第三話 蒼玉(二)

 私は身をすくめながら美月さんについて行ったけれど、その言葉を聞いて思わず背筋が伸びた。

 お父さん!? じゃあ美月さんは蒼玉ご店主のご息女!?

 お嬢様などと軽い言葉で済ませて良い相手ではない。これほどの人物であればいくら立珂様の店とはいえ働きに出る必要などあるわけがない。

 こ、こんな方まで立珂様の元に付いてらっしゃるの? そんな、そんな……!

 私は自然と身が震えたけれど、お父さんと呼ばれた男性がやって来てしまった。とても威厳を感じる面持ちで、胸を張る立ち居振る舞いは美しさすら感じた。


「お帰り。ん? そちらは?」

「『りっかのおみせ』のお客様よ。有翼人の普段着作りを考えてるんですって!」

「ほお。それはちょうど良い」

「え、あ、あの、私……あれ?」


 これは駄目だと退店しようとしたけれど、ふと一つの机に目が行った。そこには地模様の美しい黄色い生地が広げられていて、傍には仮縫いを纏う布で人間の身体を模した人形が立っている。それが着ているのは紛れもなく立珂様の服だった。


「え? あの、こちらは仕事着がご専門だったと記憶しているのですが」

「そうよ。でも立珂の服の試作品作りもしてるの」

「立珂様の試作品作り!?」

「どっちかというと薄珂のだけどね。でも立珂が作りに来ることもあるし、私が考えたものを提案したりね」

「立珂様に提案……!?」

「そう。あれはその試作品ってとこかな。ちょっと着てみてくれる?」

「わ、私がですか。でも立珂様にお見せするのに私なんかが着てはいけないでしょう」

「何で? 立珂は特定の誰かを蔑むようなことはしないわ。同じ志を持つならなおさらよ」

「志?」

「そう。立珂の服はお洒落着だけど、目的は有翼人を幸せにすることよ。みんなが健康的にお洒落を楽しめるようにしたいの。でも私は普段着も重要だと思うのよね。だって庶民がお洒落着を着る場面なんて少ないわ」

「え、ええ。はい。でも私は立珂様や美月お嬢様のような教養がありません」

「お嬢様? 止めてよ。うちは一般家庭よ。それに立珂なんて文字の読み書きもできないし教養もないわよ。礼儀作法がなってないっていつも怒られてるんだから。そんなことより着てみて。立珂に見せていいか確認したいの」


 美月さんは人形から仮縫いを脱がせると私の手に乗せてくれた。とても軽い生地だけど丈夫で、これなら家事をするのにも困らないだろう。襟や袖、裾といった要所に立珂様の服と同じ生地が使われている。

 でも羽穴が今と変わらないわ。生地の軽さより羽穴の方が重要なんだけど

 これが有翼人の普段着として販売されたらきっと購入者はがっかりするだろう。そうなれば立珂様への悪評にもなりかねない。

 私は仮縫いの服を握りしめ、ぐっと美月さんを見つめ返した。


「この服は駄目です。着るまでもありません」

「え? どうして?」

「まず有翼人の問題は羽の付け根ですが、何故これが問題かはご存知ですか?」

「布を破いた服じゃ肌を露出しちゃうからって聞いてるけど、違うの?」

「そうです。でもそれは側面の一つでしかありません。身体をよじれば羽は付け根ごと動くので、こんなぴったり締め付けると痛いんです」

「痛いの? けど神経通ってないのよね」

「羽に神経は通っていません。でも付け根のふくらみの表面はまだ肌なんです。こすれたり圧迫されると痛みがあり、立珂様の服はまさにそう。生地が重かったり洗えないという問題もありますが、動きが制限されることが一番の問題なんです」

「そう、なの。ごめんなさい。全然知らなかった……」

「これは個人差がありますから。それに付け根付近を露出するのは有翼人にとって常。家にいるだけなら隠すより露出していたいんです。私なんて羽を結んで背を見せていることもあります。なのでいっそ後身頃は無くてもいいでしょう」

「露出したい、か。それは立珂には無い目線ね」

「それでも商品として補助をするなら背を隠す部品を別売りにしたらいいと思います。それこそ立珂様の分解技法が有効です。例えば前身頃は襟と一体にして腰で結ぶとか」

「……そう、そういうのよ。それよ!」

「え?」


 美月さんはがしっと私の両手を握ってくれる。その目はきらきらと輝いていて、まるで立珂様のようだ。


「一緒に作りましょう! 朱莉が考えてうちで作る。立珂が認めたら『りっかのおみせ』に並べてもらえるわ!」

「わ、私の考えた服が立珂様のお店に……?」

「そうよ。だって朱莉も有翼人を幸せにしたいって同じ志だもの。協力できないわけないわ!」


 同じ志と言って良いのだろうか。ただ私は立珂様に憧れて真似をしてるだけ。

 それでもこうして認めてくれる人がいる。立珂様のように種族全てのことを考えると言い切ることはできないけど、私のように苦しむ有翼人がいるなら助けたい。

 私は目を輝かせている美月さんの手を握り返した。


「やります! やらせてください!」

「ええ! 一緒に立珂を驚かせてやりましょう!」

「はい!」


 今の私は張りぼてだ。立珂様が作ったお洒落な服を着ているだけで、私が何か努力してこうなれたわけじゃない。ただ与えてもらっただけだ。

 でも助けてくれる人がいれば立ち上がれる。なら私も立珂様みたいに手を差し伸べられるようになりたい。

 そのための一歩を、私はようやく踏み出した。

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