第十九話 薄珂の思惑(二)

「どうです、うちの商品は。庶民らしいお洒落を提供できているでしょう」

「うん。宮廷侍女の間で朱莉さんの服を持ってる人は多いよ」

「侍女? 侍女がですか。へえ。それは良いことを聞いた」


 星宇さんはにやりと妖しい笑みを浮かべた。

 ……今の会話で大事なのはどの服が人気かじゃなくて侍女が持ってることなんだ。

 俺なら何が人気かを知りたいけどな。どんな商品を増やせば良いかを考えられるし。何で普段着を売るこの店で侍女が重要なんだろう。 


「あなたも宮廷のお洒落に興味あるの? でもここの服じゃ男性はお洒落できないでしょ」

「だから何です? 宮廷人と違い国民はお洒落着で外出するのはほんの数回。こうした普段着が快適であることの方がよっぽど大事。それに要望があれば男性用を特注で作っているので顧客の二割は男性です。それにお洒落も考えられています。この織物生地を使った肌着は大変な人気です」

「あ、ご、ごめん。馬鹿にしたわけじゃないよ。俺自身お洒落しないから詳しいなら立珂とお喋りしてやってほしいと思っただけ」

「そんな洒落た服を着ておいて? 説得力がありませんよ」

「俺の服は立珂が決めてるんだよ。お揃いだからね、俺たちは。店だって立珂の趣味の延長でやってるだけ」

「ですが経営はあなたがなさってるんでしょう」

「経営っていうのかな。羽根を護栄様へ渡せばいいから赤字も黒字も無いんだよ」

「宰相殿の外交を一部担うほどならばそうでしょうね。もしや明恭とも直接ご縁が?」

「え? 何で明恭?」

「何でも何も、売上度外視で羽根を必要とするなんてそれしかないでしょう」


 ……凄いな。そこまで分かってるんだ。

 『りっかのおみせ』の目的は二つあった。一つは立珂を幸せにすること。もう一つが明恭へ輸出する羽根を確保することだ。

 極寒で凍死も日常的な明恭において、高い保温効果を発揮する有翼人の羽根の防寒具は命綱だ。そして有翼人の多い蛍宮では最高の外交材料といえる。

 だが宮廷は羽根を確保するのが難しいという。先代皇宋睿は有翼人を嫌い「有翼人狩り」という虐殺を行った。これを現皇太子天藍が討ち今の蛍宮があるわけだけど、その天藍率いる宮廷が『羽根をくれ』というのは有翼人狩りを彷彿とさせる。有翼人狩りからまだ五年しか経っていない状況でそれは難しいということだった。

 そこで俺が考えたのは、立珂の店の売買は現金ではなく羽根と交換するだった。しかも「有翼人に健康的なお洒落を楽しんで欲しいから」という純粋な愛情で行うので印象が良く、これこそ宮廷の望んだことだった。これを宮廷後援で行うことで「皇太子殿下はなんとお優しい方だろう」となり、店の拡大は宮廷の望むこととなった。だから生産も経営も補助してくれて、立珂は金に糸目を付けず服を作ることができる。

 つまりは利益を求める商売ではなく政治の一環だ。だから商人や経営者はこれには気付かない。羽根交換を不思議に思う人は多いけど、廃棄物の羽根でお洒落な服が貰える有難いできごとでしかない。

 商売も経営もできて政治的背景にも目が届く人はそう多くない。目が届いても経営を優先する人はあえて目を背けるものだ。響玄先生はまさにそうだった。

 でも彼は利用価値を感じている。侍女に好評だという事実に興味をもったのはその証拠といっていい。この人は本当に凄いかもしれない。俺はじっと星宇さんを見つめた。


「何か?」

「護栄様が欲しがりそうな人材だなと思って」

「宰相殿が? それは光栄です。でも私は彼女の元を離れる気はありません」


 面白いなこの人。護栄様に食いつかない人は初めてだ。

 護栄様は蛍宮の政治の要。最高権力者と言ってもいい。取り入ろうとする人はいても興味の無い人などまずいない。少なくとも金銭にこだわり商売の拡大を狙う人だったらここで言うのは「ぜひ紹介して下さい」だ。

 もう少し話をしてみたかったけど、ふいに朱莉さんがぱたぱたと寄って来た。


「薄珂様。そろそろ閉店の時間なんですが、まだ何かご用意しますか?」

「あ、ううん。もう帰るよ。今度は立珂と一緒に来るね」

「はい! ぜひ!」

「お待ちしております」


 歓迎の言葉を言いつつも、彼の眼は鋭く光り俺を睨んでいる。

 ……何でそんな警戒するんだろう。

 俺は店を出ようと扉へ向かおうとしたけど、その時扉が開いた。閉店まで客が絶えないのは凄いことだ――と思ったけど、やって来たのは客ではなかった。


「薄珂だ! 薄珂、薄珂!」

「立珂! どうしたんだ? って、あれ?」


 立珂がぴょんと飛びついて来たので抱き上げたけど、その後ろにはまだ誰かいた。


「護栄様?」

「おや。何をしてるんです」

「こっちの台詞だよ。どういう組み合わせ?」

「それはもちろん、彼女に相談があって」


 護栄様はちらりと朱莉さんを見た。朱莉さんと星宇さんは二人で目を向いて驚き、何故か星宇さんは護栄様から守るように朱莉さんを背に隠している。

 敵味方の判断が正しいな。


「し、星宇さん」

「取って食ったりしませんよ」

「どうして宰相殿自ら……」


 何で星宇さんてこんな警戒心強いんだろ。何もしてないのに。


「宰相というのは正式な役職名ではないので名で呼んで下さい。朱莉さんも」

「しょ、承知致しました」

「お忙しいところ申し訳ないのですが、少しお時間よろしいでしょうか」

「あ、は、はい。では奥へ」


 朱莉さんはがちがちに緊張していた。これが普通だ。

 でも星宇さんはじっと護栄様を睨んでいる。護栄様に媚びない人は初めてで、彼には悪いけど俺はちょっと面白くなってきていた。

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