第十八話 瑠璃宮品評会

 呼吸ってどうするんだっけ。


「落ち着け」

「おおおおおおお落ち着けません」

「別にあんたが緊張する必要はないだろう。説明するのは暁明さんだ」

「この空気を吸ってるだけで緊張するんです!」


 ついに瑠璃宮での品評会が始まった。

 私は暁明さんの後ろに座ってるだけなのに、取り囲まれている内装や家具、出品者の商品、どれもが一流で空気が重く感じる。

 ここにいるのは普段から瑠璃宮に出店してる方々よね。立珂様の服があって本当によかった……

 ちゃんとした服を着て来るようにと言われ、ちゃんとした服といえば立珂様の服だ。これを着ているだけで心穏やかになれる気がしたが、それを許さないとでも言うかのようにどおんと大きな銅鑼の音が響いた。

 銅鑼の音と同時に正面の扉が開き、数名の人が入って来た。ずらりと行列が作られていて、中には有翼人もいる。後方は各々豪華な服を着ているけれど、前方は皆同じ規定服を着ている。

 よく見れば装飾や部分的に色と作りは違うようだったけれど、驚くべきは有翼人職員だった。羽が出ていながら肌はちらりとも露出せずぴたりと隠れている。まるで人間と獣人の服に羽穴を開けただけに見えるが、あんな小さな穴から羽を出すことなど出来ないはずだ。

 これは絶対に立珂様の分割構造だ。けど立珂様ともちょっと違う。立珂様は横に分割して被る形が多いけど、これは身頃を縫い合わせないことで縦に分割してる。留めるのも外付けの釦じゃなくて内側に入れ込む鉤状の留め具だわ。釦が少ないからすっきりしてる。これは暁明さんが作る仕事着に似てるわ。

 進化はしているけれど見た目は今までとさして変わらない。他種族と同じ仕上がりだから有翼人だけを特別扱いしてるようにも見えない。

 これは皇太子殿下の『全種族平等』を体現しているようだわ。

 いったいどういう構造なんだろうか。誰が作ったんだろうか。そんなことを気にしていると、隣に座っていた星宇さんに無言で立つよう促された。正面を見ろと目で合図されると、そこには頭を下げるべき相手がやって来ていた。

 く、紅蘭様!

 すっかり規定服へ夢中になっていた私は慌てて立ち上がり頭を下げた。


「良い。全員頭を上げてくれ。久しいな、暁明」

「ご無沙汰しております、紅蘭様」


 この方が紅蘭様。御側室っていうから美星お嬢様のような上品な方かと思ってたけどまるで武人だわ。

 女性であることは分かるが、筋骨隆々という言葉が良く似合う。さすがに武器を携えたりはしないけど、拳は見るからに皮膚が堅そうでごつごつしている。まるで肉弾戦で生き抜いた戦士のようだ。よく見ればあちこちに細かな傷がある。

 ついじっと見つめていると、ふと紅蘭様と目が合ってしまった。


「君が朱莉か」

「は、はい!」

「話は聞いている。私の部下が迷惑をかけたようだな」

「部下?」

「以前に先代皇派の者がへ押し入っただろう。商品を台無しにしたと聞いた」

「あ、ああ……」


 そうか。紅蘭様は先代皇の御側室。なら宮廷に残ってる先代皇の部下は紅蘭様の部下ということだわ。


「すまなかった。しっかりと罰は与えておいたから許してくれ」

「もったいないことです。お心配り有難います」

「では君の商品を見せてくれ。普段着と聞いているが」

「はい!」


 暁明さんはすっと横にずれて場所を開けてくれた。

 私は持って来た服を広げると、紅蘭様はおおと声を漏らして手に取って下さった。


「背が開いているのか」

「はい。肌着が見えるのは恥ずかしいことでございますが、家庭内で過ごす分には気になりません」

「この紐は?」

「羽を括る羽結い紐でございます。羽は家事や仕事の邪魔になるのでこれでまとめます。なのであえて絡みやすい生地を使いました」

「それは羽が傷まないか?」

「傷みます。ですが傷んで困る場面がありませんし、どのみち間引かなければいけないので無くなります。私は抜く予定の羽根の上で結ぶようにしています。そうすれば人目に付く羽根は綺麗なままですし」

「なるほどな。そう、それが立珂との違いだ。立珂は露出を控え美しさを保つことを優先する」

「おそらくですが、立珂様は宮廷内の風紀を保つ方針を基本になさっているのではないでしょうか。高貴な方は私共とは違う規則もございましょう」

「その通りだ。良い。実に良い。様々な目線で分析することは大事だ」

「私の店の客は皆庶民。庶民同士だからこそ気付くことも多いです」

「客層も理解しているか。君は経営者としても良い目線を持っているようだな」

「有難うございます。ですがこれは私ではなくこの星宇の分析でございます。彼が経営の多くを担ってくれています」

「ああ、そうだったな。薄珂から聞いているよ。とても明晰な青年だと」

「……恐れ入ります」


 星宇さんはぴくりと眉を揺らした。

 や、やばい。薄珂様の話は避けたい。

 問題を起こすような人ではないけれど、星宇さんは薄珂様が関わると顔色を変える。

 しかし私の不安をよそに、紅蘭様はわははと豪快に笑った。


「君も薄珂にやられたか。あいつのことは気にするな。大層意味ありげに見えるだろうが、本当に立珂のことしか考えていないんだ。だから分からない」

「いいえ。とても聡明で私などでは足元にも及びませんでした」

「それは活躍の場をどこにするかという問題になってくるな。これからの有翼人保護区に必要なのはあの兄弟じゃないと私は思ってるよ」

「は……」


 星宇さんは表情を変えなかった。けれど私はとても不思議に感じた。

 立珂様こそ有翼人に必要な方だわ。紅蘭様だってご存知のはずなのに……

 紅蘭様は優しく微笑むと、ぽんと私と星宇さんの肩を叩いた。


「君達には期待している。響玄のことも大いに利用してやれ」

「有難うございます。精進してまいります」


 そうして紅蘭様は次の出品者の前へ移り、後続の人が暁明さんと私の商品を見ていってくれた。

 有翼人は今度店に行くと言ってくれて、とても楽しい一日になった。

 ……でも何だか色々あった気がする。

 星宇さんは瑠璃宮を出ると、店には寄らず真っ直ぐに帰ってしまった。茉莉ちゃんが瑠璃宮の話を聞きたがっているからと言っていたけれど、私にはそうは見えなかった。

 達成感も満足感もあったけれど、何故だか胸騒ぎがしていた。

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