第六話 朱莉有翼人服店、開店(一)

 暁明さんが『商人の友人を紹介する』と軽く言ってくれた。軽くだ。軽く、とても軽く。

 きっと同じように衣料品店をやっている人だろうなと、私も軽い気持ちで暁明さんに着いて行った。

 どんな人だろう。有翼人かな。

 私は新たな出会いに胸を躍らせていたけれど、到着したお店を見てそんなものは吹き飛んだ。


「こ、ここって……」

「知ってるかい?」

「知ってるも何も! 蛍宮最大の個人商店『天一てんいつ』じゃないですか!」


 ここへ入ろうとしているのだと思うだけでどっと冷や汗が出てきた。

 天一は超一級しか扱わない名店中の名店。庶民にとっては宮廷と同じくらい遠い存在で、手を合わせて拝んでも良いくらいだわ。それがどうして私なんかに……!?

 ご近所さんとお喋りするような感覚でやって来ていたことが愚かしい。

 身の程知らずにもほどがあり震えたけれど、暁明さんは軽く笑いながらさらりと中へ入ってしまった。


「朱莉ちゃん。ほら」


 おいでおいでと手招きをされたけれど私の脚は動かず、結局くすくすと笑う暁明さんに引きずられるようにして店へ入ることとなった。

 絶対に店内の物を壊してはいけない。周辺に何も無い場所でじっとしていようと思っていたが、意外にも店内は簡素だった。硝子扉の棚が一つに会計台が一つ、作業台と思われる大きな机があるだけで商品は何も並んでいない。かろうじて硝子扉の棚に装飾品が並んでいるが値札など立っていない。

 店頭じゃないのかしら。でも看板が掛かってたし……

 商品の陳列がされていないのなら店とは言えないだろう。一体どういうことだろうときょろきょろしていると、かたんと物音がした。


「うちは取り寄せのみだから商品は並べていないんだよ」

「え!?」


 私は声のした方を振り返ると、そこには一人の男性が立っていた。羽がないので人間か獣人だろう。

 歳は暁明さんと同じくらいだろうか。とても品があり、高級店の店主であることは一目瞭然だった。


「そちらが朱莉さんかな」

「はい。朱莉ちゃん。こちらが天一の響玄きょうげん殿だ」

「お初にお目にかかります。朱莉と申します」

「立珂から聞いているよ。私は響玄。天一店主兼、有翼人保護区区長だ」

「有翼人保護区区長!?」


 私の声はひっくり返った。

 蛍宮には二つの保護区がある。獣人保護区と、建設途中の有翼人保護区だ。

 有翼人保護区は世界的に見ても初の試みで、有翼人の生活改善は誰もが着手を嫌がっていることだった。

 その理由は各種族の歴史にあった。まずこの世界の『国』の大半は種族ごとに固まっている。これは種族ごとに本能や生態が違うからだ。

 人間は特筆する本能や特殊な生態は無いが、高い知能で高度な技術を開発し文明を発展させた。しかし彼らは他者への関心が薄い傾向にある。人間内でも『他所は他所うちはうち』で、他種族との共存に積極的ではない。

 対して獣人は獣種ごとに固まる傾向にある。肉食や草食、夜行性など特有の本能があるため他種族や他獣種との共生が難しいのだ。

 そのため人間の国、獣人の国、となってしまうことが多かった。しかし近年人間と獣人が共存する国が増えている。これを成したのはやはり人間だった。人間が獣種の特性を生かした仕事を確立したのだ。腕力や脚力が高い獣種による宅配業は代表的だ。

 しかし有翼人は難しかった。羽があるため肉体労働が難しく、羽根が舞うだろうと飲食店からは嫌がられる。私のように家から出られない者は扶養されるしかないため、総じて生産性に乏しい種族なのだ。

 つまり協力することに利益が無く、人間も獣人も有翼人のために手を尽くそうとはしない。

 そんな中で蛍宮は初めて有翼人の生活向上の取り組みを始めた。獣人保護区はどうしても人間と共生できない本能を持つ者が集まるが、それと同じように有翼人が無理せず過ごせる場所なのだ。今では世界中から有翼人が移住を希望して集まってきている。

 そういえば薄珂様は有翼人保護区作りもなさったとか。そのご縁でご紹介下さったのかしら。でもどうして私に……

 有翼人保護区区長は全有翼人を守る立場にあると言っていい。どう考えても「友人を紹介」なんて軽く話せる相手ではない。

 一体何がどうなっているのか分からず立ち尽くしていると、暁明さんはにこやかに私の背をとんとんと叩いてくれた。


「実はあの印刷生地は響玄殿が下さったんだよ」

「え!? じゃあ凄く高級な品!?」

「あれ自体はね。だが全く売れなかったんだよ。もう廃棄するつもりだったから気にしないでいい」

「あ、有難う御座います。何とお礼を言ったら良いか」

「礼? 礼か」


 響玄様は暁明さんと視線を交わすと、私を見つめてにこりと微笑んだ。


「では店を開いてくれないかな。有翼人専用服の店を」

「店、ですか。それはもちろん目標にしています。でも在庫作りすら私一人じゃままならなくて。お家賃を払うのも難しいですし……」

「分かっている。それは全て私が手配するから心配いらない」

「……え? いえ、そんな、私の我が儘を叶えて頂くなんてとんでもありません」

「これは君の我が儘を叶えるわけじゃない。私からの事業提案だ」

「事業提案?」

「有翼人保護区はまだ未完成。生活必需品の小売店は迅速に用意しなくてはならないが、衣料品が行き詰っていてね」

「衣料品というと服ですよね。立珂様がいらっしゃるのに行き詰るのですか?」

「立珂の服は毎日使える物ではない。何よりあの販売方法ができるのは立珂の立場があってこそ。同じ方法で小売店の経営はできないんだ」

「ああ……」


 立珂様のお店は全商品が羽根と交換可能だ。あれだけ高級な生地でありながら羽根一枚で良いなんて、有翼人にしたら考えられない。羽根は髪の毛のようなもので、日に何本も抜ける。掃除が面倒なくらいだ。

 つまり有翼人にとってはごみ同然で、交換に値する物ではない。


「あの羽根交換には何の意味があるんでしょう。何の価値もないのに」

「価値を見出す者もいるんだ。立珂も私もその協力も頼まれているが、羽根をくれと言って回るなんて有翼人迫害にもみえるだろう」

「そう、ですね……」


 有翼人が引きこもりがちなのは羽ともう一つ理由があった。それが有翼人の迫害だ。

 今でこそその風潮はなくなったが、人でも獣でもない有翼人は異形として嫌悪された。特に獣人優位の国では迫害の傾向が強かった。

 蛍宮もほんの数年前まではその傾向にあった。肉食獣人が絶対強者であり、有翼人は迫害され搾取されるだけだったのだ。

 しかし現皇太子天藍様に代が変わり一転し、世界で最も有翼人に優しい国になったのだ。

 だから私も引っ越してきた。私はそんな酷い目にあったことはないけど、迫害されてきた人にしてみれば「羽根をくれ」なんて恐ろしく思うのかもしれない。

 響玄様はぽんと私の肩をそっと優しく叩いた。


「現金売買が前提で羽根交換も良しにしないといけないですね」

「その通りだ。そこにきて君は素晴らしい。有翼人の日常に必要な服を作り、金銭売買が成立すると露店初日で証明された。製造費用も家賃も君の羽根で払ってくれれば良い。他にも費用が掛かる時も羽根で良い」

「ですが立珂様のように美しくありません。こんな色でよろしいのでしょうか」

「色も質も問わなない。とにかく量が必要と言われている」


 本当だろうか。一体誰が何の目的でこんな物を必要とするのか全く分からない。

 けれどそれで良いと言って頂けるなんてこんな有難いことはないわ。

 響玄様は握手を求めるようにすっと手を伸ばしてくれた。


「有翼人保護区に衣料品小売り店の基盤を作る。協力してくれるか」

「やります! やらせて下さい!」

「有難う。よろしく頼むよ」

「はい!」


 私は響玄様の大きな手を握った。

 立珂様と同じ、種族全てを救おうとなさっている。私にもできることがあるならやろう!

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