第二十二話 真の目的(一)
二日目。侍女の皆様は一人も作業場へはお見えにならなかった。
見捨てられた私と星宇さんは何をしているかというと――
「さすが宮廷。備品の手拭いまで繊細な刺繍がされてるわ」
「ふうん。刺繍の良し悪しなんて分からないな。茉莉はこだわりあるみたいだけど」
「え!? じゃあ私に頼まないで作ってあげたらいいじゃないですか!」
「お、俺がか? やったこともない俺よりあんたが作る方が良いだろう」
「練習次第ですよ。それにお兄ちゃんが作ってくれるっていうだけで嬉しいものです」
「……そういうものか」
「そういうものです。ちょっとやってみます?」
私は自前の裁縫箱を手に取り開けた。刺繍の道具を取り出そうとしたけれど、不意に高笑いが聴こえてきた。
この声は……
恐る恐る振り向くと、いたのは予想通り侍女の皆様だった。
「あらあら。早々に諦めたの?」
「宮廷の依頼を放棄して遊ぶなんてどういう神経してるのかしら。さすが庶民だわ」
「こんなことでは饗宴を護栄様にお任せすること自体見直さねばなりませんね」
やっぱり目的は護栄様の失脚なんだ。
くすくすと笑い続け、侍女の皆様はとても楽しそうだった。
私は怒る気力もなかったけど、星宇さんはすっと立ち上がりにこりと微笑んだ。それはいつものような妖しい微笑みではなく、店で女性客を魅了する時の微笑みだ。
この笑い方は本音を隠した上っ面なのよね。慣れてくると星宇さんは意外と分かりやすい。
「下働き用規定服の製造手配は完了しております。皆様のお手は必要御座いませんでした」
「……はあ?」
「饗宴用衣装の考案はまだかかりますが期日には間に合いますのでご安心を」
「嘘をおっしゃらないで。八十着を一日でできるわけが」
「護栄様にはご了承いただいております」
護栄様の名を聞いた途端に侍女の皆様の顔がこわばった。
宮廷の政治関係はよく分からないけど護栄様が凄い人なのはこういう様子を見ればよく分かる。
凄い人といえば責任者の莉雹様って全然お見えにならないわね……
まるでその代わりとでも言わんばかりに宝石で着飾った方はぎろりと星宇さんを睨み付けた。
「……馬鹿なことを。自棄になられては困りますよ」
「困るのはあなた方です」
「ご、護栄様!?」
まるで待ち構えていたかのように現れた護栄様は星宇さんと並び立ち、星宇さんの肩をぽんと叩いた。
「二人は実に優秀でした。あなた方が業務放棄した初日に下働きの要望をまとめ試着も済ませ、納品は明日完了します」
「は? まさか、だってまだ一日ですよ」
「信じられませんか? では朱莉さん、説明を頂けますか」
「は、はい!」
*
突如話を振られて焦った私は一着の服を作業台に広げた。
これは私の店で最も売れている普段着で、見た目よりも動きやすさと涼しさを追求している。
「下働きの方のご要望は動きやすさと涼しさ。つまり布を巻くだけのような軽量化です」
「布一枚で宮廷を歩くなんて許されませんよ。庶民の日常とは違うのです」
いちいち庶民庶民うるさいわね。
「肌は出ないようにしております。構造は立珂様ご考案の分割式ですが後身頃の構造が異なります。まず肌着を着て衣を着ますが、衣は後身頃を大きくくり抜いています」
「肌着が見えるじゃありませんか! 肌着を見せてはいけないことも分からないのですか!?」
……嫌味言わないと会話できないのかしらこの人。
「もちろん見えても良い生地にしています。でも一番暑い羽の真下は風通しが良いよう、階段状にして隙間を空けています」
一番人気商品になったのはこれが理由だ。
羽の下は軽くて薄い生地を横に細長い長方形にして、上底だけ寄せてひらひらさせている。複数枚を段にして付けていて、その間は台座となる生地をつけていないので風が通るのだ。
ひらひらする生地は肌をくすぐって痒くなるから絶対に嫌だけど、段になっていれば揺れる部分が肌をくすぐることは無い。
「着ているけれど着ていないかのように風が通る。ここだけは上質な生地を使っているので万が一見えても美しいんです」
「しかし随分とだぶついていますわ。みっともない」
「おっしゃるとおりです。ですがこのゆとりが肉体労働に必要なのです。今お召しの服で井戸から水を汲んだり荷物が詰め込まれた重い木箱を運んだりできますか?」
「そ、そんなことはいたしません」
「下働きの仕事は荷運びが主だとのことです。庶民の家事もです。身体を動かす時には服も動いてくれないといけないんです。生地も気配りが必要なお洒落着用ではなく、露店で手に入り気兼ねなく汚せる庶民に馴染みのある生地を用いています」
「つまりは普段着ではありませんか! 宮廷の中を普段着で歩くと!?」
「いいえ。宮廷内へ入る時は現規定服を羽織っていただきます。下働きの業務場所は庭園や離宮、街を含めた野外とうかがいました。宮廷へ入る際は必ず手足を洗うのでそこで羽織ればいい。こうすれば皆様の目に留まる宮廷内の風紀も景観も損なわれません」
「素晴らしい」
護栄様はぱちぱちと拍手をした。これが私を評価したのではなく侍女の皆様への嫌味であることくらいはさすがに分かる。
火に油を注がなくても……
侍女の皆様はまんまと腹を立てたけれど、睨む先は護栄様ではなく私だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます