第五話 初めてのお店(三)

「印刷生地か! こんな柄は初めて見た!」

「えっ」

「水洗いもできるのか! 有翼人の子はそのまま水に飛び込んでも良い!」

「え、え、あの」


 青年は突如大きな声で商品を褒め始めた。私が説明した分割構造や箱ひだについて語り、すると次第に両隣の店がこちらを気にし始めた。道行く人も急に足を止め、わらわらと私の方へと向かってくる。


「それ素敵ね。同じのある?」

「あ、はい! あります!」

「こっちも同じ物?」

「生地が違います。ちょっと重いので家事をするならこっちの方が」

「ねえねえ。この生地でこの形はない?」

「え? あ、え、えっと」


 客に有翼人はいなかった。けれど皆家族に有翼人がいるようで、男の子だけど肌着は使えるわね、とどんどん商品が無くなっていく。

 私は一気にやってきた大勢のお客さんへの対応に追われた。まさか一瞬でこんなになるとは思ってもいなくて、私は一人であわあわとして、数十分したら商品は完売していた。


「なくなっちゃった……」


 嵐のような出来事に私は呆然と立ち尽くした。一体どうしてこんな奇跡が起きたのか。


「……そうだ。あの男の人が急に商品紹介をしてくれて、あれ?」


 そこでようやく私は青年がいなくなっていることに気が付いた。

 きょろきょろと辺りを見回すけれどそこにはもう誰もいない。

 もしかして売り方を教えてくれたのかしら……

 手元には紐の一本も残っていない。出店期間はあと三日もあるけれど、在庫が無くなってしまったのでもう販売はできない。

 そんな嬉しい悲鳴で私の初出店は幕を閉じた。

 そして翌日、私の成果を喜んでくれた美月と暁明さんがお祝いだと豪華な食事を振る舞ってくれた。


「凄いよ朱莉! ほんとに凄い!」

「私もびっくりしてる。といってもお客さんが売り方教えてくれたおかげなんだけど」

「客?」

「商品は立てた方が良いとか、色々教えてくれたの」


 商品が良くても売り方や宣伝ができなければ売れないのだということを初めて知った。

 在庫があれば明日は朝からやり方を考えてみたいけれど、こればっかりはどうにもならない。


「けどさ、これなら本当に夢じゃないわよ店持つの」

「……うん。頑張ってみようかな」


 足りないものがあると分かったけれど、それも一歩踏み出せた証拠だ。

 あの男の人すごい詳しかったよね。有翼人の家族もいるみたいだし、ああいう人がいっしょにお店やってくれたら心強いんだけど

 獣人保護区前なのに有翼人専用服が売れたのは完全にあの人のおかげだ。私じゃ気付けないことに気付いてくれて、有翼人以外の男性というのは私と真逆で、だからこそ新しい目線を得られるってことでもある。

 ――あの人は誰なんだろう。

 脳裏に青年の顔が過ったが、その時ぽんっと暁明が軽く手を叩いた。


「店と言えば、私の友人が朱莉ちゃんの服に興味を持っててね。商人なんだが、条件次第では空き店舗で店を開いても良いと言ってくれている」

「え!? 本当ですか!?」

「どうかな。話だけでも聞いてみないかい?」

「ぜ、ぜひ! ぜひ!」

「よかった。じゃあ明日にでも行こう」

「はいっ!」


 思いもよらぬ僥倖に、私はの脳内から今考えていたすべてのことがふっとんだ。

 けれど、この時私は失念していた。

 暁明さんは気さくな人だけれど宮廷御用達の名店『蒼玉』の店主だということを。ならばその友人がただ者ではないに決まっているということも。

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