第五話 初めてのお店(一)

 私が今朝からやって来たのは蒼玉ではない。

 今いるのは国の入場門から広場へ続く大通りの片隅だ。それもただ居るだけではない。

 うう……やっぱり美月が来てくれる日にすればよかった……

 私の前に並んでいるのはこの日のために作った大量の服に国から得た販売許可の札、そして多めに用意したつり銭。

 ここは多くの露店が集まる場所だ。思い思いの商品を並べて自由に販売をして良い区域だった。

 これは立珂様に背を押されて決意した、私のお店への第一歩だ。

 あの後、店を開くと意気込んだもののどうしたら良いか分からずにいると、薄珂様が助言をして下さった。


「まずは露店から始めるといいよ。店舗は家賃とか維持費が大変だから」

「や、家賃。そうですよね」

「僕の型紙あげる! これで分割の服になるよ!」

「え!? いいんですか!?」

「うん! 使って使って~。しあわせな服がいっぱいになるのはしあわせだからね!」

「……有難う御座います! 幸せになる普段着を作ってみせます!」

「ん! 出来上がったらみせてね!」

「私も仕事あるから縫製は手伝えないけど、出店準備はやっといてあげるわよ。天幕とか設営道具とか揃えとく」

「そんな! 悪いよ。それくらい自分でやらないと」

「いいからいいから。だって朱莉は商品作らなきゃ。露店と言っても、十種類を複数着用意はしておきたいわ。大変よ?」

「……そうだ。そうよね」

「縫製はここの自動縫製機器を使うといい。作業も早いだろう」

「本当ですか!? 有難うございます!」


 そうして美月が出店手続きを済ませてくれて、私は在庫作りに徹した。

 美月は十種類と言っていたけれど、薄珂様が「一番売れるのは肌着はだから大人用から赤ちゃん用まで幅広く用意して、服は自分が宣伝しやすい女性物の普段着数種類から始めた方が良い」とまたも助言をして下さった。

 経営や販売の経験がない私はその助言通りにすることに決め、肌着をあらゆる寸法で作った。

 あとは女性物の普段着を数点。これは今まで作ってきた物の改善点を踏まえて作ることにした。

 あんまり欲張るのはよそう。まずは羽穴が大きく家事のしやすさを優先した服。これは絶対肌着が見えるから肌着の生地を工夫する方がいいや。ちょっと厚みがあって色が付いてればそれだけでちゃんとして見えるし。なら肌着の種類を増やしたいな。


「でも地味なのよね。立珂様のお洒落な服に慣れてるとなおさら」


 普段着として作った物はどれも無地でよくある生地だ。布を巻くだけのゆるさに慣れてる有翼人が「ちょっと整ってていいかも」という違和感のない品質になっている。ぴたりと締め付けず動き回ることが前提となっていてそれが大事なのだが、それでも地味だとがっかりはしてしまう。


「あ、生地じゃなくて形状を工夫しようかな」


 蛍宮の服はとても単純な形が多い。頭から被る筒状が基本で、上下が分かれていないことが多い。上下が分かれていても腰から下の裳(も)は大きな布をぐるりとまくだけだ。


「裳を大きな箱ひだにしたり、全円なら大きく波打って軽やかだし。地味には見えないわ」


 私は仮縫い用の生地でいくつか裳の形状を作ってみた。衣は同じでも裳が全く違う形状なら全く違う服にした気分にもなる。

 帯も種類を増やそう。帯の色が変わるだけで印象が大きく変わる。最初はこういう小物勝負もいいかもね。

 楽しくなり私はどんどん試作を進めたが、それでもやはり物足りなさは感じた。

 無地だと寂しい。やっぱり何か一工夫無いと布巻けばいいや、ってなっちゃいそうなのよね。

 服は当然お金を貰うって売る。立珂様のように羽根と交換なんてできはしない以上、お金を払うに相応しい品質じゃないといけない。それには一歩及ばないような気がして、私はぱたりと縫う手を止めてしまった。

 どうしようかなと生地をいじくっていると、こんこんと扉を叩く音がした。


「朱莉ちゃん。いいかな」

「はい! どうぞ!」


 声の主は暁明さんだ。縫製に蒼玉の工房を貸してくれている。


「すみません遅くまで工房お借りしてしまって」

「いいよ。好きに使って構わない。それよりこれを見て欲しくて」

「それは?」


 暁明さんは幾つかの生地の束を持っていた。赤と青、黄色の三種類だ。

 どれも無地のようだったが、暁明が裁断台でそれを広げると私は驚き目を見開いた。


「これは!?」


 それは生地の耳側に大きな絵が描いてあった。横に蔦が伸びていて、いくつもの植物が絡まる様子は美しい絵画のようだった。


「絵、ですか?」

「ああ。でもただの絵じゃない。人間が開発した『印刷』という高度な技術で、洗っても大丈夫なんだよ」

「そんなのあるんですか!?」

「面白いだろう。どうだい、これを使ってみては」

「え!? いいんですか!? あ、でも私そんなにお金はなくて……」

「いらないよ。立珂様の笑顔を見るためと思えば安いもんだ」


 暁明さんはにこにこと嬉しそうに微笑んだ。

 蒼玉と立珂様がどういう関係なのか深い話は知らない。でも一緒に宮廷の新しい規定服を作ったらしく、美月が販売員であるあたり立珂様への愛情が深いことは見てとれた。

 立珂様は喜ぶだろうかとわくわくしていて、その笑顔は私の後押しをしてくれた。


「……本当にいいんですか?」

「ああ。思う存分作ると良い」

「はい! 有難うございます!」

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