第四話 始まりの出会い(二)

 出勤する美月を見送り、私は蒼玉へ戻った。


「ただいま戻りました」

「お帰り。ちょうど良かった。店番頼めるかな」

「はい! もちろん!」


 日中は暁明さんが接客をしながら商品開発をしたり、合間を縫って宮廷や依頼者との打ち合わせをする。

 前は美月が一日中接客をしていたらしいが立珂様のところで働くことになり、暁明さんが外出する間は閉店していたそうだ

 私はその代わりとして接客にあたり、空き時間は服飾関係の教本を読んだり暁明さんの与えてくれた縫製の宿題をこなしている。

 そうして夕方になり閉店作業をすると美月が帰ってくる時間になる。


「ただいま! 朱莉朱莉朱莉!」


 駆け込んできた美月はにっこりと喜びがはじけたような笑顔だった。

 良い報告があるのだろうことは見て取れて、私は途中だった刺繍を机に置いて立ち上がった。


「お帰りなさい。どうしたの慌てて」

「ふふーん。朱莉に客を連れて来たの!」

「私に? 誰?」

「ぼくだよー!」

「……え!? 立珂様!?」


 美月の後ろからぴょんと飛び出て来たのは立珂様で、その後ろには薄珂様もいらしていた。二人ともいつもながらお洒落な服で、以前買った服とは全く違う服だ。


「ねえねえ! 朱莉ちゃんも有翼人の服作ってるって本当!?」

「はい! 立珂様のお洒落な服には程遠いですが、私なりに考えてて……」

「有翼人専用服なんだよね! 見たい見たーい! 見せて!」

「は、はい!」


 立珂様は手を広げて飛び跳ねた。その度に純白の羽が揺れ、ふわふわの髪が風を象った。

 期待の眼差しで見つめられると緊張するけれど、立珂様に見てもらえると思うと私の胸も期待で踊った。


「これです。普段着る用として作りました」


 立珂様はうきうきと私の服を手に取り広げると、くるくる回し服を調べ始めた。

 すると大きくくり抜かれた背中部分を見て、こてんと首を傾げた。


「う? これお背中でちゃうよ。肌見えちゃう」

「自宅にいるだけなら気にならないです。立珂様は気になりますか?」

「ううん。僕は肌着かすっぽんぽん」

「そういうことです。ある程度隠れてれば布なんて無い方が涼しいですから」

「そっか! お出かけじゃなくておうちで幸せになる服なんだね! すごくいいね!」


 立珂様はぱあっと眩い笑顔でぴょんぴょん飛び跳ねた。とても来賓とは見えない無邪気な様子はとても愛らしい。


「この生地すてきだね! するするですべすべ!」

「南国で主流の生地だそうです。通気性が良いので有翼人には良いかと思いまして」

「すごくいいと思う! いいなあ。薄珂薄珂。宮廷でもこういうのあるかなあ」

「聞いてみよう。朱莉さん。この生地見本ある?」

「それが、それはもうそれしかなくて。あ、いえ、それは、あ、あの、では、その」


 試作品のため余分には買っていなかった。見本として渡す端切れなら無くはないが、今発生しているのは『立珂様に私の服を渡す』という行動だ。

 それはつまり、立珂様に私の服を品定めしてもらう好機だ。


「あの! これが完成したら立珂様のお店に置いて頂くことはできないでしょうか!」

「う? 『りっかのおみせ』に?」

「は、はい……」


 私の心臓はどくどくと大きく脈打ち始めた。

 これは私の夢だ。それが今この一瞬で決まる。

 私は祈るように両手を組んだが、立珂様はこてんと首を傾げて不思議そうな顔をした。


「どうして? それはだめだよ。だめ」

「あ……」


 立珂様はまだ不思議そうな顔をしていた。悪意など一つも知らないような純粋なその目に私の愚かな算段を見透かされたような気がして、私は俯いた。


「そう、ですよね……」

「うん。だって僕のは『宮廷品質のお洒落着』なんだ。朱莉ちゃんのは『おうちの普段着』だよね。僕じゃ朱莉ちゃんの服の良さを伝えられないよ。教えてもらわないとこんなすごいことには気付けなかったもの」

「……え?」


 否定の言葉が紡がれると思ったけれど、立珂様はまだ目を輝かせている。

 褒めて下さった……立珂様が私の服を……


「朱莉ちゃんはすごいね! こんなすごい服を考え付くなら僕のお店じゃない方がいいと思うんだ!」


 立珂様はにっこりと微笑んだ。そして私の手をきゅっと握りしめてくれる。


「お店つくろう! 朱莉ちゃんのお店!」

「……私の店?」

「うん! 絶対その方がいいよ! だって朱莉ちゃんは有翼人全員の毎日を助けてくれるんだから!」

「有翼人……全ての……?」

「そうだよ。服は毎日使うんだ。良い物がたくさんできればそれだけ有翼人は幸せになるよ!」


 んね、と立珂様は満面の笑みで飛び跳ねた。ぴょんぴょんと飛び跳ね薄珂様にしがみ付くと、朱莉ちゃんすごいね、とはしゃいでいる。

 薄珂様は立珂様を抱き上げ愛おしそうに頬ずりすると、私にもにこりと微笑んでくれた。


「志は同じでも手段が違う。なら君は君らしい、君の店をやるほうが良いと思うよ」

「私の店……」


 簡単じゃない。店を開くなんてどうしたら良いか分からないし、そもそも商品在庫作りをどうしたらいいかも分からない。一人で店の棚が埋まるほどの量を作るには時間がかかる。

 どうしたらいいのかは全く分からなかった。

 分からないけど、それでも私の心は定まった。


「やります! 私お店やります!」

「うんっ! 『あかりのおみせ』だね!」

「はい!」

「店名は熟考しなさい」


 ぺんっと美月に肩を叩かれた。けれど立珂様はなんでだめなの、と口を尖らせていた。

 まだ何を成したわけじゃない。一人では何もできていないし不安にも思う。

 それでも私は開店を決めた。

 やろう。私のお店。有翼人を助けられる私だけのお店を!

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