第六話 朱莉有翼人服店、開店(二)
それからまたたく間にあらゆることが進んだ。
商品は型紙と試作品を作り、それを響玄様が工場で量産して下さった。一日一着が限界だったのに、数日待っただけで十も二十も納品された。
お店の内装も響玄様が専門家を手配して下さった。私は一般家庭と同じ程度の内装が良いと希望を出し、家具を選んだだけで店舗は完成したのだ。
私は店の前に立ち、扉の上に掲げられた看板を見上げた。看板は木製で、店の名前が黒字で掘られている。
ついに私のお店が始まる。『朱莉有翼人服店』が!
店の名前は『朱莉有翼人服店』になった。これは立珂様が考えて下さった店名だ。
「店の名前?」
「そうよ。店の印象になるから大事よ」
「そうよね。どうしようかな」
「はいはーい! 僕考えてきたよ!」
「考えたって立珂が? 言っておくけど『あかりのおみせ』は駄目よ」
「ふふーん。ちゃんと考えたよ」
立珂様はにんまりと微笑むと、握りしめていた紙をばんっと広げた。
そこにはよろよろの筆跡で『朱莉有翼人服店』と書かれていた。文字の読み書きができない立珂様が一生懸命書いてくれたのだろう。
「朱莉有翼人服店……」
「朱莉ちゃんのお名前と『おみせ』をかっこよくしたの。どうどう?」
「素敵です! 分かりやすいし格好良い! これを私の店名にしてもよろしいんですか!?」
「もちろんだよ! 一緒に有翼人をしあわせにしようね!」
「はいっ!」
立珂様はやったあ、と自分のことのように喜んでくれた。
私のお店。立珂様と同じ志の私のお店。
そう思うだけで期待に満ちて、私は『営業中』の札を掛けた。
営業初日。美月には客が入るまでひと月以上かかるだろうと言われた。
まず、有翼人自身が外出を控えるため知ってもらうこと自体が難しい。食料の買い出しでしか外出しないと考えた場合、その一度で目に留めてもらうしかない。そうなるとこの店舗前を通らない人は知ることがないのだ。
それに発汗が大敵の有翼人は、人間や獣人のように「今日はあっちの方へ行ってみよう」などと動き回ることをしない。
つまりどうしたって知ってもらうことが難しく、人間と獣人が客にならない以上は売り上げなど見込めない。
普通なら経営なんて到底できない。でも響玄様は羽根をくれれば援助すると言ってくださった。最初はこれに甘えていくしかない。
とにかく頑張ろうと決意し、どきどきして客が来るのを待った。
しかし一刻経ちまた一刻経ち、客は一人も来なかった。
お客さんを呼ぶってどうしたらいいんだろう。これならずっと呼びかけていられる露店の方がましな気がする……
窓から行き交う人の姿が見える。誰一人足を止めてはくれず、はあとため息を吐いた。しかしその時、ついにきぃっと扉が開いた。そして女性が店内に入ってきて、確かめるように店内を見回している。
「いらっしゃいませ!」
私が声を張り上げると女性客は驚いたのか、一瞬びくりとした。
し、しまった。気合い入れすぎた。
私はぺこぺこと頭を下げると、女性は上品に微笑んでから傍に展示してあった肌着を手に取ってくれた。
その肌着は子供用、立珂様の分割構造を改良したものだった。着方は立珂様同様組み立てるようにするが、形状が少し違う。
立珂様の肌着はかなり伸縮性のある上質な生地を使った『お洒落な肌着』だ。身頃ごとに分割されていて、全てを留めることでぴったりする仕組みだ。肌が露出しないので女性には必需が高く、これは宮廷が無償で一人につき二枚を配布した。それもあり、今や有翼人の必需品になりつつある。
けれど二枚では洗い替え分しかなく、家事や体を動かす仕事をしていると生地は伸び駄目になる。
そうなれば購入しなくてはいけないが、問題は立珂様の店に行かなければ手に入らないというところにあった。
類似品を作る店はあるが、これがまったくうまくなかった。
その理由は生地だ。立珂様の使う生地が相当な曲者で、本当によく伸びる。異なる生地で形状を真似ただけでは同じ物にならないのだ
そして当然、この生地は高価で街の小売店で扱えるものではなかった。
そこで私はその逆を考えた。伸縮しない生地で分割は最低限で済ませる『雑な肌着』だ。
全体は筒状に縫い合わせた。それを下から履いて、前身頃から伸びた部分を首の後ろで留める。前身頃と縫い合わさっている後身頃は羽から下半分しかなく、だぼだぼとぶら下がっているから釦は無い。
これだけ見るとみっともないけど、上に着る衣から見える部分だけは印刷で柄のある生地を使った。これなら見栄えが良いし、衣を着て帯を付ければ嫌でもぴったりするわ。皴になるけどどうせ肌着だし。
立珂様の肌着に比べれば明らかに質が悪い。着方も適当だ。それでも洗い方が分かる雑に扱って良いというのは庶民にとって最大の利点だ。
初の女性客はまじまじと眺めていたが、手に取ったそれを持って会計台までやって来てくれた。
「これをお願いします」
「有難うございます! お支払いは羽根になさいますか? 現金であれば銅一になります」
「羽根でお願いするわ」
この販売方式は響玄様からご提案頂いた。普通はこんなの成立しないけど、羽根を買い取って下さることになっている。
「畏まりました。ご自宅用ですか? 贈り物ですか?」
「自宅用です。梱包は結構ですわ」
「では袋にお入れしますね」
女性の背に羽は無い。自宅用ということは家族に有翼人の子供がいるのだろう。それはまさに私が届けたい人で、私は嬉しくなった。
そして女性客は店を出て、私はふうっと息をついた。
初めてのお客様だった……
女性客が見ていたあたりは陳列が乱れていた。それを直すのは、客が来た証拠でもある。
それがとても嬉しくて、私は一人でにんまりと笑み震えた。
するとその時、ばたんと扉が開いた。もしやまたお客様が、と思ったが入って来たのは美月だ。
「やっほー。今の
「美星? あ、お友達だったの?」
「友達っていうか、立珂付きの宮廷侍女だよ。響玄さんの娘」
「え!? そうなの!? ど、どうしよう! 私何のおもてなしもしてない!」
「しなくていいわよ。それより展示悪いから直した方がいいわよ。裳の裾が見えないわ」
「本当? どこどこ」
初めてのお客様が知人の縁だというのは、ほんの少しがっかりした。
けれど初日に見に来てくれただけでも有難い。これを見て入ってくれる人もいるかもしれない。
そしてその日はそれ以上客はこなかった。けれど初日に一つ売れたことは励みになり、明日も頑張ろうとその日はぐっすりと眠った。
そして翌日事件は起きた。
のんびりと開店準備をしていたら美月が凄い勢いで店に飛び込んできた。
「朱莉! 朱莉!」
「どうしたの? 今日は『りっかのおみせ』じゃなかったっけ」
「休みもらってきた! だってこれ一人じゃ無理でしょ!」
「え? 何が?」
美月の焦る理由が分からなかったが、外見て外、と引っ張られて扉からひょこっと顔を出し外を見た。
するとそこにはずらりと行列ができていた。ぱっと見ただけではその人数は数えきれず、最後尾がどこなのかも見つけられない。
「え!? なんで!?」
「美星が来たからよ! 天一のお嬢様が買ったらしいぞ! なら立珂様が目を掛けてる店じゃないのか!? って大騒ぎ!」
「嘘でしょ……」
「嘘でも何でもお客さんは来てるんだから! ほら! 私も手伝うから準備して! 在庫、倉庫から全部出すわよ!」
「う、うん!!」
私はみっちりと在庫を並べた。列が長すぎて他の店へ迷惑となっているに気付いた美月はすぐさま整理券を作り入場整理をしてくれた。
立珂様のお店と同じだ。何か嬉しいかも……
いずれは整理券が必要になる繁盛店にできればいいな、それくらい有翼人にとって必要な物を作れたらいいな、と漠然と思っていた。
それが開店二日目で叶うのは嬉しかったけれど、接客の経験値が無い私はてんてこ舞いだった。
そうして一日は目まぐるしく過ぎ、閉店間際になると肌着は子供用数枚が残っただけでほぼ完売だった。普段着の衣も裳も大半が完売で、最後の方のお客様には売る物がほぼないような状態になっていた。
「やっと落ち着いたわね。朱莉、私立珂のとこ行って来るわね」
「うん。有難う。助かった」
「いいってことよ。閉店まで気を抜かないでよ!」
「はーい」
私は立珂様の店を休んでまで手伝ってくれた美月の背に手を合わせて頭を下げた。
しかし明日からどうしよう……まさか閉店するわけにいかないし……
嬉しい悲鳴だがどうするか呆然としていると、再びきいっと扉が開いた。
「もう閉店か?」
「いえ、どうぞ。ただ完売が多くて」
「ああ、やっぱりか。出遅れたな」
入ってきたのは青年だった。羽は無いので有翼人ではないようだ。だがうちに普段着は女性物のみで男性物はないから男性客は珍しい。
しかしその客には見覚えがあり、私は声を上げた。
「あ!」
「どうも」
やって来た客は露店でたくさんの客がくるきっかけを作ってくれたあの青年だった。
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