第七話 新たな販売戦略(一)
入店してきた青年は以前街中で立珂様の服について語ってしまい、その後に露店へも来てくれた青年だった。
常連さんというほど営業をしていないけれど、こうして足を運んでもらえるのは嬉しい。
「いらっしゃいませ。露店にも来てくれましたよね」
「ああ。あんたに会うのは四度目だ」
「四度?」
一度は街中でぶつかり二度目は露店、今日は三度目のはずだ。
それ以前は家に引きこもっていたから母以外の人と出会うことなんてなかった。
そういえば最初も私を知ってるようだった……
街中でぶつかった時に「元気そうでよかった」と言われたことを思い出す。てっきり人違いをしているのだろうと思っていたが、この感じからすると本当に会ったことがあるのかも知らない。
でも私は思い出せず首を傾げると、青年にくすっと笑われてしまう。
「転んだ時の怪我は大丈夫か。羽はずいぶん小さくなったようだが」
「怪我?」
青年は自分の頬をとんとんと突いてみせた。
私怪我なんてしたっけ……
家に籠っていたのだから怪我も何もない。しかし羽が小さくなったということは大きかった時に出会っているのだろう。
私は記憶の糸を手繰り寄せ手繰り寄せ、ようやくその場面を思い出した。
立珂様を初めて見かけた日、転んだ私に「大丈夫か」と声をかけてくれた青年がいた。
「あ! あの時の!」
「元気そうだな」
「あああああの時は失礼しました!」
「いや。俺も無神経だった」
私が慌てて何度も頭を下げると、青年はくすくすと面白そうに笑った。
「実はあんたに礼を言いたくて来たんだ」
「お礼?」
「ああ。俺も妹も羽を小さくできるなんて知らなかったんだ。皮膚炎が治まる服も。だがあんたは数日で別人のようになっていた。それで羽を間引くこと知って、立珂様の店で服も揃えた。おかげで妹も別人のように元気になった」
青年は腰を曲げて深く頭を下げてくれた。
「教えてくれて有難う」
「そんな! 顔上げてください! 私も立珂様に教えていただいたんです! 凄いのは立珂様です!」
「もちろん立珂様にも礼は言った。だが知ったのはあんたがきっかけだ。それに露店で買ったのは相当気に入ってほぼ毎日着てるし、羽結い紐は手放せなくなった。感謝してる。本当に」
全て立珂様のおかげで私が何をしたわけじゃないけど、立珂様が与えて下さった幸せは本当に奇跡のようだった。
それが私を通じて広まって、立珂様の服でもっともっと幸せになってくれるならこんな嬉しいことはない。
私の手は震えた。小さな子がこれ以上苦しまず元気でいられるのだと思うと、それは本当に幸せなことだ。
「お役に立てたなら嬉しいです」
青年はにこりと微笑むと、今度はきょろきょろと店内を見回した。
「子供でも着れるものは残ってるか?」
「十歳ですよね。もう全部売れちゃって」
「そうか。遅かったか……」
青年は残念そうに項垂れた。
きっと妹さんが楽しみにしてるのよね。せっかく来てくれたのに……
私は手元に何かないか思い返し、ある物を思い出してぽんっと手を叩いた。
「あ! ちょっと待ってください!」
「ん? ああ」
私は控室に駆け込み、生地が詰め込んである袋と試作品を着せるための布製人形を持ち出した。
人形は成人の寸法と子供の寸法があり、これは子供用だ。そこに作りかけの服をかぶせた。
「それは?」
「新商品の試作品です。まだ作りかけで商品化も決まってないですけど」
店の商品になるまでにはいくつかの過程がある。
私が人形に着せながら試作品を作り、形が決まったら型紙に起こして響玄様がご紹介下さった工場へ試作品を作ってもらう。それを確認して問題無ければ製品化となるが、これは案外すんなりと進まない。
まず私自身が試作を完成させるのに最初は十日ほどでできた。でもそれは何を作っても良い状況だったからで、今後は既存商品と被らず需要のある物を考えなきゃいけない。となると考えるだけでも時間がかかり、既に今十日経って一着もできていない。
材料の問題もある。
南国の薄い生地を使うと決めたのは良かったが、仕入れがとても難しい。常に出入りする隊商が売っていないと私では入手する術がない。響玄様に頼めば探して下さるけど、小売りの隊商と違って卸になるため買わなきゃいけない数量がとても多い。十着分欲しいと言っても最低百着分から、となる。となるとそれを複数商品で使い切る必要があり、保管しておく倉庫も必要だ。それでも使うかどうかも分からないので、結局隊商で賄える範囲でどうにかするしかないのだ。こういった理由で生地選びはかなりの時間がかかる。
生地だけじゃない。糸はそれを上回って大変だ。服は糸を変えるだけで全体の雰囲気が変わるので生地と糸の相性も考える必要がある。複数の生地と糸で試作を繰り返し、決定してから対象を回るが欲しい糸が完売してたらまた選び直しだ。
縫製にも問題がある。試作は手縫いで行うが、細かなところは「手縫いならできるけど工場で機械を使うとできなかった」という場合がある。これはやってみなければ分からない。仮に出来たとしても、手縫いとは仕上がりの精度も違うため印象が全く違ってしまうことも少なくない。
そうなると生地選び糸選びからやり直しで、隊商は入れ替わっていていない場合もある。こうなると私の試作からやり直しで、これが本当に大変だった。
そして今取り出したのは試作品だ。工場で試作して貰ったら私の思っていた印象とはかなり違っていて糸を選び直すことにした。
青年はじっと服を見つめると不思議そうに首を傾げた。
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