第十七話 新しいもの(一)
立珂様の型紙の無料配布は大成功だった。
たくさんの人が欲しい欲しいとやって来て、店内がそれでいっぱいになるから星宇さんが外で手渡しをするようにした。
そしてこれがまた凄い客寄せになった。立珂様のことは知らなくても星宇さんの顔に釣られて寄ってくる女性が多く、これは種族を問わなかった。人間も獣人もやって来て、星宇さんが有翼人について語る。そうすると有翼人の苦労に気付いた人が店内を見ていってくれて、私に有翼人はどういう種族なのかを質問してくれるようにもなった。
その人達が有翼人を連れて来てくれることもあったりして、私はいよいよお客さんの全員を把握することはできなくなっていた。
「ねえねえ。立珂様の服は置かないの?」
「それはさすがに無いですよ」
「そっかあ。立珂様のお店ってすごい人気で入れないじゃない? もっと店舗増やして欲しいなあ」
「分かります! 立珂様のいる日は抽選になっちゃったし!」
「そうなのよ~! 新作も全然買えなくて!」
「私も! あー、うちの店に置かせてほしい……」
店で有翼人が集まると必ずこの話題だ。せめて立珂様の服を着ている気持ちになりたいと、同じ型紙で作った服をお互いに披露しあったりした。
閉店作業をするのが惜しいほど私の一日は楽しく終わり、星宇さんは帳簿を付けてくれている。
「星宇さん。どうして立珂様って店舗増やさないんだと思います?」
「増やす気がないからだろ」
「それがどうしてかなって。だってお店出せばもっともっと広まるのに」
「誰にやらせるかって問題じゃないのか? 立珂様の名を悪用されないとも限らない。確実に信頼できる相手じゃないと任せられない」
「ああそっか。なら宮廷でやればいいんじゃ?」
「立珂様は宮廷の援助を受けてるだけで宮廷の一部じゃない。宮廷から頼まれることはあっても薄珂様が断るだろう」
「薄珂様が? 立珂様じゃなくて?」
「立珂様は楽しく服作りができればいいだろう。だが宮廷は必ずしも立珂様の味方じゃない。優先されるのは国であり天藍様だ。だから彼は宮廷所属ではなく響玄様を保護者としたんだろう」
「……よく分かんないです」
「薄珂様が大事なのは国じゃなくて立珂様なんだよ。有翼人を種族ごと救う目的ではなく、立珂様の幸せの先にたまたま有翼人という種族があるだけ」
「でも有翼人保護区だってあるじゃないですか。薄珂様もご参加になってるって」
「参加だろ? 国と響玄様が主導を取り助言を求められるから協力しただけだ。薄珂様と立珂様は断れる立場にある」
「でもあんなお優しいのに」
「立珂様を愛する者には優しいだろうな」
星宇さんは帳簿をぱたんと閉じた。
「彼は聖人じゃない。狡猾な商人だよ」
星宇さんは目を細め悔しそうに唇を噛んでいた。
この前からやけに薄珂様にこだわってるわよね。どうしたんだろう……
私から見る星宇さんはいつも難しいことをさらりとやってのける凄い人だ。その星宇さんがこんな顔をするなんて、薄珂様はそれほど凄い方なんだろうか。
何の助言もできない私はぱっと話を変えた。
「そうだ。私赤ちゃん用品も増やしたいなと思ってるんです」
「赤ん坊用?」
「はい。うちに来るお母さんたちが下に赤ちゃんがいるって人が結構多いんです。移民も増えてるし、これからは赤ちゃんも増えるんじゃないのかなと思って」
「確かにな。意外と子供が多かったし、隠れ住んでる子も多いかもしれない。それに商品幅が広まるのは良い」
「はい! じゃあ考えてみます!」
私は帰宅して、夕飯を食べながら母に私が赤ん坊の頃のことを聞いてみることにした。
「お母さん。子育て中にあれば良かったなって思う物ある? 赤ちゃんの頃」
「何だい突然。そうだねえ。布かね。お前は皮膚が弱かったから」
「そうなの?」
「しょっちゅうかぶれてね。けど有翼人の赤ん坊はみんなそうなんだよ。だから合う布を見つけたらそれを買い集める」
「買ってどうするの? 服なんて布巻いてただけだし、一つ二つあればいいじゃない」
「おむつだよ。おむつはどうしたって数がいるけど、多分ね、天然素材がいいんだよ」
「天然素材?」
「お前が店で使ってるのは加工された生地だろう? 染色されてたり薬品使ってたり。そういうのじゃなくて、自然の素材だけで作ってる生地」
「ああ。あれ凄く高いわよね」
蛍宮で流通してる商品は大きく分けて二種類ある。人間が作る物と獣人が作る物だ。
人間はとても高度な技術をたくさん持っていて、大量生産をすることで単価をさげることができる。品質も一律だから定常的に使いやすいため流通の七割はこれだと思っていいだろう。獣人は皆人間の便利な道具で生活を豊かにした。
対して獣人が作る物は数量が少ない。全て手作業のうえ物を加工する技術に乏しいから流通する数自体が少なく単価も高い。そして獣の本能からか、自然から採取される材料しか使わない。これも高額になる理由だ。作るまでの手間がすごい。
けれどこれを購入するのは人間の富裕層だ。唯一無二の特注品というのを好むようで、獣人の商品は人間が買うのだ。
こういう両立がされるのが蛍宮で種族が共存できる理由でもある。どちらも平等に販売する機会が与えられ、それも露店という手ごろな販売方法があるから在庫の少ない獣人でも販売がしやすい。
「けど獣人露店でもあんまり見ないわよね」
「だから大変なんだよ。でも合わない生地使ってかぶれれば皮膚炎の薬が必要になるし。結局は高くても買っといた方が安上がりなんだ」
「へー……」
「何だい。今度は赤ちゃんの商品作るのかい」
「作ろうと思ってるとこ。でも天然生地は本当に高いのよね……」
言えば響玄様は集めて下さるだろう。けど天然素材はどれもかなりの高額だ。工場で生産する分を買うには間引く羽根だけじゃ足りない。抜いたらひと月で背の羽がなくなってしまう。できたとしてもそれを賄うほどの金額で売る必要がるとなると、一般家庭では手を出せなくなってしまう。これは私じゃ無理だ。
でも立珂様なら天然素材の生地と交換くらいできるんじゃないかしら。『りっかのおみせ』は全商品羽根一枚。小物なら数点まとめて一枚だったりすることもあるし。
お伝えしてみようかな。これは結構重要な気がする。
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