第二十四話 皇太子天藍

 朱莉は侍女とすっかり打ち解けて、俺は一人で生地の仕入れ量の調整を計算していた。

 今回下働きに在庫を開放したせいで販売用在庫が足りなくなっている。増産を依頼しなくてはいけないが、納品されるころには冬支度を始めるころだ。

 だが有翼人に冬は無いと思っていい。常に体温が高く背は蒸れるものの手足は冷える。となると独自の形状をさらに開発するだろうが、今は饗宴にかかりきりだ。これが終わらないことには商品開発には着手できない。

 とはいえ工場には早めに依頼しないと他の依頼人の仕事で手いっぱいになり、うちの仕事を受けて貰えなくなる。決してのんびりはしていられない。

 饗宴優先なのは分かるがうちの営業に支障が出るのは困る。成功報酬に縫製業者の紹介を入れておくべきだったな……

 そんなことを考えながら指先でこつこつと机を叩いていると、つんっと後ろから肩を突かれた。


「悩みごと?」

「……薄珂様」


 後ろの方から立珂様がきゃあきゃあとはしゃぐ声が聴こえてきた。侍女や朱莉へ会いに来たのだろうか。

 だが何も無くやって来るとは思えない。


「どうなさったんです、こんなところで」

「話しをしに来たんだ。俺あなたと仲良くなりたいんだよ。星宇って呼んでいい?」

「お好きにどうぞ」

「じゃあ星宇ね。俺には敬語も様付けもいらないよ」

「おいおい検討致します」


 俺は未だにこの少年のことがよく分からなかった。

 考えていることもやっていることも商売ではなく政治に近い。立珂様の店も、政治に協力する代わりにわがままを叶えさせている。いや、わがままを通すために政治を利用した。

 ……そんな奴に関わりたくない。自分の手で守れるのは目に映るものくらいだ。

 だが彼女は既に薄珂様の掌中にある。ここで対立するのは得策じゃないが、これ以上気を許すのは危険だ。


「侍女とはうまくやれてるんだね。星宇は参加しないの?」

「私は経営補佐で商品開発も製造も担当いたしません」

「敬語いらないって。経営補佐って何するの? お金の計算?」

「彼女のできないこと全てです」

「それも凄いね。何で朱莉さんのとこで働くことにしたの?」

「妹が彼女のおかげで元気にお洒落をするようになりました。同じような有翼人を助けてやりたいと思った次第です」

「そっか。じゃあ俺と星宇は似てるね」

「……はあ」


 嫌味か? そんな性格ではないと思っていたが。それとも天然か?


「ああ、顔とか性格じゃないよ。行動原理の話。俺は立珂が元気にお洒落を楽しむためにやってるんだ。でも立珂は有翼人みんなに提供したいからそれを拡大する努力をしてる」

「そのために明恭をも利用しますか」

「うん」

「……冗談のつもりでしたが」

「え、そうなの? 何で?」

「何でもなにも……」


 嫌味とは言わないが、多少なりとも言葉に詰まれば良いと思って言った。だがそれもさらりと流されては眼中に無いと言われたも同然だ。

 国を動かすことすら難しくないのか、この子供は……


「護栄様は頼めばやってくれるし」

「普通はやってくれないんですよ……」

「そこは頼み方次第だよ。それでちょっと困っててさ。俺じゃどうにもできないから星宇と仲良くなりたいんだ」

「あなたでも難しいことがあるんですね。何だかお聞きしても?」

「あ、やっと興味持ってくれた」

「……お嫌なら別に」

「何で。嬉しいよ。俺が困ってるのは流通だよ。有翼人保護区内の流通」

「流通?」


 響玄様は有翼人保護区の区長。朱莉にそこでの衣料品店展開を望み、その流通を俺に?

 薄珂様は腕を組みううんと唸っていたが、それはとても妙だった。


「その程度、薄珂様にできないとは思えませんが」

「それ自体はね。問題は運用面にあって――」


 国をも動かす子供のできないことには興味があった。

 これは多少馬鹿にされても聞いておきたいと思ったのに、邪魔をするかのように侍女が一斉に立ち上がりがたがたと椅子が揺れた。

 かすかに朱莉の悲鳴が聞こえて振り返ると、そこには想像だにしない人物がやって来ていた。


「いい。仕事を続けてくれ」


 こ、皇太子天藍!? 何故こんな場所に殿下自ら……!

 皇太子などとても一般人の前に姿を現すものではない。護栄様がいらしたことにも驚いたが、玉座にいるだけでも良い最も高貴な地位にいる人物を目の前で来る日がくるなど思ってもいなかった。

 慌てて頭を下げようとしたが、立珂様と薄珂様が立ち上がり声を上げた。


「あ! 天藍だ!」

「本当だ。何してるの、天藍」

「おいおい。随分なご挨拶だな」


 ……何だって?

 立珂様はぴょんっと殿下にしがみ付いて抱っこをせがみ、薄珂様もそれを止めることすらしない。

 こんな無礼を許していいのか、無関係の俺ですら焦ったのに侍女は何も言わず当然のことのように静まり返っていた。

 朱莉も呆然と立ち尽くし、不安そうにちらちらと俺を振り返ってくる。

 何なんだ。本当に何なんだこいつ!


「朱莉と星宇に会いに来たんだ。紹介してくれ」

「いいよ! こっちが朱莉ちゃんでこっちが星宇さんだよ!」

「雑だな」


 立珂様はわあいと両手を広げてはしゃいだけれど、殿下は笑いながら俺と朱莉の前にやって来た。


「君が朱莉か」

「お、お初にお目にかかります。この度は護栄様よりご指名頂きまして服作りに参加させて頂いております」

「聞いている。立珂とも仲良くしてくれているそうだな」

「とんでもございません。私は立珂様に救っていただいた身。ご縁が頂戴できたのは夢のようなことでございます」

「おお。お前達の友人にしては礼儀正しいな」

「俺と立珂が礼儀正しくないだけで普通の人は礼儀正しいんだよ」

「違いない。貴殿が星宇か」

「は」

「護栄と薄珂から聞いている。やり手だそうだな」

「お気に掛けて頂けたこと大変光栄で御座います。過大評価だったと言われないよう精進してまいります」

「護栄様と似てるんだよ」

「こらこら。あんな性格悪い奴と同じにしたら失礼だろう」

「護栄様はすぐいじわるするものね」


 それもそうだ、と薄珂様は笑って返した。

 まるで友人だ。いくら価値ある子供だとしても敬意を払わなくて良いわけじゃない。

 立珂様の羽と服が評価されていたことは知っているが、はっきりいえばその程度だ。響玄様が保護者である以上、立珂様の羽根と服は商品として納品してもらえばいいだけの話。それで来賓にするというのなら、まずは響玄様を来賓にすべきだ。

 やはり何かあるのか、この兄弟には。


「よし。朱莉と星宇、二人とも少し付き合え」

「えっ!? そんな! 殿下のお時間を頂戴するなど滅相も無い!」

「少し話をするだけだ。さあ」

「え、あ、は、はい!」


 朱莉はおろおろと慌てていたけれど、これが普通の反応で薄珂様と立珂様がおかしいのだ。

 くんっと朱莉は俺の袖を引いてきたが、不安げに震えている。


「どうしましょう。断るなんて失礼でしたよね、今の」

「大丈夫だろ。俺たちに礼儀作法なんて求めてないさ」


 俺とて朱莉より十分にを呑み込めているとは言い難い。

 だがやることは一つだ。


「けど殿下と直接話せるなんて好機は二度とない。あれを提案しよう」

「あれ?」


 何か一つくらいは薄珂様を出し抜かなくては。

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