第八話 敵襲(一)

 星宇さんが教えてくれた予約販売は成功だった。

 私は再生産できる数量分の札を商品に付け、お客さんはその札を会計台へ持ってくるだけ。梱包の手間がないから回転も早く、昨日以前よりもゆったりと過ごすことができた。

 疲労も少なく一日が終わった私は閉店作業を終わらせ、作業台に仮縫い用の生地を広げて腕を組んだ。


「子供服は遊びやすさ重視がいいわよね。どうせ汚れるんだし。あ、着替えやすさか」


 星宇さんと話してから、子供服を増やすのも良いかもしれないと考えていた。

 羽が軽くなり、動き回ってもちゃんとした服を着れば皮膚炎にもならないと分かってからはしゃぎ回る子供が増えたようだった。

 それは街中を見ているだけでも感じる。有翼人の子供はこんなにいたのかと驚いたくらいだ。

 しかしそれと売上は比例しないもので。


「子供服って売れないのよね……」


 実は、以前の露店で最後まで売れ残ったのが子供服だった。予約販売を始める前も子供服は売れ行きが悪く、他が完売しても子供服だけは残っていた。

 反応良い商品が売れる商品ってわけじゃないのよね。子供服は子供の人数分しか売れない。この近所なら二人か三人だわ。商品開発の手間と費用を考えるとこれは厳しい。


「でも子供を無視なんてしたくない。何か方法ないかな……」


 大人はまだいい。自分で何かしらの工夫をできるし、なんならお洒落までできる。

 でも子供はそうはいかない。人生経験に乏しく小さな体ではできないことが多い。そんな子供にこそ元気になってほしい。

 私は腕を組んだままこれっぽっちも動けずにいた。しかしその時、ばんっと勢いよく店の扉が開いて二人の男が入って来た。羽がないということは人間か獣人だ。


「すみません。もう閉店で」

「ああ!?」


 男達は眉と目を吊り上げ、声を荒げると私を睨み付けてきた。

 恐ろしいその顔と声に私は思わず後ずさり、ふと彼らの服に目が行った。高級な生地を使いごてごてとした装飾が縫い付けられている。とても華美で庶民には手が出ないような宝石もふんだんに使われていた。

 しかし二人とも同じ服を着ていた。この服は私も何度か見たことがある。 

 宮廷の規定服! どうして宮廷の方がこんなところに……!?

 宮廷職員は皆同じ服を着る。これは宮廷で定められた形で、役職によっては部分的に異なるという。

 でもこれは宮廷内で着用する物のはずだ。まだ仕事中ということだろうか。それにしてもこんな一商店に用があるとは思えない。

 どうしたら良いか分からずにいたら、男達はむんずと商品を掴み取ると引き裂き始めた。


「何するんですか!」

「有翼人が幅を利かせるとはどういうつもりだ」

「は?」

「宋睿陛下は有翼人の個人商店など認めておられない。一体どういうつもりだ!」

「宋睿陛下?」


 蛍宮を統べるのは皇太子である天藍様だ。現蛍宮皇は空位だが、一代前が宋睿という獅子獣人だった。

 彼は五年前に亡くなっているが、志望理由は病死や退任ではない。天藍様率いる解放軍に殺されたのだ。

 宋睿って重税で国民を追い詰めてたのよね。有翼人を迫害するための国政がたくさんあって、そのための財源だって人間と獣人からも税金を徴収した。それが国全体を貧困に陥れ、同胞の獣人すらも天藍様の味方に付いた……

 けどそんなのは過去の話だ。出店は故人である宋睿の許しが必要なことではないし、有翼人迫害も天藍様の下では禁じられている。


「今の皇太子殿下は天藍様です。天藍様は全種族平等を謳っておいでです!」

「奴は簒奪者だ!」

「肉食獣人こそ全種族の頂点に立つ者だ。有翼人は日の元を歩くな!」

「なっ」


 男達は私の商品を鷲掴みにし、どんどん引き裂いていく。


「止めて! 止めて!」

「邪魔だ!」

「きゃあ!」


 私は男から商品を取り返そうと腕を掴んだけれど、その腕は急に信じられないくらいに太くなった。指先は鋭い爪が伸びている。

 肉食獣人!

 驚き思わず手を離したけれど、既に遅くぶんと振り回され私は壁へ叩きつけられた。

 けれど不思議と傷みは無かった。恐る恐る目を開け見上げると、そこには星宇さんの顔があった。


「星宇さん!」

「大丈夫か」

「は、はい」


 星宇さんは私の頬を撫でた。するとその指先は血で汚れ、私は自分の頬が男の爪で怪我をしていたことに気付く。


「ここは販売許可を得て開店した店。営業妨害と傷害罪だ。加えて肉食獣人の獣化による脅迫は即時逮捕となると分かっているか」

「簒奪者の定めた法など関係無いな」

「……お前達の言う簒奪者とは営業妨害と傷害、獣化脅迫を罰する法を定めた権力者のことで間違いないか」

「その通り。天藍は簒奪者だ」

「天藍様? 何を言っている。これらを定めたのは宋睿だぞ。いや、簒奪者だったか」


 男達ははっと息を呑んで星宇さんを睨み付けた。

 平和になったとはいえまだ五年。全てが全く違うものになったわけではなく、一歩一歩という感じらしい。


「法は全種族が対象だ。獣人だけ罰が軽くはあったが、逮捕され裁きは受ける」

「き、貴様!」

「うるさい! 俺達が従うのは宋睿様だけだ!」


 男達は指摘されて恥ずかしかったのか、顔を赤くして星宇さんに殴りかかった。


「星宇さん!」


 星宇さんは抵抗もせず殴られ、壁にばんっと叩きつけられた。

 私は駆け寄り身体を支えたけれど、何故か星宇さんはにやりと不敵な笑みを浮かべている。

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