第五話 初めてのお店(二)
暁明さんのくれた生地は私の理想そのものだった。
生地は従来と変わらない品質だけど目を引く柄がある。地模様に比べれば安っぽいが、そもそも地模様のある生地など出回らない。比較対象を知らなければ目を引く柄でしかない。それも刺繍じゃないので洗濯にも困らないというのが最高だ。
それを使った裳はとてもお洒落に仕上がった。箱ひだと全円は美しい植物印刷のおかげで優雅さも感じさせた。
最初の一歩目としては満足いく仕上がりで露店へ並べた。きっとこれならいけるだろうと意気込んだが、そう簡単にはすすまなかった。
全然お客さん来ない……
開店から数時間が経過した。周辺の衣料品露店は入れ替わり立ち代わり客が来て、その流れで見て貰えないか期待したが横目で見るだけで立ち去ってしまう。私の商品目当ての客などいるわけもなく、一枚も売れていなかった。
見てもらえば気に入ってくれる人は絶対にいる。でもそれ以前に立ち寄ってもらう努力をしなきゃいけないんだ。お店やるって難しいんだ……
思ってもいないところでつまずいて、私はさすがに気落ちせざるを得なかった。初めてはこんなものだ、次は頑張ろう、そんな自分を慰める言い訳を探し始めた。
しかしその時、再び人影が私の目の前で止まった。俯いていた顔を思い切り上げると、そこには一人の青年がいた。
「広げて見ても?」
「は、はい! どうぞ!」
青年の背に羽はなかった。私の店は有翼人の女性物だ。人間の姿の男性は対象から最も遠い存在だ。確実に買ってくれない客層だ。
けれどため息を吐けるような立場じゃない。私はにこりと微笑み商品説明をしようとしたが、その時ふと気が付いた。
あれ? この人たしか……
私はこの青年を知っていた。青年は以前美月と街を歩いていた時にぶつかった背の高い青年だった。
あの時も立珂様の肌着に興味持ってたわよね。もしかして家族に有翼人がいるとか?
「随分と分割するんだな。これはどういう構造なんだ?」
「立珂様ご考案の分割式で、組み立てながら着るんですよ。羽穴に羽を通すんじゃなくて身体に服を置いていく。だから一人で着替えができるんです」
「へえ! それはいい。いいじゃないか!」
青年は目を丸くして驚き声を上げた。
この反応は有翼人の日常を知らなければ出ない反応だ。人間と獣人は羽は通せばいいだろうと思っていることが多い。実際人間が販売する有翼人服は羽穴が開いているが、頭からすっぽりかぶる物ばかりだ。
「もしかしてご家族に有翼人がいらっしゃるんですか?」
「ああ。十歳の妹がいるんだ。子供服はあるか?」
「ありますよ。家事はしますか?」
「家事? それは何の関係があるんだ」
「服にも向き不向きがあるんです。家事は身体を動かすので羽穴にゆとりがある物をお勧めしています。見せても良い肌着があるので合わせるとお洒落です。外出着も兼ねるなら羽穴が小さい方が良いでしょうけど、小さい子なら動きやすさを重視した方が良いかと思います」
「へえ……」
青年は興味深そうに服を幾つも手に取って見てくれたけれど、ううん、と首を傾げた。
「どこか気になりますか?」
「あんたが着てるのは同じ物か?」
「寸法は違いますけど、基本的には」
「着てるところが想像できないんだ。立って見せてくれないか」
「ああ、そうですよね。はい」
私は立ち上がり服を見せた。寸法は違うが、どれも基本的な作りは同じだ。青年に不思議そうにまじまじと見つめてくる。
な、なんかこれ恥ずかしいな……
服の話ができて舞い上がっていたが、同じ年頃の異性に身体を凝視されるというのはなかなかに恥ずかしい。
しかし青年はそんなことに気付かないほど真剣に商品を見つめている。
「裳はどうなってるんだ? この段になってるのは?」
「箱ひだです。一枚の生地に折り目を付けてるんです。立体感があって華やかでしょう?」
「この柄は? 手描きには見えないが」
「人間の『印刷』という技術です。洗っても大丈夫なんですよ」
「水浴びもできるのか」
「そうですね。小さい子は川で遊ぶ時にも良いかもしれません」
有翼人の子供の遊び場は基本的に川か水辺だ。羽に熱がこもるからすぐに背を洗える場所じゃないと辛い。特に夏場はほぼ水中にいると言っても良い。
「立珂様のお洒落着とは全然違うな」
「私のは普段着ですから。外出用は『りっかのおみせ』へ行った方がいいですよ」
「いや、普段着が欲しかったんだ。この紐はなんだ?」
「ああ、これは羽結い紐です」
「羽結い紐? 何だそれは」
「私が勝手にそう呼んでるだけなんですけど、そのままです。羽を縛る紐。こう使うんです」
これは今回考えた新商品だった。
家にいる時は必ず羽を縛っている。それはもちろん邪魔で暑いからだ。けどこの結ぶというのも実は面倒で、私は一本ずつが細くつるつるしているので細い紐ではつるりとほどけてしまうのだ。
そこで考えたのがこの紐だ。
「これは生地が毛羽立ってるので羽に絡まりやすいんです。服として使える生地じゃありませんが、ちょうどいいかなって」
「へえ! いいな! あんた頭良いな!」
「あはは。楽したいだけなんですけど」
「いいじゃないか。誰だって楽したい。有翼人の日常を知る者だからこそ生まれる最高の品だ」
「あ、有難う、ございます」
「それじゃこの服と、肌着を全色一つずつ。それとこの紐も」
「有難う御座います。紐のお色はどうなさいますか?」
「それも色があるのか。まあどれでもいいが」
「いいえ。羽色と服と合わせた方が良いですよ。私は服とお揃いにするようにしてます。ちょっとお洒落で楽しいでしょう?」
「……なるほど。女性目線だ。これは気付かなかったな。じゃあ服と同じ色のを全て」
「有難うございます! お包みするのでお待ち下さい!」
私はお客様へ渡すために用意していた袋に商品を詰めた。今日はこの袋も出番無しかと思っていたからそれだけで嬉しい。
「いつもここに出店してるのか?」
「いいえ。今日が初めてです。というかお店自体初めてで」
「なるほど。だからこんな場所に出店してるんだな」
「え? ここは駄目なんですか?」
「あんたに限って言えば良くないな。有翼人専用服を売るのに獣人保護区近辺で出店しても客はこない」
「……あ!」
そうよ! 私の服は有翼人しか買わない! 獣人ばっかりの場所じゃ売れるわけがないんだ!
ここは獣人の獣種に適した環境作りがされている『獣人保護区』のすぐそばで、当然通行のほとんどが獣人だ。
出店場所は宮廷が管理している。どこに店を出すかは申請後に選ばせてもらえるが、場所によって利用料金が違う。私は払える額の中ならどこでも良かったので迷ったが「どこでもいいならこちらで決めますよ」と言われてここになった。
それじゃ駄目だったんだ。有翼人が多く歩いてる場所じゃなきゃ駄目だった……!
「それと商品は立てておけ。平置きじゃ何を売ってるか分からないだろう」
「え? あ、そ、そうですよね。そうだ」
「あんたも立ってた方が良い。この裳は形状に価値がある。なら常に見せておくべきだ。接客は出来るだけ身振り手振りを大きく、裳が舞うようにしろ」
「舞うように……」
そう言われて思い出したのは美月の接客する姿だ。
美月はいつも動きが大きい。可愛いなとしか思っていなかったけれど、あれには商品を見せる意味があったのだ。
「客との会話も声を張れ。例えば」
青年はすうっと息を吸い込み服を広げ、日に透かすように空へ掲げた。
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