第二十三話 結託した女たち
そして、午後からは侍女の皆様との作業が始まった。やっぱりお仕事もあるから全員が常にいるわけじゃないけど、いない人には教えておくから、ととても協力的に取り組んでくれた。
どうなることかと思ってたけどこれなら安心だ。
「それで、形状はどうするの?」
「動きやすさを考えれば私のゆとりある服を元にしたいですが、饗宴のひと時は我慢して見た目を優先すべきかと思うんです。その点はどうでしょうか」
「そうね。その通りよ」
「ですよね。じゃあ立珂様の型紙を基本にしましょう」
ようするに護栄様が私を連れて来たのって先代皇派を黙らせたいだけで、服なんてあってもなくても良いのよ。多分立珂様の服が保険でたくさん用意されてるわ。
でも侍女が私に従って完了させるのが護栄様には理想のはず。なら私なりの工夫は提案しないと。
「ただ有翼人にはもう一つ問題があります。それが発汗」
「汗?」
「はい。私たちは人間と獣人に比べて平熱が高いのでかなり汗をかきます。触ってみてください」
私は両手を差し出した。侍女の皆様は少しためらったようだってけれど恐る恐る私の手を握ってくれた。
もしかして肌を触れ合わせるのは無礼なのかしら。礼儀作法って分からないわ……
けれど宝石を付けた侍女の方は驚いた顔をして、失礼、と今度は額に手を当ててきた。
「本当だわ。私なら大事を取って休むわ。どうしてこんなに?」
「羽が暑いんです。常に冬用の上着を着てると思ってください。そこに立珂様がお使いになる高級生地では長い宴を耐えられないように思うのです。通気性が悪いので」
「それは我慢できないの?」
「不快感を我慢することはできます。でも見目に問題があるのです。少々お見苦しいところをおみせしますが」
私は後ろの髪を前に持ってきて羽を持ち上げた。そこは肌着から衣へも汗が広がり、ぐっしょりと濡れそぼっている。
羽の下は有翼人にとって最も熱がこもる場所で、皮膚炎が広がる場所でもある。それを見せるのは礼儀作法など知らなくてもみっともないことだ。
でもこれを知らなければ有翼人の服を考えることはできないわ。
「ま、まあ。相当ね」
「これはみっともないわね……」
「はい。汗をかきやすい人が長時間過ごせば前にも下半身にも汗染みが広がります。何かで隠したとしても、もっと大変な問題があります……」
「もっと大変、とは?」
「女性ならば絶対に必要。庶民の私ですら気を使うこと。それは……」
ごくりと全員が私を見た。
これは種族は関係無い。
そして絶対に見逃してはいけないけれど、男性では気付きにくい最大の問題。
「お化粧が落ちます!!」
「……そうだわ!」
「そうよ! 素顔になってしまうわ!」
「駄目じゃない! 饗宴は席を外せないのよ!」
全員が顔を青くして悲鳴を上げた。
私はそんなに濃いお化粧はしないけど、侍女の皆様はかなり濃い。殿下や来賓のように高貴な方へ接するのなら常に美しく保つ必要があるだろう。
「これでは有翼人職員は全員下がることになると思います。それでは『やはり蛍宮は有翼人を迫害するのか』と思われる可能性もある」
「いけませんね。絶対になりません。対策はありますか」
思いのほか、宝石を付けた方は食い気味に心配をした。
ここぞとばかりに殿下の失脚を狙うかと思ったけど、国の名誉を守るためには手を取り合うのか。
真意は分からないけれど、有翼人のことを想ってくれるのなら嬉しいことだ。
「もちろんです。私は生地で工夫するのが良いと思っています」
*
私は下働き用規定服にした服の横にある生地を並べた。
これを見つけたのは星宇さんと服飾品を取り扱う隊商を見て回った時の話だ。
「星宇さん。あれって生地ですか?」
「どれ?」
「あの網みたいなのです。料理道具、ではないですよね……?」
その隊商には糸や装飾品など多くの服飾用品が並んでいたけれど、幾つもの網が並んでいた。目の小さい物から大きな物まで様々揃っていたけれど、私は見たことのない物だった。生地といって良いのかも分からない。
「あれは南国で主流の生地だな。どう見ても涼しいだろ」
「網ですもんね」
「薄い
「へえ。やっぱり南は独自の工夫に長けてるんですね」
私たち有翼人は常に涼しさを求める。でも蛍宮は温暖だからどうしても暑く、けれど遠い南へ仕入れに行くことなんてできない。物理的距離がある土地はさすがの響玄様も一朝一夕には取り寄せるのも難しいようなので、以前から取り寄せをお願いしていた。
今回の饗宴には間に合うのでこれを使うことにしたのだ。
侍女の皆様も目を輝かせ、興味深いといったように手に取っている。
「この網はきらきらしてて美しいですね」
「小さな硝子玉が縫い付いているのも素敵。こんなの初めて見るわ」
「南で主流の生地です。ただあまりにも異質なので他の生地と馴染みが悪いんです。それをどうしようか迷っていて」
「なら蛍宮伝統の刺繍をいれては? 端から舞い散る花のようにすばちょこっとだけ点在していても自然ですし」
「ああ、それは素敵です! ぜひそうしましょう! あ、で、でも、私刺繍はちょっと……工場も宮廷品質の刺繍なんてできないし……」
「それは私共で致しますよ。三十日もあれば八十着くらい問題ありません」
「ほ、本当ですか! さすが侍女の皆様は教養高い方ばかりなんですね。庶民では考えられません。羨ましいです」
「……学べば誰でもできることです。でも、そうですね。下働きにもそういった授業を設けるのは良いかもしれませんね」
「良いですね! それはとても励みになりますよ!」
私も動けない時は刺繍をしていた。それでも宮廷備品の手拭いにも及ばない。
もしあんな刺繍ができればうちの商品の特注品に使えるし、私もその授業に入れて欲しいな……
*
宝石を付けた侍女の方はしばらく考え込むと、深刻そうな顔をして頷いた。
「これは立珂様にもお教えした方が良いでしょう。愛憐皇女の服にはもっと高級な生地を使う予定ですが、これを使う方が良い」
「愛憐皇女は有翼人でいらっしゃるのですか?」
「いいえ。ですが種族問わず涼しいに越したことはありません。かくいう私も宴はとても汗をかくので恥ずかしく思っていました」
「では総じてこの生地を取り入れるのが良いかもしれませんね」
「ええ。この生地は仕入れを増やすことは可能ですか?」
「どうでしょう。それは天一の響玄様にご相談が必要です」
「そうですか。ではすぐに使いを」
「できるよ」
「え?」
侍女が動きだすより先に、後ろから若い男性の声がした。
振り向くと、そこにいたのは――
「薄珂様!」
「ぼくもいるよー!」
「立珂様!」
*
立珂様は両手を振ってぴょんぴょんと飛び跳ねていていつもながら愛らしい。
この姿を見れただけでも来たかいがあった!
「仕入れられるよ。どれくらい?」
「種族問わず入場者全員分。彼女の考案した涼しいくて軽い服は宮廷女性にはとても良いものです。明恭の皆様が何度も化粧直しに入っても私たちは常に涼やかであれば羨まれることは間違い御座いません。ですがそれも立珂様に刺激を受けて思いついたこと――そうですね」
「おっしゃる通りです」
宝石を付けた方ににこりと微笑まれ、それは護栄様と星宇さんを彷彿とさせる。
頭の良い人と上に立つ人ってみんなこうなのかしら……
「種族性別年齢問わず革新的な服か。いいね。じゃあ手配するから今日中に必要量の算出と全型紙が揃うよう進行管理をお願い」
「承知致しました!」
それだけ言うと、薄珂様は立珂様を抱っこしてさあっと去って行った。
……何だか登場する適切な時を見計らっていたようだわ。
きっとそうなのだろう。だって星宇さんが嫌そうな顔をして薄珂様の背を睨んでる。
星宇さんは私の視線に気付いたのか、こほんと咳払いして取り繕った。
「進行管理は俺がやる。あんたは侍女と作ることに集中してくれ」
「はいっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます