第十四話 守られたもの(二)
「お前、廃業した服屋の子だな」
「は、廃業?」
「ああ。あんたの服が有翼人女性に広まった。必然的に他の店は客が減り、特に有翼人客は激減し廃業に追い込まれた。大方その報復だろ」
「え、け、けどこんな小さい子が」
「年齢なんて関係無いさ。例えばこの子の家が賃貸だった場合、収入が無くなれば家を失う。食べ物は配給に頼るしかない。借金があるなら取り立ても来るだろう」
「そ、それは、でも」
「商売は生存競争だ。誰かの成功の裏で誰かが衰退する。これは摂理と言っていい」
「……私のせいで……?」
「いいや違う。この子の目的は立珂様さ」
「え?」
「ここ最近、立珂様は人間と獣人用に羽穴の無い服も作り始めた。それも格安だから街の一般商店は客を取られてしまった。特に富裕層は宮廷直営の瑠璃宮へごっそりだ。あの頃から廃業が続いてる。けど立珂様は皇太子殿下を筆頭に宮廷が後援。手の出しようがない。そこにきてあんただ」
「わ、私?」
「立珂様と繋がりのあるあんたが店を繁盛させた。つまりあんたを潰せば芋づる式に立珂様も失脚させられるかもしれない」
「そんなことはさせないけどね」
「は、薄珂様!?」
ぬるりと闇から姿を現したのは薄珂様だった。立珂様は連れていないようでお一人だ。
「立珂は連れて来てないよ。こういうのは俺の仕事」
薄珂様はにこりと微笑み少女を見下ろした。少女の目にはまだ憎しみの炎が揺れている。
「君がやったのは営業妨害に加えて放火未遂。動機は立珂に危害を及ぼすためとなれば不敬罪も加わる。立珂は皇太子殿下の来賓で、来賓を害するのは殿下を害することと同義とされる。よくて懲役二年てとこかな」
「……え?」
「は、薄珂様! そこまでしなくてもこの子だって話せば分かってくれます!」
「それは関係無いよ。何しろ立珂の純白の羽根は外交で扱う重要な品。これを損なえば国益を損なうことであり、これは護栄様が許さない。懲役なんて実刑で済ませるかかどうか」
「そんな……!」
突如降り注いだ恐ろしい言葉に私はすくみ上った。星宇さんも驚き冷や汗を流しているけれど、たった一人その中で動いた人がいた。
美月が飛び出て少女の頬を叩いたのだ。
「美月!?」
「気持ちは分かるわ。かつて私もそうだった」
「え?」
「……立珂が宮廷御用達になったことで先代皇の代まで宮廷御用達だった『蒼玉』は立ちいかなくなったことがあるの。父は時代遅れだと馬鹿にされ、祖父と父が考案した宮廷規定服まで作り変えられた。蒼玉を足蹴にされた私は怒りで嫌がらせをしたわ。立珂の店の在庫を盗み塗料をぶちまけ……掴まり懲役五年を言い渡された」
「え!?」
「でも立珂は許してくれた。『蒼玉』の歴史を踏みにじるようなやり方をした自分も悪かったって。だから懲役じゃなくて『りっかのおみせ』の従業員として働いてくれって、私に接客係りとして手伝って欲しいって言ってくれたの。立珂は本当に優しい子なの」
薄珂様は懐から何かを取り出し少女に差し出した。それはどうやら紙の束のようだ。
「立珂の型紙だよ。明日から無料で配布される」
「え……?」
「有翼人を助けるのが立珂の望み。自分だけ得をしようなんて思ってない。それが何かを犠牲にすることがあるとは分かってないけど」
薄珂様がじろりと睨むと少女はぶるぶると震えた。きっと突き付けられた恐怖で頭がいっぱいなのだろう。
けれどここでも真っ先に動いたのは美月だった。美月は少女の前に出て深く深く薄珂様に頭を下げた。
「許してあげてください! 二度とこんなことはしないように、この子の家族にも言っておきます。だから……!」
「訴えるかどうかを決めるのは朱莉さんだよ。あとは立珂が何て証言するかだけど、訴えたりしないって美月で実証されてる」
「……そうね。立珂はきっとこの子を守るわ」
美月はちらりと私を見た。薄珂様はやれやれという風だ。
私は少女の傍に寄りそっと手を取った。
「子供服を増やしたいと思ってるの。良かったら意見をくれないかしら」
「え……?」
「友達も紹介してほしいな。私じゃ子供の気持ちが分からなくて。協力してくれる? 良い品ができたら立珂様に見せに行きましょう」
私は少女の手をぎゅっと握った。
すると少女の目からぼろっと涙が流れ、こくりと小さく頷いてくれた。
「はい……ごめんなさい……」
「もういいわ。二度とこんなことしちゃ駄目よ」
そうしてようやく全てが終わった。少女は笑顔で帰って行ったけれど、これから彼女の生活がどうなるかは分からない。
でも美月は生活援助制度があるから大丈夫よ、と彼女を助けてくれるようだった。
安心して息を吐くと、私は違和感に気が付いた。
「あれ? 薄珂様は?」
「とっくに帰ったよ」
「そうですか。お礼を言いそびれちゃっ――……あの、どうかしたんですか?」
星宇さんは何故か不愉快そうな顔をしていた。全て星宇さんの考えてくれていた通りにまとまったのだと思っていたけれど、その顔はとても厳しい。
「えっと、薄珂様が何かおっしゃられたんですか?」
「いや。さあもう終わりだ。帰ろう」
「は、はい……?」
そういうと星宇さんは足早に帰って行った。
憎まれることもあるのだと分かったことよりも、星宇さんがいつものように笑っていないことのほうが私には恐ろしかった。
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