど、そんな嫌な言い方する必要ある?
私は何も返すことができずぽかんと立ち尽くした。そして侍女の皆様は肩を大きく上下させ、聞こえるほど大きなため息を吐いた。
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