第四話 始まりの出会い(一)

「行って来まーす!」

「行ってらっしゃい。気を付けて」


 あれから私は蒼玉へ通うようになった。服作りの基礎や流行、歴史など、必要な知識を教えてもらっている。

 蒼玉のお客様からは新しい従業員として歓迎してもらえて、引きこもっていた頃からは想像もできないくらい多くの人との交流をしている。それだけでも楽しくて、働くことの充実を知った。


「おはようございます!」

「おはよ。早いわね」

「おはよう、美月。待ちきれなくて」


 蒼玉で私の面倒を見てくれているのは美月だ。美月は服作りではなく接客を担当していて、それは美しくも愉快な接客だった。

 歌うように会話をし、蝶が舞うように商品を勧めて回る。優雅な踊りのように華やかな接客で、美月がいるといないでは売り上げが倍以上も違っていた。

 到底私には無い技術で尊敬しているけれど、同僚なんだからお嬢様だの先輩だのと呼ばないでと言ってくれて、こうして敬称もつけずに対等で居させてくれている。

 それは私にとって初めての友達で、立珂様の服とはまた違う喜びを与えてくれていた。


「今日は露店見に行かない? 生地選びと需要の調査!」

「行きたい! 歩けるようになって間もないから知らないこと多くて」


 美月は午前中は蒼玉を手伝い、昼過ぎには『りっかのおみせ』へ出勤する。それまでは一緒に服作りをしようと言ってくれている。


「じゃあ行きましょ。お父さん! 出かけてくる!」


 美月は私の手を引き街へ繰り出した。私は美月のお父さん、蒼玉店主の暁明さんへぺこりと頭を下げてから美月の後を追った。


 私たちが向かうのは露店が集まっている広場だ。

 蛍宮は各区に露天商が店を開く大通りがあり、様々な品が並ぶ。中でも他国からの輸入を主とする旅の商人、隊商がやってくる近辺は珍しいものが多い。 

 美月が目指しているのはそこで、私は初めて向かう方面でついきょろきょろと見回してしまう。


「南区はあんまり来ない?」

「来ないわよ! 来る人の方が少ないでしょう」

「半分は別荘地だしね。朱莉は西区なんだっけ」

「うん。本当に何も無いわよ。だから立珂様がいらして下さるなんてどんな奇跡かと思ったわ」

「あ、立珂が直接家に来たんだ」

「そうなの! もうびっくりしたわ! しかも一瞬で歩けるようになるって、それだけでも人生変わったのにこんなお洒落な服まで下さったの! 助けて頂いたのは私なのに、喜んでくれたらそれだけでいいって! それでお店に行く約束をして、ちゃんと覚えてて下さったの! 夢みたいだわ!」

「分かった分かった。落ち着いて。あ、あそこ生地店だわ。見てみましょう」


 美月は私の話をさらりと流し一つの露店へ立ち寄った。

 そこは他の出店よりも倍は広い敷地を使っていて、あらゆる色が飛び交っていた。絨毯のように分厚い生地もあれば医療用の薄い生地もある。もちろん服飾用の生地がたっぷりと並んでいて、美月は慣れているのかするりとその中から一つを手にした。


「これはよく見るわよね。これじゃ代わり映えしないか」

「別に珍しい物を作りたいわけじゃないわ。むしろ慣れた生地の方が手に取りやすいと思う。新しいお洒落は立珂様の服があるもの」

「そりゃそうだわね」

「でもちょっとは目を引くものが欲しいわ。生地の質感はそのままがいいけど、一工夫お洒落が欲しい」

「刺繍とか?」

「刺繍は絶対に嫌。洗うの大変なの。いっそ自分で絵を描いちゃいたいわ。刺繍ほどじゃなくても豪華に見えるし」

「絵具ってこと? 余計に洗えないじゃない」

「そうなのよね。何か方法ないかな。刺繍じゃなくても目を引く柄の出し方」


 二人であれこれと生地を見て回った。

 北からやって来た隊商は冬物生地が多く、温暖な蛍宮では売れ行きが悪いので安くしているという。南国の隊商はその逆で、あらゆる薄手の生地を揃えていた。

 羽は保温性が高いため私たち有翼人は大体にして平熱が高い。そのため薄手の生地は喉から手が出るほど欲しくて、南出身の隊商を重点的に見て回った。

 しかし歩いて数十分で私はへにゃりと道の端に座り込んだ。


「朱莉! どうしたの!?」

「ご、ごめん……疲れた……」

「え? まだちょっとしか歩いてないわよ」

「だって二十二年間ろくに運動してなかったんだもん。こんな長時間歩いたことないの」

「ああ、そっか。じゃあ服の生地重いの致命傷じゃない?」

「……そうね。これは結構」


 しゃがみ込んだと同時に土に汚れた裾を見る。そこには見事な刺繍が施されていて、その刺繍がされている土台の生地も重量感がある。

 普段はどうも思っていなかったが、体力が無くなった途端に重しのように感じられた。


「どこかに座りましょう。立てる?」

「うん……」


 美月が差し伸べてくれた手を握り立ち上がったがまたよろけて荷物を落としてしまう。その拍子に誰かにぶつかってしまい、慌てて後ろを振り向き頭を下げた。


「ごめんなさい」

「いや。大丈夫か?」


 ぶつかった相手はとても背の高い人間の姿をした青年だった。艶やかな黒髪を左耳にかけきっちりまとめているのは清潔感があり、しかし右側は顔を覆うように長い。左右非対称でつり合いは悪かったが、それが良い演出になるほど整った顔立ちをしていた。 

 美しい顔立ちだわ。厳かっていうか……

 思わず見惚れていると、青年は大きな体を曲げて私が落とした荷物を拾い上げてくれる。


「すみません。有難うございます」


 青年は拾ってくれたのだが、手に取ったそれをじっと見つめて返してくれない。

 だが青年の手にあるのは立珂様の作った羽穴がある有翼人女性専用肌着だ。生地もこだわっていて、羽根穴から肌が見えても良いように美しい地模様の生地で端々が包まれている。芸術品のように美しいそれは見るだけでも楽しいけれど、有翼人以外には不要なものだ。

 しかし青年の目は真剣そのもので、私は顔を見げながらそっと声をかけた。


「あの、どうかしましたか?」

「これは何だ?」

「有翼人用の肌着です。羽根を出して着れるし汗疹にならないんですよ」

「肌着? こんな洒落た服が肌着なのか?」


 洒落てると言われ、私は嬉しくなって青年の両手を思わず握りしめた。


「そうでしょう! 驚きますよね! これは立珂様が作ったんです! 今着てるのも立珂様の服なんですけど、羽が出せるのにだぶつかずすっきり! この組み合わせは変えられるから二、三着あるだけで毎日色んなお洒落を楽しめる凄い服なんです! 『りっかのおみせ』は高級生地なのに羽根一枚と交換できるの! 有翼人なら絶対買うべき!」

「こーら。他人にまで語らないの」

「あ、ご、ごめんなさい!」


 美月にこんっと頭を小突かれて、私は我に返り両手を放した。

 ぺこぺこと頭を下げるが、青年は何故か嬉しそうに微笑んでいる。


「元気そうでよかった」

「え?」


 青年は肌着を返してくれると、くるりと背を向けその場を去ってしまった。


「知り合い?」

「ううん。全然……」


 青年の言った言葉はまるで元気ではない私を知っているようだった。

 人違いかな。

 人と交流したのなんて蒼玉に入ってからがほぼ初めてだし、蒼玉のお客様はなんだかんだ富裕層だ。青年は汚い身なりではないが、普通だ。普通の人は蒼玉にはやって来ない。


「まあいいか。じゃあ私このまま立珂の店に行くわ。夜続きやりましょう」

「うん!」

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