第二十話 宰相護栄の試練(一)
私は皆様を打ち合わせ用に使っている部屋へご案内をした。
といっても私と星宇さんが商品開発の相談をしたり帳簿を確認する場所で、応接室のような名を付けられる立派な場所ではない。
そんなところへお連れするのは申し訳なかったけれど、宰相様にご満足いただけるような部屋はここにはない。お怒りになられても仕方ないと思ったけれど、宰相様は何も言わずに使い込んでいる椅子へと腰かけて下さった。
「突然申し訳ありません」
「いいえ。どういった御用でしょうか」
「あなたの服を下働きの規定服にしたいと思っています。これの開発をお願いしたい」
「え!? 本当ですか!?」
「ええ。彼等は肉体労働や国民と直接触れ合う業務が多い。堅苦しい規定服より国民と同じ目線に立てる普段着が好ましいのです。実際下働きから多く要望があり、早急に取り掛かりたいと思っています。受けて頂けますか」
「大変光栄で御座います。もちろ」
「お待ちください。契約はどなたの名義でしょう。それによってはお受けいたしかねる場合もございます」
「星宇さん!?」
私は前のめりに二つ返事で頷こうとしたけれど、星宇さんが下がれとでも言うかのように私の前に手をかざした。
「ほお。どこに問題が?」
「これは彼女の身と生活の安全が保証されない。そこを担保する契約が絶対条件です」
「服を作るだけなのに危険なんてないですよ」
「目的が本当に『下働きの服』ならな」
「え? 他に目的があるんですか?」
「ある。絶対にある」
「それは具体的にどんな? 何故そう思われるのです?」
無礼だと怒鳴られてもいいような悪態だと思ったけれど、宰相様――護栄様は面白いものを見つけたかとでもいうようににやりと微笑んだ。
この妖しい表情は星宇さんと似てる……
「何故もなにも、依頼先がおかしいでしょう。下働きとはいえ宮廷職員。依頼先は歴代宮廷規定服を手掛ける『蒼玉』であるべきだ。彼女は暁明殿の紹介で瑠璃宮品評会へ出た。なのに暁明殿を通さないなんて彼の面子を潰すに等しい。これは暁明殿を通じて彼女に協力を仰ぐのが筋というもの。それに立珂様だっている。立珂様に普段着を意識していただけばいいだけではありませんか。どう考えても彼女は必要ない」
「ふむ。着眼点は良いですね」
「……何よりこの程度のことに護栄様がいらっしゃる必要などない。ただし、政治絡みなら別です」
「せ、政治?」
「君の服は侍女も支持をしているそうだ。つまり宮廷の多くが君を必要としている。運が良いと思わないか?」
「思いますけど、駄目なんですか?」
「政治に運も偶然も無いんだよ。何か目的があって宮廷内で君の利用価値を高めてるんだ。そこを包み隠さずお教え下さい。全て!」
星宇さんの言ったことの意味はよく分からなかった。けれどひどく怒っているのはびりびりと伝わってくる。
これはそんな大変なことなのかしら。
そして、火に油を注ぐかのように薄珂様が嬉しそうに笑い護栄様の袖をつんと突いた。
「ね。良いでしょ」
「素晴らしい。あなた宮廷で働きませんか」
「申し訳ございませんが腹黒い者とは手を組まないことにしております」
「し、星宇さん!」
明らかに失礼な発言に私は焦ったけれど、護栄様はくくっと面白そうに笑っている。
「これほど頼もしい方がいるのなら私も安心してお任せできる」
「まだ引き受けておりませんが」
「これは失礼。では詳細をご説明します。もうじき某国の皇子と皇女をお招きする大々的な饗宴があります。これに参加する有翼人国民の服を作って欲しい」
「皇子と皇女!? 私が!? 立珂様がおられるではありませんか!」
「立珂殿は皇女殿下へ贈り物として用意いたします。なのでその他大勢を同列にするわけにはいかないんです」
「あ、ああ、それはそうですね。それなら」
「私は『全て』と申し上げたはずですが」
「え?」
それならいいかも、と言いそうになったけれど星宇さんはまたぎろりと護栄様を睨み付けた。
な、何だろう。どうしよう。
私は助けを求めて立珂様を見たけれど、何も言わずにっこりと笑って手を振ってくれた。
可愛いけどそうじゃない……
「あなたの思う『全て』とは何です? 試しに言ってみてください」
「……明恭との外交で主導権を握ること」
「理由は?」
「薄珂様と立珂様を介して羽根を集めておられますね。これは明恭の命綱を握るためだ」
「何故そうだと?」
「明恭は多数の凍死者が出るほどの極寒。防寒と保温は死活問題です。だから現明恭皇公吠――いや、第一皇子の麗亜様でしょうね。彼は有翼人の羽根の活用を考えた。羽の保温効果は有翼人自身が一番よく知っているだろう」
星宇さんは私を見た。
羽は保温どころか暑いくらいで……
「あ! 羽根で防寒具を作るんですね!」
「そうだ。羽根の大量納品は確実に明恭の首根っこを掴める。饗宴はそのためですね」
「素晴らしい。余すところなく正解です。饗宴の相手は麗亜殿と愛憐姫」
「愛憐ちゃんはお友達なの!」
護栄様はぱちぱちと拍手をした。私なら宰相様に認められたと飛び跳ねるけど、星宇さんはどうも苛立っているようだった。
それに私はまだよく分からないことがある。
「呑み込みが悪く申し訳ないのですが、それで何故私に? 庶民の品など高貴な方はお怒りになられるでしょう。星宇の言うとおり蒼玉ご当主と立珂様でなさるべきかと存じます」
「大丈夫だよ! 僕と侍女のみんなでお手伝いするから!」
「ということなのでご安心を」
「それなら侍女の皆様だけでお作り頂ければ良いのではないでしょうか。立珂様の服に比べれば簡単な構造です」
「ええ。それでも貴女が良いんです」
だからそれが何でかって聞いてるんだけど……
そんな風に言い返す度胸は私には無いけれど、星宇さんは頷いている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます