第七話 新たな販売戦略(二)

「これが試作? 完成品じゃないのか?」

「完成度自体は問題無いです。でも商品にするにはちょっと思ってたのとは違って、ここからまた修正するんです」

「へえ……十分可愛いと思うが……」


 青年はやはり不思議そうに首を傾げている。

 そうよ。見れないわけじゃないわ。形状だってかなりこだわってる。

 裳は全円で取ったのでくるりと回れば大きな円となりふわりと広がる。着ているだけでも大きくうねり、歩くたびに蕾が開くように裾が踊る。

 一番の注目は生地だ。新たに響玄様が仕入れて下さった印刷生地を使っていて、裾に大きな花が描かれていてとても目を引く。私は一目で気に入り、だから糸も妥協せず選びたい。


「製品版とは違いますけど、今日のお土産には使えると思うんです。どうでしょうか」

「え? これ買って構わないのか?」

「差し上げます。製品じゃないのにお代はいただけませんよ」

「だが申し訳ない。試作とはいえあんたの商品だろう」

「うーん。あ、じゃあ感想を教えて下さい! これは気合い入れてて、意見が欲しいと思ってたんです! 開発協力!」


 我ながら良い案だ。成人女性のことは自分の感覚で作れても子供服は意見を貰うしかない。でも有翼人の子供の知り合いがいないので、結局思い込みで作ることになってしまう。

 私は満面の笑みで意気込むと、青年はくすっと笑った。


「ではお言葉に甘えて。必ず感想を持ってくる」

「はい! よろしくお願いします!」

「それと、よければもう一つ協力させてくれないか」

「もう一つ?」

「店。商売にならないだろう」


 青年はくるっと店内を見回して、そこかしこに置いてある完売の札に目をやっている。

 浮かれていたが、予想外の完売で明日の営業ができない問題は解決していない。


「はい……嬉しいけど困ってて……どうしよう……」

「大丈夫だ。問題無い」

「え?」

「商品見本はあるか? 試作品でもいい」

「ありますけど、一着ずつしかないですよ」

「十分だ。貸してくれ」


 青年は自信ありげににやりと笑った。

 私は言われるがままに渡すと、青年は見本品を衣掛けに着せて展示していく。

 そして今度は完売の札を退けて、その代わりに新たな札を作り置いていった。設置された札は『予約販売』だ。


「予約!?」

「そう。再販可能な枚数分だけ札を用意して、客は会計台へ札を持ってくる。こうしておけば商品は無くても売ることができる。客には入荷予定日を教えておいて、その日に受け取りに来てもらえばいいだろう」

「あ、いい! いいですね!」

「問題は支払いだな。現金なら一部前金もできるが、羽根交換はそれができない」

「後で貰うんじゃ駄目なんですか?」

「駄目じゃないが止めた方が良い。増産は予約数と通常販売分になるだろ。それなのに予約分を引き取ってくれなければあんたは大量の在庫を抱えることになる。在庫はあるだけで赤字なんだ。経営上よくない」

「は、はあ」

「まあこれだけ人気なんだ。全額前払いでいいだろう。それが嫌なら通常販売を待ってもらうが、予約で完売したら購入できないと言えば買うさ」

「ああ、そっか」


 青年は商品棚を見て、これは手前の方が良いか、こっちは入り口入ってすぐが良いか、と陳列まで気にし始めた。

 売り方といい、絶対こういう販売してる人よね

 露店が成功したのは彼の助言があったからだ。あれがなければきっと在庫を抱えていただろう。店舗をやろうなんて踏み切ることもなかった。


「あの、もしかしてお店やってるんですか?」

「元隊商だ。今は露店をちょいちょい。最近蛍宮へ越してきたばっかりなんだ」

「もしかして有翼人保護区ですか?」

「ああ。といっても順番待ちだ。今は難民用仮設住宅へ置いてもらってる」


 蛍宮の国土は広い。その中には未開拓の場所も多く、ここに孤児難民に提供する仮設住宅がある。手続きをすれば国籍の無い者も入居可能で、積極的に孤児難民の保護をしているという。食事は宮廷による配給があり、着替えなどの物資も提供してくれる。

 さらには仕事の紹介までしてくれて、見つからなければ宮廷が下働きとして雇ってくれる。

 至れり尽くせりで保護される側は大助かりだけど、一体どうしてここまでやってくれるのかはよく分からない。


「あんたは蛍宮生まれか?」

「いえ。五年くらい前に越して来たんです。有翼人にも優しい国だって聞いて」

「そうだな。他の国よりかなり良い」


 人間と獣人が優位の国は有翼人の入国自体がお断りの場合も少なくない。保護してくれるなんてほぼない。

 こんな良い国があってよかった。立珂様もいらっしゃって自分のお店まで持てるなんて幸せなことばっかりだわ。

 完売でがらんとした店内も幸せだ。私はついふふっと笑い、青年も笑顔を返してくれた。


「俺は星宇しんゆう。あんたは?」

「朱莉といいます。店名は私の名前なんです」

「朱莉か。良い名だ」


 青年は穏やかにふわりと微笑んだ。こんな整った顔をした異性にそんなことを言われると照れくさい。

 私は顔が熱くなるのを感じて、思わずふいっと目を逸らしてしまう。


「今度は妹と来る」

「は、はい。お待ちしてます」


 星宇と名乗った青年は、急遽仕上げた子供服を大事そうに抱えて帰って行った。

 気が付けば閉店時間を過ぎていた。星宇さんが帰った店内を、何故か急に寂しく感じていた。

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