第二十五話 天然素材
私みたいな一般庶民が皇太子殿下の御前に出る日がくるとは思ってもいなかった。
皇太子殿下は国事の式典で一方的に見るだけだ。緊張するなという方が無理というものだ。
「下働きと侍女から聞いたが、君の服は大変好評なようだ。立珂の服に着想を得たというが、どの辺りを参考にしてるんだ? かなり違うように見えるが」
「分割し組み立てながら着るという点です。一人できちんとした服に着替えられるというのは有翼人にとって画期的なことです」
「それだけか? 生地は?」
「真逆だと思います。私は常時露店で揃う庶民が扱い慣れてる生地しか使っておりませんので」
「なるほど。それは手頃で良いな」
「はい。ですが新たに取り入れたい生地が御座います。有翼人には絶対に必要な生地があるのです」
「絶対にか。それはどんな?」
殿下と立珂様はわくわくしたような顔をした。
私は星宇さんをちらりと見て頷いてくれたのを確認すると、持って来ていた鞄を開けて一枚の生地を取り出した。いつ機会が訪れるか分からないから常に持ち歩けと星宇さんに言われていたのだ。
けれど殿下と立珂様はきょとんと首を傾げた。
そりゃそうよね。見た目は何の変哲もないただの生地だもの。
「う? んにゃ?」
「これは、どのあたりが特別なんだ?」
「素材です! これは完全手作りの天然素材の生地なんです! 私たち有翼人は人間の作る加工品や金属に弱いんです!」
これは恐らく有翼人の生態だ。
人間の高い知能と技術、医療で人間と獣人の生態は凡そ明らかになっている。でも迫害を受け人間を恐れる私たち有翼人は彼等と接すること自体が稀なため、自分自身でも何が良くて何が悪いのかがよく分からない。
でも共通するのは水道水や金属を使って作られた物は体調を崩すことがあるということ。だから人間が特殊な加工をしない天然素材がとても有効。
「特に免疫のない赤ん坊は化学繊維を纏っているだけでも皮膚炎の悪化に繋がり、これの治療に薬が必要となり生活費も切り詰めなくてはならないという問題も生じます。いくら汗疹を防いでも皮膚炎が広がるのです」
「……そうなのか、薄珂」
「分かんない。立珂が赤ちゃんの時は俺も子供だったから覚えてないよ」
「そりゃそうだな。それは間違いない情報なのか?」
「医学的根拠があるわけではございません。ですが私の母を始め、有翼人の子育てをした者は皆そう言います。そこで検討している商品がこちらです」
私は完全天然素材で作ったある商品も取り出し殿下へ渡した。
これは有翼人の親に最も需要の高い商品だけど、殿下と立珂様はやはりきょとんと首を傾げた。
「う?」
「……ただの布に見えるが」
「はい。ですがこれは有翼人の赤ん坊に最も必要な布商品である『使い捨ておむつ』です! 完全天然素材のおむつ!」
「へえ」
真っ先に目の色を変えたのは薄珂様だ。
殿下の手から受け取ると、広げたり手触りを確かめたりしている。
「有翼人の子を持つ親数名に試してもらいましたがとても好評でした。今すぐにでも欲しいと」
「今すぐにか。良いではないか。仕入れは可能なのか」
「響玄様は仕入れて下さるとおっしゃっています。ですが問題は必要枚数とその金額にございます」
私は星宇さんに視線を投げた。
お金や仕入れについては星宇さんに説明を任せることにしている。
「成長に応じて大きさは変わりますが、赤子一人あたり一日平均十枚は必要です。新生児は三か月で約九百枚。響玄様は仕入れ費用も羽根で良いとして下さっていますが、朱莉一人の羽根では賄えないほどの額でした。それ以上に問題があり、これが流通面。立珂様公認とはいえ『朱莉有翼人服店』は全くの無名。ここまでの成功も全ては――」
星宇さんは一瞬だけ言葉を詰まらせて薄珂様を見ると、再び殿下に視線を戻して深く頭を下げた。
「皆様方のお力添えがあったからこそ。小売一店舗では全有翼人へ影響を及ぼす流通を担うことはできません。そこでこれは費用面の問題がなく有翼人に最も高い影響力を持つ立珂様の下でお願いしたいと思っております」
「う? 僕?」
「はい! これは立珂様じゃなきゃできないんです! どうか有翼人を救ってください!」
立珂様はきょとんと首を傾げた。
やっぱりご自身が年若く子育てを知らない立珂様はおむつの有用性が分からないんだわ。お洒落着には程遠いし。でも今すぐ必要なのはお洒落よりも絶対にこれ。
やはり立珂様は首を傾げるだけだったけれど、興味を示して身を乗り出したのは薄珂様だった。
「確かに良い気がする。でも君の発案だよ。自分の店でやりたいんじゃない? 星宇なら資金繰りくらいどうとでも出来ると思うけど」
「目先だけなら。ですが朱莉の羽根、ひいては彼女が身を削り続けるしか手段がないことには変わりがありません。そのような属人化は響玄様の目的である有翼人保護区全域の運用作りとは真逆でしょう」
「だが名声は手に入らなくなるぞ。いらんか」
「……いらないと言えば嘘になります。けれどこれを手元で続けてもおそらく強制的に歯止めがかかると思われます」
星宇さんは薄珂様をちらりと見た。
やっぱり思うことがあるんだろうな……
「何で俺を見るの?」
「この前の話はそういうことでしょう? お二人は種族全体を救うが日常の小さな問題までは面倒を見切れない。だからその現場を私共にやらせたい――そういういことでしょう」
「あはは。うん、そう」
この前の話って何だろう。
星宇さんは難しい顔をしてるけど薄珂様は楽しそうだ。
「悔しいですが薄珂様に賛成です。ならせめて下準備はそちらでやってもらいます。俺たちは作り販売すればよいだけのところまでの下準備をお願いしたい」
「名声は諦めるか」
「彼女の身を滅ぼしてまで得ようとは思いません。ただし条件がひとつ」
「何だ?」
「彼女を政治に巻き込まないでいただきたい。どうしても名を出す必要がある時は『蒼玉』の下請けとしてお願いします」
星宇さんは私の名前で何かをすることを嫌う。
これもきっと明恭の外交材料にされたり、他の国へ行かされる可能性があるってことよね。そんなのは絶対に嫌だ。お母さんを一人にはできないし、せっかく始めたお店だってある。
星宇さんがいてくれて本当によかった。私一人だったら何でもはいはい頷いてた……
殿下に条件を付けるなんて怒られそうな気もしたけれど、微笑んで大きく頷いて下さった。
「分かった。約束しよう。薄珂、響玄と進めてくれ。暁明殿にも了承を」
「ん、分かった」
薄珂様も頷いてくれて、私は安心できてほっと息を吐いた。
立珂様にご興味無いことだから断られるかもと思ったけど、よかった。やっぱり薄珂様も有翼人全てを愛して下さっているんだわ。
「朱莉。これからも有翼人の普段着を作ってくれ。いずれは有翼人保護区から蛍宮全土へも拡大することを目指して欲しい」
「は、はい! がんばります!」
「星宇。護栄が余計なことを言うかもしれんが、気にせず朱莉の傍で力を尽くしてくれ」
「もちろんで御座います」
護栄様は星宇さんを欲しがってるのよね。そんなのは困る! 絶対に困る!
「話しができてよかった。これからもよろしく頼む」
「帰りは裏口から出た方が良いよ。宮廷内歩くと護栄様が嗅ぎつけてくるから」
「ご配慮痛み入ります。そうさせて頂きます」
有難う薄珂様!
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