第二十話 宰相護栄の試練(二)
「明恭への見栄ですね。それなら彼女が適役だ。いや、薄珂様が適役に仕立て上げたと言うべきか」
「よく見ていますね。どうりで薄珂を警戒するわけだ」
「……えっと、ごめんなさい。話が全然分からないんですけど、見栄ってなんでしょう。立珂様ならともかく私じゃ何の見栄にもなりません」
「それは違う話になるんだ。立珂様の服は国内でどれくらいが持っていると思う?」
「有翼人の一部だと思いますよ。入店できるのは日に数十名ですから」
「そうだ。つまり流通してないんだ。そんな状態で明恭の要人を迎えれば『凄いのは立珂様一人だけか』と侮られる」
「そうなるとまずいですか?」
「まずいな。明恭は世界最大の軍事国家で蛍宮の軍事力は足元にも及ばない。毎度面倒な交易などせず征服し服従させればいい」
「そ、そのために戦争をする、ってことですか?」
「極端に言えばそうだ。だが手間と犠牲が多すぎる。ならば根源を手に入れればいい。例えば立珂様を明恭に連れて行けばいいじゃないか、とか。愛憐皇女とご友人というのも明恭が立珂様を取り込む算段の一手だったはず」
「その通り。失敗に終わりましたが」
「う?」
護栄様が視線を向けた立珂様はこてんと首を傾げた。可愛い。私も可愛く首を傾げたい。
「ならもういいんじゃないですか?」
「よくない。目先を乗り越えただけで足をすくわれる現状であることに変わりはないんだ。ならば『多数の職人が独自の発展をさせている』と見せ付け『立珂様一人を抑えても意味がない』と思わせる。となれば明恭は護栄様のご機嫌取りをしなければいけなくなる。そうでしょう」
「正解です。その為にも饗宴の衣装類は立珂殿以外の方で成功させる必要があります」
「それで私に……」
分かったような分からないような。
最初の方に終わった話はもう分からなくなってしまった。
「では本題に戻らせていただく。契約はどなた名義になりますか」
「こちらの希望としては宮廷と直。ですが助力を願う立場ですのでそちらの意見を尊重しますよ」
私は黙って星宇さんを見た。護栄様も最早私のことなど見ていない。
「直はお受けできません。こちらの代表は『蒼玉』暁明殿にお願いしたい。それができないならお断りいたします」
「ほお……」
「え、な、何でですか?」
「話が大きすぎるからだ。君の服で失礼があり責任者に罰を与えるとなったらどうする? 首が飛ぶぞ。明恭に来いと言われたら? 凍死の可能性がある明恭にだ」
「……困ります」
「そうだ。だが暁明殿ならそうはならない。それと、接客が必要な場合は美月に頼みたい。庶民の俺たちは宮廷で通用する礼儀作法など見についていない。付け焼き刃で前面に出るなど無礼にあたる」
「もちろん構いませんよ。ただ朱莉さんに申し訳ない。あなたの名声になるはずのものが一つも手に入らないことになる」
「はあ。それは別に……」
「いりませんか」
「名声があると良いんですか?」
「気分が良くなる奴は多いな」
「星宇さんがいらないなら私はいりません。有翼人の皆が心地良く過ごせるならそれで」
「星宇殿は?」
「彼女が良いなら良い。ただし、暁明殿と美月が断るのならお受けできません」
「大丈夫。暁明さんと美月には俺が了承もらってるよ」
「でしょうね。これはあなたのやり方を参考にさせて頂きました」
「だから偶然だって」
「おや。あなたのどの方法を参考にしたかと言っておりませんが? 参考にされるような方法をなさったことがあるんですね」
「おー……」
星宇さんは薄珂様見てにやりと笑った。薄珂様は面食らったようで、護栄様はくっと笑いをこらえている。
薄珂様のやり方ってなに? ……っていうのは後で聞いておこう。
「素晴らしい。お二人とも理想通りの回答でした。いえ、それ以上だ」
「わざわざ試して下さったんですか。光栄です」
確かにここまでの話は対等な議論じゃなくて護栄様の質問に星宇さんが答えた状況だ。
きっと任せるに値するかを試されたんだ。最初に引き受けると即答していたらこの依頼は撤回されていたかもしれない。
「では詳しいことは薄珂と立珂殿からご案内します。二人と相談して下さい」
「はーい! 朱莉ちゃん! 一緒に頑張ろうね!」
「はい! よろしくお願いします!」
立珂様はぎゅうっと私に抱き着いてくれた。可愛いしかない。
でも星宇さんと護栄様と薄珂様は――……
「星宇さんもよろしく」
「ご一緒できて光栄です。よろしくお願いいたします」
「宮廷へ出仕する気になったらいつでも言ってください」
「大変光栄でございます。そんな日があれば是非」
不穏だ。
う? ときょときょとしている立珂様だけが癒しだった。
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